Day011~020

Day011:The Guardians

※水晶公と博物陳列館の司書との会話

随分と狭くなった世界から強い使命感を以って蒐集された貴重な書物や資料、あるいは史料をこの百年間、衰えることを知らない光から守るために、この博物陳列館は常に薄暗い空間を保っている。

そのためか調べ物や本を読みに来る以外にも、席に座ってぼうっと休んでいく人もよく見られる。最後の知識の砦が人々の心に寄り添う場所であることは、私たち司書にとって誇りであり、同時に心の支えになっていた。

だからなのか、それともいらっしゃる時は人の少ない時間帯に来られていたからか。うずたかい史料の山の合間から覗く、厳しい表情の水晶公はよく印象に残っている。いつもは遠目にお姿を眺めて、たまに必要そうな資料をお届けするくらいしか出来ないが、その日は一際深い溜め息を連れて、公はレイクランド連邦の古い史書を捲っておられた。
「水晶公……あの、お邪魔してすみません」

螺旋階段脇の席にいらした公に思いきってお声がけすると、すぐにいつもの公の顔をお見せになる。ランプの淡い光がその名の由来となった水晶の手に当たって揺らめいていた。
「ああ、もしや居座っていては邪魔だっただろうか……すまない、これだけ読んだらすぐに立ち去るから」
「いえ、そんなことはありません!どうか、ごゆっくりされてください」
「ありがとう、では君の言葉に甘えよう。ところで、何か私に用があったのかな?」

勇気を出して声をかけたことを察してくださっているのだろう、エーテライトの光のようにやさしくて、いつもより少し張りのない様子で私の次の言葉を待ってくださっている。
「これ、よろしければ受け取っていただけませんか……?」

幅の広い袖の中から、この時を待っていた小さな布袋を取り出して公へ手渡す。
「良い匂いがするな。これは、匂い袋か?」
「はい、園芸館で栽培されている植物の中で、心が落ち着く作用を持つものがあったので……」
「そうか……」

私たち司書は本を管理する他にも、持ち込まれた書物や人々の口伝の中に、失われそうな世界の理を解き明かす研究者としての役割も持っている。この匂い袋は園芸館に勤める友人と私の研究が形になったものの一つだ。

ふんふん、と改めて左手のひらに乗った匂い袋をお顔に近付けられた公の口元が少し和らいだ気がした。
「ありがとう、だが本当に貰って良いのか?」
「勿論です。あの、公……」
「うん?」

ご無理はなされないでください、という言葉はすんでのところで音にならず、腹中に沈んでいく、降り注ぐ光と同じように、決して衰えない約束を保ち続ける公に私たちが一体何を言えるというのだろう。
「……いえ、お邪魔して申し訳ありませんでした。何かお力になれることがございましたら、お気軽にお声がけください」
「ああ、その時は頼りにさせてもらおう。匂い袋、ありがとう。大切にするよ」

小さな布袋は公のお手の中にすっぽりと収まっていた。本当に何の変哲もないそれをとても大切そうに、ぐっと握り締めておられるそのお姿は、無性に泣き出したくなる凪のような風情があった。

Day012:望郷

※アシエン・エメトセルクのアーモロート作り

ラケティカ大森林の遺構に出逢った時、もしやと思った。人の手が加わっていない場所ならば、より可能性が高いとも。

そう、例えば海の底。

未だ鮮やかな記憶からおおよその目安をつけて、水に身を浸す。深く、深くへと海を潜っていくと見間違うはずがない、懐しい我らの時代の面影がすぐに見つかった。降り積もった土に建物の大部分は隠されてはいるが、その美しさは永い年月を経たとは思えないほど衰えていない。

英雄の最期の場所としてこれ以上の舞台はないだろう。
「……どれ、最高の舞台には最高の演出が必要だろう」

この建物の先は、そうアコラの塔へと至る。エレベーターを降てすぐの坂道を登ると、ポリルリタ官庁街が拡がっていた。街角のあちこちでは人民弁論館に着くのを待ちきれない人々が弁論に花を咲かせていたのだ。

