タンクだってカードがほしい!

「ずるい!!」

爆音と呼ぶに相応しい、とんでもない音量の声が疲れた面々の間を駆け抜けた。突然の蛮行に驚いた鳥たちが頭上で羽ばたく音が聞こえる。私も君たちと一緒に飛んでいきたい、と念を送っても決して飛べはしないけれど、この後訪れるだろう衝撃を思えば逃避したくもなる。

そして、まもなく腰のあたりに塊が突き刺さる、もとい力任せに抱きつかれ、耐える気力もエーテルもない私の体は背中から地面に叩きつけられた。商売道具の天球儀だけは傷つけさせまいと側に展開して置いておいて正解だったようだ。
「君ね……盾役が癒やし手を倒してどうする……」
「だって、みんなばっかりずるい!!」

要領を得ない会話に頭痛がする。助けを求めて見遣ったチームの攻め手二人は「やれやれ、またか」と微笑みすら浮かべて撤収準備を始めていた。薄情者たちめ。

未だ私の腹に顔を埋めている盾役をひとまず落ち着かせつつ座らせるために忙しなく上下する耳を撫でると、退くことはしなかったが赤い目を更に真っ赤にして顔は上げてくれた。どうやら話を聞くくらいはしてくれるようだ。
「で? 何がずるいって?」
「みんなばっかり星読みさんのカードもらっててずるい……前はくれてたのに、全然くれないし……」

尖らせた口が紡ぐ理由はこうだ。

以前はチームの面々にそれぞれ投げられていたカードがある時期を境にほぼ貰えなくなった。気のせいかと思ってしばらく黙っていたが、遂に耐えきれなくなったらしい。

あんまりな理由に目眩がする。確かその『ある時期』にこうなることを見越して説明をしていたはずだが、ちゃんと聞いていなかったのか理解出来なかったのか、この仕方のない人を甘く見ていた自分の落ち度だ。
「あの塔のやつとか、あと樹のカードも……くれてたのに……」

しなだれきった耳、おまけに大きな瞳いっぱいに涙を浮かべてまるで私がいじめているみたいな様相だ。私は何一つ悪くないというのに何故か胸の中に罪悪感が渦巻く始末。泣かしたな、とからかいの色を帯びた視線を寄越すだけの侍と魔道士をひとまずじっとりと睨んでやる。

誠に遺憾ながら嘆息を飲み込んで、代わりに以前も口にした説明の言葉を繰り返した。今度は聞き漏らさないように、やわらかい耳を私の手でこちらに向けてやって。
「研究が進んだんだ。より効率的にチームに貢献するなら、攻め手の二人にカードを切る方が良いって分かったんだよ」
「でも、僕だって強いでしょ? もっと強くなるから頂戴?」
「君には障壁があるじゃないか……」
「でも……でも……」

このままでは埒が明かない。そろそろ本気で怒らないといけないか、盾役が乗ったままの腹にぐっと力を込めたところでようやく侍が剣と盾を振り回すには些か小さい彼を抱き上げた。
「ほら、いい加減退いてやんな。兄さんが潰れちまう」
「でも……」

侍が強制的に退かせてくれたお陰でようやく立ち上がることが出来た。ローブについた土を払い落としながら、種族故の体格差を利用した侍に抱き上げられる私たちの騎士に近付くと、まだ耳はしなびたままだ。
「……あのさ、君の役割は?」
「盾」
「彼らの目的は?」
「…………剣」
「それぞれの役割のため、各々が最大限の力を尽くす。君が守りを固めることも、私のカードの采配も同じ。分かる?」
「…………」

もし今、見ず知らずの人に人形のようにぶら下げられている彼が護り手だと言ったとして、誰が信じてくれるだろう。それほど情けない顔を晒している彼の鼻の頭をキュッと摘んでやると、形容し難い呻き声を上げた。
「分かる?」
「……分かります……」

二度目の問いかけに答える声には渋々という色が濃く、しかしこれは変えようがないことなのだと肌で感じてくれたことが何となく分かった。この人は一度変化が訪れた後に感覚でふれたことからでないと本当の意味で納得してくれないのだろう。
「なら結構。大体、君にはいつも特別な障壁を張っているんだ。それこそ、他の二人には滅多にしないよ」
「……うん……」
「頼りにしているよ、私たちの盾」

もう一度彼の耳を撫でると、今度は気を良くしたようにほんの少しだけ喉を鳴らした。これを解決と取った侍が彼を装備ごと振り回し、吹き飛ばした盾が魔道士にぶつかってしまったのは別の話だ。

「くそっ! キリがない……!」

あのカード配分事件から数日、私たちはグランドカンパニーの依頼で異常繁殖したモンスターの討伐任務に当たっていた。相当数の敵との戦闘になることは予想が出来ていた。

だからこそ、複数の冒険者小隊と連携を取って危険地帯の奥へ進んでいく作戦を立てていたのだ。つまり、今回の任務は連携が肝要。だというのに、どこぞの小隊が想定より数が多かったから途中で勝手に離脱。そこから戦線は崩れ始め、比較的経験を積んでいた私たちは潰走の殿として今、敵地に留まっていた。

殿と言っても、ほぼ捨て駒だ。護り手の彼はまだ余裕があるが、攻め手の二人は瀕死の重傷、私もじきにエーテルが尽きる。状況は最悪だが、まだ光は潰えていない。
「星読みさん! 時間を稼ぐから、その間に二人を!」
「任せろ、必ず立て直してみせる」

死地へ赴く私たちの騎士へ、残り少ないエーテルをかき集めて星の加護を授ける。
「一等厚い障壁だ、しばらくは保つ」
「ありがとう。星読さんにも、なけなしだけど」

短い詠唱の後、頭上からヴェールが降りるような心地がして、指先に少しだけ熱が戻ってくる。普段は末っ子根性に満ちている暴れん坊も、剣と盾を携え聖魔法をも操る騎士なのだと思い知らされる。そして、ニッといつも通りの笑顔を残し、彼は踵を返した勢いでモンスターの群れに突っ込んでいった。

ああ、そうだ。術をかけた時の彼の嬉しそうな笑顔があるから、私はこの状況でもまだ立っていることが出来る。腹の底からエーテルを編みつつ、一定の時を経た指先は自然とカードを引く。今、この場で立っている唯一の背中めがけてそれは投げられた。

カードの柄は、太陽。燃え上がる焔の音と共に騎士の咆哮が響く。