甘やかし屋たち

ひとつひとつ具足を体から外して、落として。

持ち上がらない腕で鎧下を脱ぎ、ぐしゃぐしゃに丸めて床に放り投げて。

何もかもが体から剥がれ落ちる度、鈍い音が石の家の名の通り、石造りの床に反響して広がっていく。幸い深夜の石の家に動いている人間の気配はなく、気遣う必要もない。

最早下着なりになっていても尚重い体をソファまで引きずって、ようやく膝の力を抜く。ふかふかの座面に頬が埋まってやっと呼吸が出来た気がした。

本来なら然るべき治療や風呂、食事を取った方がいいのは分かりきっている。だが、汗と返り血とがこべりついた身体をきれいにするだけの体力も気力もない。駆け出しの頃は碌々治療もせず、無謀さを燃料に文字通り竜を狩るために飛び回っては泥だらけのまま野営で体を休めていたこともあった。だからソファに体を横たえている今の状態は自分なりに成長したと言えるだろう。

このまま夜明けまで眠っていよう。朝になれば口うるさい奴らが起き出して、やれベッドで寝ろだのやれ風呂に入れだの喧しく騒ぐはずだ。気付かれる前に起きて、それからのことはその時に考える。

そう決め込んで目蓋を完全に閉じた、その瞬間だった。
「帰ったんなら声くらいかけていけよ」

いつの間にか白髪の賢人がソファの後ろから背もたれに白い外套の背を預けている。諜報の技で賢人位を取っただけあって、声をかけられるまで完全に気配すら感じられなかった。咄嗟に槍を手にしなかったことは褒められるべきだろう。
「酷い成りだな、屠竜」
「……ノックくらいしたらどうだ、色男」
「つれないねぇ。折角下着一丁の竜騎士殿にタオルを献上しに来たのにな」

ばさり、と頭に落とされたのは言葉通り大判のタオルだ。顔から腹にずり降ろして大きく息をつけば、サンクレッドはくつくつと喉奥で笑いながらも呆れたように肩を落としていた。
「三人……いや、四人には心配かけるなよ」

四人。

すぐに双子、それもおろおろする姿と正論を容赦なく打ち込んでくるもう一人が脳裏に浮かんだ。あとは赤毛の奴だろうか。謎が多いあいつは相棒にひっついているだけかと思えば意外と視界も広く、誰にでも人一倍気を配る節がある。

なら、最後の一人は誰だ。半分寝入り始めている頭は雲海のように霞んでいて底が見えない。
「あいつ、こういう時ほど嗅ぎつけてくるんだ。早く風呂を済ませてベッドに入った方が良いぞ」

そこまで言葉を連ねられて、ようやくサンクレッドの言う四人目が浮かぶ。そいつは「遅いぞ」とでも言いたげに、真っ白なクルザスの雪原と珍しく晴れた空を背負って笑いかけてきた。
「……仕方ない」

ぐっと腹に力を込めて半分溶けかけていた体を起こすと、サンクレッドが肩を軽く叩いてくる。気安い仕草も鼻につかないのは、この男が身につけた戦い方の一つなのだろう。特に意にも介さず、重い体を無理矢理立たせて水場へ足を引きずっていく。
「流石の蒼の竜騎士も、あいつには甘いんだな」

背中に投げられた声は少しのからかいの色を滲ませていたが、これには思わず鼻で笑ってしまった。

殊、暁を冠する連中は今や知らぬ者の方が珍しい英雄となった相棒に対して甘い。それは別世界での旅の経験がそうさせたのか、それとも別のことが要因なのかは知るつもりもないが、誰よりも強く逞しくやさしいあいつを慮る奴らの視線はあたたかい。
「それはお前もだろう?」
「はは、違いない」

ひらひらと手を振って話を終わらせ、俺は今度こそ風呂を目指してひっそりとした石の家を歩き進んでいった。

短い世話話の間にも月は随分と低くなっている。夜明けまであと少し、相棒よろしく面倒事を引き寄せる前にさっさと支度を済ませてしまおう。