思い出すごとに道が出来、建物が生まれ直し、そこで生きていた人々が息づく。見知った街が形を成していく。

気の赴くまま官庁街を進むと、創造物管理局だ。同世代の局長たるあいつは自分の立場も弁えず、執務室から抜け出しては局の受付やアナイダアカデミア、果てはカピトル議事堂の私の執務室をふらふらしていた。局の隣りにあるマカレンサス広場の芝生でアゼムとなったあいつと談笑していた時は流石にすぐ連れ戻されていたが。

全ては未だ遠い、だが必ず取り戻すべき風景だ。
『これは、偉大なるエメトセルク。あなたもイデアのご登録ですか?』
『数多あるイデアの中でも、当代きっての魔道士たるあなたのものはすぐに分かりますよ』

いつか受けたものと同じ懐かしい声音がエーテルを揺らす。もうオリジナルのアシエンたちの間でしか聞くことがなかった旧い言葉は、こんなにも耳障りが良い。あの時とは違って問いかけには答えず、背中越しに手を振ってその場を立ち去る。

目指すは十四人委員会が詰めていたカピトル議事堂だ。格式高い議事堂に続く長い坂道の合間、淡い紫に色づく街路樹を透かすやさしい木漏れ日が心地良い。

扉をくぐり、通い慣れた廊下を抜けて深部へと進む。ふと気まぐれに自分の執務室に行く前に、あいつの部屋に足を向ける。勿論、創っていないものは居るはずがない。扉を開けても旅で留守がちなあいつの執務室はガランとした空気が残っていた。我ながら完璧に再現されているが、ここに至ってもきっと奴は思い出すことはないだろう。

これ以上ここに用はない。自分の執務室で昼寝でもしようと踵を返す。そういえば、あいつが置いていった果実酒が私の部屋に残されていたはずだ。ついぞ三人で味わう機会を持てなかったそれを舐めながら、当代の英雄ご一行の到着を気長に待とうではないか。

Day013:燃え上がれ!Gウォリアー

※エメトセルクから、あの人への言葉

真っ暗な宇宙の中、真っ白な機体で駆ける自分はまるで染みのようだとぼんやり俯瞰した思考が浮かぶのは、ここが無重力空間だからだろうか。

帝国軍の輸送船がEソナーに引っかかって約三十分、コックピットに乗り込んで約十分。戦術予報によればそろそろ会敵する。

じきに戦闘だ、気合を入れなければ。
『各機体をリニアカタパルト・アルファ、ベータへ。先にGウォリアから出撃シークエンスに入るわ』
『プライオリティを英雄殿に譲渡……気をつけて!』
「ありがとう、アルフィノ、アリゼー。Gウォリア、目標を駆逐する!」

精一杯の力を込めてレバーを前方へ押し込む。

火花が散り、モニター越しの景色が一気に速度を上げる。

カタパルトから射出されると同時に一瞬の浮遊感、そして推進剤が青く燃える。キャンセラーで補助があってもなお、体を潰さんばかりのGがかかるこの瞬間にこそ、私は安心するのだ。

一つ深呼吸をして、機器に目を走らせる。どうやは敵もこちらの出撃に気付いたのか、Eセンサー上の点が散開陣形を取り始める。エオルゼアの白い悪魔と恐れられるGウォリアであっても、一機なら包囲を敷いて数で圧倒出来ると思ったのだろう。

だが、私は一人ではない。
『高濃度エーテル充填……ファイジャ砲、解放!』

全てを燃やし尽くさんと炎属性のビーム砲が私の機体横すれすれを奔っていく。たちまち回避行動を取れなかった敵機は溶け落ちていった。ファイジャ砲、試験運用とはいえ凄まじい威力だ。

ビームにも怯まず向かってくる敵機をいなしていると、ピコン!とモニターの端に悪戯っぽい笑みを浮かべた彼が映る。出撃準備のためにモニターに向けられている瞳は青白く照らされていてもなお、紅く燃えるようだ。
「グ・ラハ、追加兵装にはしゃぐのは良いけれど、あと数度ずれていたら私も燃えていたよ」
『あんたなら避けられるだろ?』

