Day021~030

Day0021:一日ヒナチョコボ 06

「水晶公、ここにいらっしゃいましたか。あら、今日は本当に闇の戦士様とご一緒だったんですね」
「ライナさん、こんにちは」

今までで一等贅沢な休憩時間を過ごした高台から降りると、丁度ライナに声をかけられた。その口振りでどうやら探させてしまったことと、背後にぴったりとくっついているこの人が想定外だったことを知る。
「ライナがこの人に依頼をしたのではなかったのか?」
「依頼?いいえ、街中で噂になっていて知ったくらいですよ」
「そうか……いや、待ってくれ。噂になっているとは」
「お二人が一緒にいらっしゃると、それだけで目立つということですよ」

当たり前のことを言わせないでほしい、というように呆れた様子で肩を落とす孫娘はすぐに切り替えて凛々しい衛兵隊長の顔に戻り、大事そうに抱えていた書類を差し出した。
「こちら、先日の会議で議題に上がった居住館についてです。急ぎ目を通していただきたいのですが……」

そこまで言ってライナはちらり、と背後の人に視線を送る。私たちが二人でいればきっと何か用事をしていると想像したのだろう、でもそれ杞憂だと示すように差し出された書類の束を受け取って早速数枚に目を通す。内容は住民の増加とそれに伴う居住館の増設、老朽化している居室の改修と管理人の増員。
「ありがとう。過去の資料も確認したいから、博物陳列館で読ませてもらうことにしよう。確認次第、返事を寄越すよ」
「承知しました……あの、闇の戦士様。どうか公をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せあれ」

綺麗な敬礼を残したライナは赤いマントを翻して、次の職務へと向かって行った。今日で何度、街の者たちがこの人に私を頼むという旨の言葉のかけただろう。もしかして、この人といると相当頼りなく見えるのだろうか。
「公、行こう」
「あ、ああ……」

午前中と同じようにその人はまた私のローブの裾を引く。さっきまでならきっと気になったと足を止めただろう店の看板、蝶や芝生にも目をくれず、真っ直ぐに博物陳列館へと向かうのだった。

Day0022:一日ヒナチョコボ 07

光の脅威が払われた今、クリスタリウムは再び人が集いつつある。夜によって運ばれた希望が足を止めていた人々にも今日とは違う景色を望む力を与えたのだ。そういった人々をあたたかく迎え入れ、共に在ろうとするのがクリスタリウムという街だ。

かつて自分の祖先がクリスタルタワーに導かれ、世代を超えて街を守り育てたように、再び変革を迎えた世界で塔を目指し集った人々はまた力強く飛び立つ。

だが、どんなに勇猛果敢な英雄であっても、どんなに心強い仲間がいたとしても、心と体を休める止まり木がなければいつかは折れてしまう。

二つの居住館はこれまでもこれからも、明日を望む者たちの帰る場所としての役割を果たし続けるだろう。だからこそ、私は居住館に関わる事業は特に大切に考えたいと思ってやってきた。

博物陳列館の窓際の席を陣取ってライナから預かった書類と過去の改修時の資料を見比べると、今回の改修に携わる者たちも同じ気持ちを抱いていることがよく伝わる。現状の人口増加の記録と予測、設計図の線の一本一本、工事の計画の一つ一つに至るまで丁寧で緻密に描かれている。苦労して練り上げたのだろう、過去のものに勝るとも劣らない。

過去資料を見て思い出したことをいくつか書き出していると、ぽかぽかとやわらかな日差しがペンを握る手の甲をあたためる。一定のリズムで捲られる紙の音が心地よい。

ふと書類から視線を上げると、向かいには焦がれ続けたその人が熱心に本を読んでいる。退屈していないようで何よりだ。
「……良いことあった?」
「ああ……子どもたちの成長を感じることほど嬉しいことはない、と」
「そう」

視線に気付いたその人は本から目を離さず、ひそやかな声で短い言葉を交わす。私の返答が余程気に入ったのか、それとも本が面白いところなのか満足げに浮かべられた笑顔を糧にもう一頑張りと視線を書類に戻した。

