今日のお昼は日向ぼっこ

碧い塔の扉を開き、二度目の「おはよう」を交わしてからというもの、さる冒険者の傍らには赤毛の青年が寄り添う姿が頻繁、否、片時もと言う方が適切だろう。聖コイナク財団のテントに冒険者が一人で訪れた時には、二人をよくよく知っているラムブルースから二人で居ないことをからかわれるくらいには二人は共に歩き冒険に赴き、同じ時間を過ごしていた。

今日も二人は昼前に合流して依頼に向かう約束をしている。石の家で寝泊まりをしている赤毛の青年──グ・ラハ・ティアを迎えに冒険者はレヴナンツトールまでテレポで移動してきた。直前まで自身がいた第一世界の海底とは違って、頬を撫ぜていくモードゥナの風の心地好さにその人は目を細めた。

さっさと捕まえて、昼食は何処か外で食べられる場所にしよう。こんなに良い天気だから、きっとピクニックは気持ち良いだろう。冒険者はグ・ラハが好みそうなメニューを思い浮かべつつ、彼が待っているだろう石の家の扉を押し開けた。

各地から寄せられる派遣要請で賢人を含むほとんどの調査、および戦闘要員が出払っている石の家はシンと静まっていた。未だ姿を見せない赤毛を視線で探しながら留守を守る顔見知りたちに挨拶をしていると、声を聞きつけてきたのかタタルが冒険者の近くにやってきた。
「こんにちは、タタル」
「あ、こんにちはでっす! 今から依頼でっすか?」
「うん、そうなんだけれど……」

きっと彼のことだ、話し声を聞きつければすぐにやってくるだろうと見て冒険者はキョロキョロと探すが、姿も足音も気配すらしない。タタルもそんな冒険者の様子で察したのか、小さな手で口元を覆ってくっくといたずらっぽい笑みをこぼした。作戦のことや情勢、互いの術技のこと。夜通し話して疲れ切った二人が子どものように眠りこけた時に毛布をかけてあげる彼女もその仲の良さはよくよく知っているのだ。
「ふふ、お探しの人ならさっきまでその辺でそわそわされていて……いつの間にかいないでっすね」
「分かった、ありがとう。ちょっと探してきます」
「いってらっしゃい、お気をつけて!」

いつものように見送ってくれるタタルに冒険者は手を振って、入ってきたばかりの石の家をまた飛び出していった。今日を一緒に過ごすことを約束している手前、グ・ラハがレヴナンツトールを遠く離れるようなことはしないと冒険者はこれまでの経験から確信していた。つまり、行き先に全く見当がつかないとしても問題は恐らくないだろうということだ。昼時で人出も増えつつあり、同時に食堂や屋台の客引きの声も大きくなっていく。雑踏らしい雑踏を掻い潜りながら、漠然とした予感を抱えて冒険者は鮮やかな赤毛を探す。

小腹が空いて屋台巡りでもしているのだろうかとお気に入りの店を巡ってみたが姿はなく、尋ねても今日はまだ見ていないと言う。冒険者が予想出来る範囲で居そうな場所も見てみたが何処もかしこも外れ続きだった。

レヴナンツトールにしては珍しいすっきりとした晴天。こんな好い日和は日向ぼっこでもしつつ昼寝に興じたいな、と冒険者はゆるく欠伸を噛み殺しながら、陽を浴びてきらめいているだろうクリスタルタワーを一目見ようと街の門の方へ視線を遣った。
「いた!」

人の視線はなかなか上に向きにくいという。それは英雄、あるいはお使いのエキスパートであるその人も等しく同じだった。

レヴナンツトールからクリスタルタワーのある方面にある石造りの門、その上は物見にも使えるような空間を備えてある。あまり人が利用することもなければ人目にもつきにくいので、冒険者にとってはチョコボで着地する際の絶好のランディングポイントとして利用していた。今日に限ってエーテライトで街に来たことが仇になるとは、と冒険者は小さな悔しさを抱えて、迷子を迎えに適当な足場を伝って門を登っていく。
「グ・ラハ」
「うおっ!?あ、あんた……まさか登ってきたのか? 子どもが真似したらどうするんだよ」

ビクッと大袈裟に跳ねた肩を隠すようにグ・ラハは賢人の顔を被って見せる。ここまで決して短くない時間を共に過ごし、言葉を交わした冒険者には無意味な虚勢だと分かっていてもなお。そんな彼の青さを分かって、冒険者も殊更大袈裟に肩を落として、頬を膨らまして見せる。
「へえ、君が石の家にいないから探してたんだけどな」
「あ、あー……その、見つけてくれてありがとな!」

ニッとさわやかに笑って誤魔化そうとするグ・ラハに冒険者は抱えてきた文句の代わりに一つだけ溜め息をついて、同じように笑った。きっと二人は互いが互いの笑顔に弱い。
「それで、どうしてこんな場所に?」
「ああ、今日は天気が良いだろう? 塔もきれいに見えんじゃねーかなって思って。あと……」

グ・ラハの隣りに並んだ冒険者は欄干にもたれかかって、まだ出てくる形が決まりきっていない彼の言葉を待つ。もごもごと言いあぐねながら腕をさする仕草はグ・ラハの癖らしいと冒険者が気付いたのは、まだ暁の面々も彼もクリスタリウムにいる時のことだった。日常の一コマも遠く懐かしく感じるほど、原初世界に帰還してからの冒険は二度と得難いほどの時間だったと二つの世界を駆けるその人は想う。

ようやく思いきったグ・ラハが物思いに耽る冒険者の目を見据えて、答えを手渡す。それはもう、一大決心だと目で訴えて。
「……ここ、日当たりが最高なんだ」

一瞬の間を置いて、グ・ラハの目の前でその人が体を折り曲げ、もとい腹を抱えて笑ってしまったのは無理からぬことだろう。稀に見る真剣な眼差しにどんなに深刻な事情があるのかと思えば、日向ぼっこのためだったとは。
「そんなに笑わなくたっていいだろ!」
「ふふ……いや、ごめんごめん。君らしいなって」

頬も瞳と同じくらい真っ赤に染めたグ・ラハに小突かれながらもまだ冒険者の笑いは止まらない。彼の真っすぐなところが面白かったということもあるが、少しだけ安心してのことだとはきっと恥ずかしさの許容量がいっぱいになっている彼には気付かれないだろう。

ようやっと冒険者の肩の揺れが落ち着き、その人は気を取り直すために大きく深呼吸をして、グ・ラハに微笑みかけた。こんなに楽しい出会いになったのだ、今日はきっと良い日になる。そんな確信からくる笑みだ。
「うん、じゃあ今日のお昼は日向ぼっこしながらピクニックにしよう。それが良い」
「あ、じゃあ美味そうなサンドイッチを作っている店を見つけたんだ。そこにしようぜ!」

言うや否や持ち前の身軽さをふんだんに発揮して、さっき冒険者に子どもが真似をするような危ないことは止めろといったグ・ラハは欄干から飛び降りていった。どっちの方が危ないのやら。念のため、地上を見下ろせば何事もなかったかのように大きく手を振ってグ・ラハは門の上のその人を待っている。仕方がないな、と破顔した冒険者もまた欄干に手をかけて体を引き上げ、陽の光を浴びて一層紅く燃える瞳の男の元へ飛び込んでいった。