本来、速さと手数を活かした戦法を得意とする彼の機体は一撃で殲滅出来るような火力は持たない。

だが、帝国のウェポンシリーズ完成を阻止するために、グ・ラハの願いを訊いたガーロンド・アイアンワークスが技術の粋を集め、急造したのが例のファイジャ砲だそうだ。原理はよく分からないが、とにかく凄まじい火力のビーム砲を三連射できるらしい。
『勝利の栄光を、皆に!グ・ラハ・ティア、出撃する!』

「…シド、私にもファイジャ砲……っ!!……ん?……なんだ、夢かぁ」

Day014:夜間飛行

※廃都ナバスアレンへ向かう直前、光の巫女と冒険者の「悪いこと」

銀糸の中、一際輝く金色が居た。丁度会話が終わり、手を振って別れたその一条の光を追う。
「ミンフィリア」

人混みに紛れていても通ると褒めてもらった声でかつて助けてくれた彼女と同じ名を紡ぐ。それは真っ直ぐ進んで愛らしい耳に入ると、こちらへと振り向かせてくれた。
「こんにちは、街中で会うのって何だか新鮮ですね」
「そうだね。星見の間で集合が多かったから」

人目を引く金糸と、吸い込まれそうになるほど深い光の使徒の瞳。少女のやわらかい微笑みの裏にある、底知れない悲哀を映したような蒼い双眸にただ見守ることしか出来ない戦人を宿していた。

私たちは準備が整い次第、彼女の名の跡を辿ることになっている。それまでは各々の時間を過ごして出立の時を待つ。

つまり、貴重な自由時間だ。
「ねぇ、悪いことしよっか」

「見てください!月があんなに近い!」

大きな翼の羽ばたきや風を切る音に遮られてもなお、楽しそうな少女の声がレイクランドの夜空に響く。

ヨルと一緒にノルヴラントへ渡ることが出来ればよかったのだが、生憎私の翼は草原で留守を守ってくれている。代わりにロンゾが乗っても耐える大きなアマロを借りて、少女と二人きりで空の散歩へと繰り出したのだ。

レイクランドの制空権はクリスタリウムによって確保されているとはいえ、いつユールモアの刺客に襲われるか分からない中、的になるようなことは慎むべきだ。

だが、彼女の今はここにしかない。

何が起きるか分からない今、ずっと閉じ込められていた少女が空の気持ち良さを知らずにいるなんて耐えられなかった。
「たまには夜の散歩も気持ち良いでしょ」
「はい、でも……」
「何があっても私が守るよ。だから安心して、今はのびのびしようよ。それに……」
「それに?」
「お父さんもいないことだし!」
「ふふっ!……そうですね、ありがとうございます」

少女の鈴のような笑い声を風にまとって、アマロは悠々と翼をはためかせる、サレン郷から始まりの湖を経て北へ。かつて逃げ込むように駆け抜けたイル・メグへの道を眼下に、私たちは碧く輝く希望の光をまた目指した。

Day015:影の国

※エメトセルクとヒュトロダエウス、そしてあの人がお月見する話

今日も一人で深まった夜を歩み、帰り路につくはずだった。

それこそ十四人委員会ほどの力を持つ者たちでも見破られないくらい幾重にも目眩ましの魔法を自らにかけて、周りに誰もいないことを確認してから重力を操り体を引き上げる。目指すのは摩天楼の果て、アーモロートを見下ろす一際背の高い建物の上だ。

いつもならこういった無茶をしたり行儀の悪い奴らをたしなめる側だが、ふと見上げた空にどうしても我慢ならなくなってしまったのだ。

こういう夜は一人、静謐に浸るのが好いだろう。そう思って、余程の力がなければ辿り着けない場所を選んだ。だが、摩天楼の果てが見えると共に、あまり見たくなかったものまで視界にちらつき始めた。
「やあ、ハーデス。君も来たのかい?」
「……ヒュトロダエウス、お前さっさと帰ったと思ったらこんなところに……」