Day0023:一日ヒナチョコボ 08

結局、目を通した書類とメモとをライナに渡せたのはとっぷり日も暮れた頃だった。もうこの時間から何を始めても今日中にきりをつけることは難しいだろう。
「お疲れ様、今日の業務はおしまいだ」
「はぁい。お疲れ様、水晶公」
「あなたも、今日はありがとう……それで、ヒントだけでも聞かせてくれないか?一体誰の依頼だったのだ?」

私の問いを聞くなりその人はぱちくり、と目を丸くして驚いていた。一日中気になっていたのだ、依頼は完遂したのだから聞かせてくれてもいいだろう。せめてヒントだけでも。
「……気付いてなかったんだ?」
「は?」
「いいよ、答えを教えてあげる。私だよ、水晶公」
「……は?」

同じ音しか声にならない程度に、思考が止まってしまっているのが分かる。
「君、根を詰めすぎるからどうしたら休んでくれるか考えていたんだ。でも、頑張ってくれているのを邪魔したくないし……それで、一緒にいたら休憩もこまめに取ってくれるかなぁと思って」

スッキリした、というようにぐっと伸びをして満面の笑みを浮かべるその人は、まるで悪戯が大成功したピクシーのようだった。無邪気で、ある意味で身勝手で、とてもやさしくあたたかい。

普段から突飛な行動をすることはあるが、確かに今日は輪をかけて謎な行動が多かった。昼食のお弁当がやたらと手の込んだものばかりだったのは、数日前に依頼を受けて準備をしたのかと思っていたがどうやら見当違いだったらしい。
「それで?今日の依頼は満足いただけたのかな、我が英雄殿?」
「……まだだよ」

はて、何か取りこぼしがあっただろうかと首をひねっていると、ご不満な様子の英雄殿はくすくすと愉快そうに噛み殺しきれなかった笑みを漏らして、今日は何度となくしてくれたように手を差し出してくれる。
「晩ご飯は一緒に食べるって約束したでしょう。忘れちゃった?」

いくつもいつくも押し寄せる驚きと歓喜の波に水晶公がさらわれていきそうになった。覚えていてくれた、オレだけが楽しみにしていたのではなかった、とただのミコッテの青年が胸の中で踊りだす。だが、それをおくびにも出さず、極めて冷静に私たちの希望の手を取る。
「忘れるものか。今日は疲れただろう、たくさん食べてくれ。もちろん、私の奢りだ」
「本当に?やった!」

私の手を取っていることは忘れている英雄殿は軽やかなステップを刻んで、先へ先へと私を連れて行く。もつれる老人の脚もじきにペースに馴染み、彷徨う階段亭に着く頃には素面なのに街で一番愉快な二人組が出来上がっていた。

席につくなり麦酒の到着も待ちきれない様子で、街の中で見つけお気に入りスポットを挙げはじめる。

それが今日一日を共に過ごした中でも一等楽しそうで。やはり、この人は冒険の中に身を置いている時が一番美しい。

ここからは麦酒と闇の戦士様に着想を得たという新作メニューを新たなお供に、長い夜を過ごそう。

Day0024:いかなる者も追うこと能わず

※とあるレジスタンスが見た、南方ボズヤ戦線における解放者の瞳について。
※解放者(冒険者)はアウラ・ゼラの男性、ジョブは戦士です。

噂によるとバイシャーエン殿の伝手で、名高きドマの解放者が我らボズヤの民と共に今度は我らの故郷を取り戻すため、その力を振るってくれることになったらしい。

瞬く間に広まった噂に浮き足立つキャンプへ、山の国に住まうという竜のような黒い角と尾を持つ姿を見せるだけで、場の温度は確実に上がったように感じた。

なるほど、身に付けているのは我らレジスタンスと揃いの軍装であっても、纏う雰囲気は穏やかな大海のよう。連れ立つチョコボさえも異様なまでに静かだ。

これが英雄と呼ばれる者、生ける伝説。もし敵として相対すれば一溜まりもないだろう。

すぐに上役たちと話した解放者はチョコボに跨り、颯爽と戦場へ駆け出して往った。

火薬と土埃で黒く煙る塹壕地帯にも魔物たちや帝国の放った魔導兵器は跋扈している。それこそ掃いて捨てるほどの物量は確実に我らの気力と、何かを削り取っていく。

だが、時同じくしてこの戦場の何処かで解放者が戦っているのだと思うだけで、降ろしかけた腕は再び得物を振るい、折れかけた脚は敵を蹴り飛ばすのだ。願わくば近くでその力を目の当たりにしたい。