見間違いであってほしかった影は正しく二つ、屋上を彩る緑に紛れるようにそこに居た。薄い雲がかかった空からひととき視線を外したその一つは浮き上がってきた私に気付くと、大きく手を振って再会を喜んでいる。

余程の力がある者は節度も持つ者だ。こんな夜遅くにこんな場所には来ないと高を括っていた私が悪かった。
「それに、お前はまだ任務中のはずだ。帰ったならすぐに報告を寄越せといつも──」
「悪かったよ、次からはちゃんとするから。単に忘れ物を取りに来ただけで、すぐに発つから」
「そうだよ、ハーデス。急いでいたこの人をワタシが無理を言って引き留めたんだ」

返事だけは一人前にこなす奴とのやり取りを黙ってニヤニヤ見ていたヒュトロダエウスだったが、珍しくまるで庇うように前へ出てくる。そのままこちらに歩み寄った悪友は、やわらかい強制力で背を押して私が降り立った反対側の縁に立つあいつの近くへと誘導しようとしてきた。

どうせ拒んでもあちらから来るだろう、その力に逆らう意味もない。促されるままに歩みを進め、そのまま三人で肩を並べる。
「ほら、ハーデス。雲間をご覧よ」

私の両脇に立つ二人が同時に空を指し示す。

その詞か、それとも私たちが揃うのを待っていたかのように、今夜の主役のために薄い雲の幕が上がる。白い光に誘われて空を見上げれば、手が届きそうなほど近く、満ちかけた月が浮かんでいた。
「今日戻ってきて良かった。こんな時間をまた過ごせるなんて」
「フフ、こうしているとアカデミア時代を思い出すね」
「……ああ、そうだな」

それきり言葉はなくなった。何にも遮られず自由に吹く風が黒衣を揺らすのを気にすることもなく、じっと三人揃って空を見つめる。どちらの瞳もまばゆく、やさしい影を捉えていた。

Day016:一日ヒナチョコボ 01

※冒険者がお仕事中の水晶公に一日密着する話。

ぽかぽかとやわらかな日差しがペンを握る手の甲をあたためる。

一定のリズムで捲られる紙の音が心地よい。

ふと書類から視線を上げると、向かいには焦がれ続けたその人が熱心に本を読んでいる。

この幸せで、いつもとは違う執務の風景は今朝の星見の間に発端する。

朝一番にクリスタルタワーを駆け上ってきたノルヴラントの救世主は、私以外に誰も星見の間にいないことを確認してから「今日は君が仕事をしている側にいるように依頼されたから、そのつもりで」と宣った。一体誰の差し金かと問うても、匿名の依頼だから言えないの一点張り。冒険者稼業は信用第一、依頼人の希望には最大限応えるのが基本中の基本だという。

大方、ライナや顔役たちが依頼をしたのだろうとは予想がつく。テンペストからの凱旋後、特に忙しくしていたからどうにかして休息をとってほしいのだろう。気持ちはとてもありがたいし、痛いほど分かる。だが、私にとっては今が正念場。どうにか理解してほしいものだ。

しかし、仕事をしている側にいるという依頼内容が引っかかる。今までなら、たとえば医療館まで担いできてほしいとか、闇色シロップを無理矢理飲ませてほしいとか、もっと直球な依頼をしそうなものだが。
「すぐ横にいると邪魔になるなら気付かれないくらいの距離で見ているけど、どうする?」
「その方が逆に気になってしまうから近くにいてくれ。私はあなたがいても嬉しいと思うこそすれ、困ったり邪魔に思ったりすることなんてないよ」

嘘を半分織り交ぜた了承の言葉で以って、英雄と私の奇妙な一日が始まった。

いつも通り過ごしてほしいということだったので、当初の予定通り、街の見回りに出ることにした。主に各施設の顔役たちから報告や軽い相談を受けるためだが、報告書では分かりにくい現場の空気を見にいくことも目的になっていた。通りすがりの衛兵に声をかけ、子どもたちには最近の流行を訊く。ちなみに今はオカワリ亭のコーヒークッキーが大流行しているらしい。それを聞いた背後の影は何故か満足げな笑顔を浮かべていた。

しかし、私の後ろをついて歩く英雄の姿は何とも、チョコボのヒナに見えて仕方ない。お陰で視界に入る度、だらしなく緩みそうになる口角を引き締めるのが大変だ。まだ始まったばかりだというのに、今日一日が波乱に満ちたものになる予感ばかりが胸をくすぐっていった。

Day017:一日ヒナチョコボ 02

「水晶公、そこの木が何だか気になるなぁ」
「ん?木?」

エクセドラ大広場を一回りして、マーケットに行こうとペンダント居住館前を通りがかった時、急に英雄が私のローブの裾を引く。指さす先には二つの居住館の間に植わっている木があった。住人の子どもたちが木陰で追いかけっこをして遊んでいる。
「うん、ちょっと下から覗いたら分かるかも」

私には何の変哲もない木に見えるが、冒険者として類稀な観察眼を持つ英雄だから、何かを察知したのかもしれない。世界中の美しいものや珍しいものを目にしてきた戦士の直感は、決して無視出来ない。

正直、頭の中は疑問符でいっぱいだが、袖を引っ張られるままついて行き、そのまま木の根元に腰を下ろす。うんうん唸って木を見上げている英雄と一緒になって、何かあるのかと寄ってきた子どもたちの頭を撫でながら視線を上げると、赤く熟れた果実がたわわに実っていた。ああ、もうそんな時期なのか。
「さて、気になることは分かっただろうか」
「うーん……あ、見て」

今度は少し上をさした指に従って視線を巡らせると、柵の向こうに先程まで私たちがいたクリスタルタワーが見えた。朝の澄んだ空気のお陰か、その碧い姿はいつもより輝きが増しているようだ。
「ここから塔が見えるんだね。今日は一段ときれいだなぁ」
「あ、ああ……それで、気になることとは?」
「んー……ごめんね。気のせいだったみたいだ」
「そうなのか?なら、良いのだが……」
「折角だから休憩して行こうよ。ここ、風が気持ち良いよ」

言うや否や肩にかけていた荷物を置いて、その人は思い切りよく背中から芝生へ飛び込む。そのままごろごろ転がって、体中草まみれになっていた。

その無邪気な仕草には子どもたちも大いに笑い、もっと面白くなるからとその辺に落ちていた花弁を乗せられている。大人しく全身を花で飾られている間、暇だったのか器用に顔だけこちらに向けてきた。
「水晶公はこの赤い果物食べたことある?」
「ああ、甘酸っぱくて美味しいよ。丁度この時期が食べ頃でね、また収穫したら届けさせよう」
「本当?やった!」
「そのままでも美味しいが、あなたなら菓子にも出来るだろう。また何かレシピを思いついたら食薬科に教えてあげておくれ」
「はぁい」

そろそろ行こう、と花畑になっていたその人に声をかけると、また気の抜けたソーダ水のような返事を寄越す。体を起こした時に落ちた花々はちゃんと集めて、膝を折って目線を合わせてから子どもたちに手渡していた。
「あのね、このお花はジャムにすると美味しいよ。大人に頼んでみてね」

きゃあきゃあと黄色い鈴の音を響かせて、子どもたちは居住館へと戻って行った。きっと明日、あの子たちの食卓には闇の戦士様お墨付きのジャムが並ぶことだろう。
「お待たせ、行こうか」

よいしょ、と腰を上げたその人は数歩の距離をゆっくり歩いて、私の少し後ろにまた並んでくれた。

Day018:一日ヒナチョコボ 03

芝生から立ち上がってからも英雄は水路の中を覗き込んだり、都市内エーテライトの光が綺麗だと観察し始めたり、マーケットの店の看板やその辺に飛んでいる蝶など、いろいろなものが気になったと言っては、つついたり座ったり寝転んでみたり……先程まで大人しく後ろをついてきていたヒナチョコボの影はどこへやら。まるで幼子をつれている錯覚を覚えるほど、あちこちに興味を持ってはその度に私のローブの裾を引っ張る。

いつもは他人のことばかり優先する英雄殿の小さな『我侭』を叶えてあげられるのだから、決して嫌な気はしない。むしろ嬉しい。
「こんにちは、水晶公。今日は闇の戦士様がお供ですか」

あちこち歩き回ってそろそろ昼頃、巡回の最終地点であるテメノスルカリー牧場に入るとゼム・ジェンマイが声をかけてくれた。

各々会釈をしたり手を振ったりしてくれている飼育員たちへ手を振り返すと、隣りに立っていた我が英雄もそれに倣って大きく手を振る。
「ご苦労様。今日は一日私についてくれているそうだ」
「それはそれは……ご同輩、水晶公をよろしく頼む」
「はい、任されました」

何となく引っかかる遣り取りから始まったが、ゼム・ジェンマイはいつもの調子でアマロやチョコボたちの様子を聞かせてくれた。

先日、牧場で生まれたアマロたちがそろそろ人を乗せる練習を始めるそうだ。その話題の時は熟練のチョコボ使いでもあるこの人も、目をキラキラさせてその時はぜひ呼んでほしいと頼んでいた。勿論そのつもりだったと微笑むゼム・ジェンマイにこの人がいかに街に馴染みきっているかを見てとって、何とも言い難い、胸の中にじわりと広がるものを感じる。
「そうだ!公、スキップに会いに行こう」
「スキップ?……ああ、確かあなたが食薬科と一緒に世話をしてくれているアマロだったか」
「そう!可愛いよ、キュルキュル鳴く声が綺麗なんだ」

そう言ってミーン工芸館の救世主は少々強引に私の碧い手を取ると、馴染みのアマロが休んでいる方へと駆け出していった。揺れる髪も跳ねる靴音も、めいっぱい楽しいと叫んでいるようでひどく胸が痛んだ。本来なら失われていた私たちの星が今、確かに生きていることがこんなにも嬉しいだなんて。
「スキップ、来たよ」

テメノスルカリー牧場の片隅でしっとりと横たわるアマロへ、その人は自らの愛鳥に話しかける時と同じ声音で声をかけた。すぐには近付かずあちらが私たちを見つけて、体勢を整えるのをしばし待つ。

くりくりとした瞳が私たちを捉えて、キュウとひと鳴き。

ゆっくりと歩み寄る私たちに見てほしいと言うように、スキップは近くに置いてあった空の皿をこちらに向かって鼻先で押した。
「あ、ご飯食べたんだね。よかったぁ」

少し誇らしげなスキップと我が身のことのように喜ぶ英雄。眩しい光景を微笑ましく見守っていると、またキュルリと先程とは少々違った鳴き声が響いた。パッとお腹を手で押さえたその人の頬がみるみるう内に赤く染まっていく。
「……お腹鳴っちゃった」
「ふふ、私たちも昼食にしよう」

Day019:一日ヒナチョコボ 04

アマロと同じくらい可愛らしい鳴き声を持つ腹の虫を飼っているその人を昼食に誘うと、恥ずかしげな表情は引っ込めて誇らしげに、肩にかけていたカバンの口を開けて中を見せてくれる。
「実は今日お弁当を作ってきました!」

カバンの中身を覗き込むと、そこにはさまざまな種類の料理で彩られた保存容器がぎっしり詰め込まれていた。まだ蓋を開けてすらいないのに芳しい匂いが鼻を掠めていき、大変食欲を誘う。
「もしかして、朝からこれを持ち運んでいたのか?すまない、重かっただろうに……」
「全然平気!折角なら景色の良いところへ行こう」

そう手を取られて向かったのは、果樹園にほど近い物見台だった。レイクランドとクリスタリウムを一望出来るここがお気に入りなのだとその人は言う。かつて偽造神殿から帰還した後もここで考え事をしたものだ、とも。

第一世界の光の戦士との思い出の場所、我が友人にしてこの人の美しい枝との語らいの場所。その横顔に見える薄い陰りは見間違いではないだろう。

縁に座って足をぶらつかせながら、カバンの中から次々と取り出される料理の数々に舌鼓を打ち、一口ごとに感想を述べると我が英雄は少し恥ずかしそうにしながらも嬉しいとはにかんでいた。いつもより軽装ということも相まって、目の奥で煌々と輝く強い光にさえ気付かなければ、まるで戦人には見えない。

未だに暁のみんなを元の世界に戻すための術の構築は難航しているし、今だってまさに職務の合間だというのに、こんなにも穏やかな時間を過ごしていても良いのだろうか。
「ご馳走様、とても美味しかったよ」
「お粗末様でした。ふふ、お腹いっぱいだ」
「食べ過ぎてしまったかな、少し苦しい……」
「いっぱい食べてくれたもんね……そうだ!まだ次の予定まで余裕があるでしょう?お昼寝しよう」
「ひ、昼寝?ここで?」
「そう!はい、おやすみー」

そういうや否や、左腕を引かれて芝生での時と同じようにバタンと勢いよく背中から倒れてしまった。一応ふんばってはみたが抵抗虚しく、私の体もろともに。床に背中をぶつけないよう、しっかり腕でクッションをしてくれるところは流石の一言だ。
「ちゃんと起こしてあげるから、ゆっくりしてね」

遠い日に天幕で寝付けないとあなたがごねた時のように、頑張りすぎて寝込んだいつかのように、やさしい力であやすように肩を叩いてくる。不慣れな手つきは力の入れ方を探って、弱くなったり強くなったり、行きつ戻りつを繰り返して眠りの波を呼び寄せようとしている。
「お昼寝は午後からの作業効率も上がる頭の栄養なんだって、ウリエンジェが言ってたんだ」

だから安心して、とにっこり微笑んだ英雄が耳の毛並みを整えるように梳いてくれた。眠気よりも別な何かが押し寄せて、ぶわりと尻尾が太くなる。こんな状態で眠れるはずがない。

そのはずだった。

Day20一:日ヒナチョコボ 05

※ある冒険者と通りすがりの光の戦士の話

「起きて、水晶公」
「……っは!」

ガバリと起き上がると同時に、確かに自分がさっきまで深く寝入っていたことを教えてくれるように頭がぽわぽわする。あんな状態だったのに自分はすぐに寝落ちたというのか。もしかして自覚がないだけですごく疲れていたのだろうか、と半分覚醒しかけている思考が回り始める。だが、どこか自然に寝落ちたというには違和感……何故かエーテルの残滓が耳の辺りを漂っている気がする。
「……あなたの今日の装備。白魔導士だな」
「……ばれたか。怒っている?」

まだ寝転んだままのその人をじっとり見下ろしてやると、悪戯がばれたこの人は少し目を細めた。謝意を伝えるように横たえたままの体の影に隠していた、未だエーテルが香る杖が差し出される。

細かい傷がそこかしこについているものの、美しくてしなやかな木の杖だ。じっと見惚れている内に、もう今日は魔法を使わないというように一瞬で装備を細身の軍装へ換装しながら、その人は上体を起こす。
「怒っていないさ。むしろ……」

サア、と素直な風が私たちの髪をかき乱すように吹き抜けていく。高い場所にいるから少しだけ勢いを持った清風は重みのある鎧をも揺らし、金属同士の擦れる音を微かに響かせた。
「むしろ、ここで昼寝するのはこんなにも気持ち良い……ずっとこの街にいるのにあなたから教えられるなんて、私もまだまだだな」

にこり、と笑って見せれば心配そうな表情はやわらかくほぐれ、また誇らしげな色が混じる。
「君とみんなが造ったんだ。知らないことがあるなんて、何だか勿体ないよ」

だから、と腰を上げたその人に見下ろされながら、今度は差し出された手を握る。立ち上がるとより近くなる視線がこそばゆい。
「今日のお仕事が終わったら一緒にご飯食べに行こう。私が探検した君の街のこと、いっぱい聞いてよ」
「!……ははっ、こんなにやる気が出る誘い文句は初めてだ」

やる気を示すように、掌と拳を胸の前で当てるこの人がよくやる仕草を真似ると、嬉しそうでいて少し恥ずかしそうにその人は笑みを漏らすのだった。