射撃体制に入っていた魔導兵器を薙ぎ倒し次の標的を探していると、塹壕から一塊の影が飛び出してきた。視界の悪い土煙の最中であっても存在を示す黒耀の鱗、刃に碧きクリスタルの輝きを宿す戦斧。それは一条の流星のように真っ直ぐ魔物の群れの中に突っ込んでいき、大きな嵐を喚び起こした。

次々と敵を吹き飛ばし、叩き潰し、味方の往く道を切り拓くその姿はまさに戦神のごとき強さ。これを間近で見られるとは、なんという僥倖か。

不意にその背後、丁度死角となっている隙間から銃口が向けられていることに気付いてしまった。こんなところでこの英雄を死なせる訳にはいかない。無意識に駆け出した体で弾道を遮るように解放者と帝国兵との間に入り、我が刃を以って敵を屠らんと踏み出した。

その瞬間。

物凄い突風が顔の横を吹き抜けていく。敵兵が無惨に倒れ伏したことで、それが背後から投げられた解放者の戦斧であると認識し、思わずその軌跡を辿るとその人は確かに投擲の姿勢の名残を残していた。

だが、声を発しようとした呼吸が、その瞳を見入った刹那、止められる。
「          」

さまざまな音が入り混じる戦場において、その言葉を音として捉えることは出来なかった。口ほどに物を言うその目が、確かにその意志を暴力的なまでに伝えてくる。彼を大海のようだと感じたのは、決してその凪のような穏やかさではなく、その先にある嵐を予感させたからだったのだ。

解放者は、確かに人だ。だが、その内側には一体何が潜んでいる。

得物を敵兵から引き抜き、状態を確かめてから会釈を寄越した解放者はまたチョコボに跨がり、更なる前線へとその身を投じていった。我らの部隊が斧を背負う背中を見送った後も転々と奥地へ、敵の本拠地へ侵攻していく様は鬼神のようであったという。

Day0025:腹ぺこグ・ラハ

※やたらと食欲旺盛なグ・ラハのお話。

魔物たちとの無駄な接触を避けるため、銀泪湖にかかる靄を切り裂くように愛鳥と空を散歩しつつ、眼下のキャンプに手を振って街を目指す。第一世界からシルクスの狭間を経てレヴナンツトールへ戻る道にも随分と慣れたものだ。

街の入口にあたる石造りのアーチの上に降り立つと、市場の方に見慣れた黄色い羽根が垣間見えた。買い物だろうか、なら荷物持ちでもしようかと我らが受付嬢を目指して駆け出す。
「タタル、持つよ」
「あっ、冒険者さん!おかえりさないでっす」

ララフェルの腕にはいささか多すぎる荷物を引き取ると、何故か中身はほぼ全て食料品だった。魚、肉、野菜に果物、お惣菜やひんがしの国でアリゼーが好んで食べていたお菓子も入っている。そして、見覚えのある黄色い瓶がたくさん。
「随分買い込んだね。今夜はパーティー?それともエーテルがいっぱい入ってるから、術士がたくさん来るとか?」
「それが……」

言うか言うまいか迷っている様子のタタルに歩調を合わせると、意を決したようにその大きな瞳を私に向けてくれた。

「グ・ラハー?」

自らの名を呼ぶ声に反応した耳と尻尾が同時にビンッと立ち上がる。バーカウンターで本に注がれていた視線が体を連れて真っ直ぐに走ってきた。片手にはうさぎの形に切られたシャインアップルを持って。
「おかえり!早かったな」
「ただいま。かんたんな依頼だったからね。ところで、君」

ぴる、と次の言葉を待つ間も揺れる耳と尻尾に私まで揺らぐ。駄目だ、言わないままでは彼のためにならない。
「最近、食べる量増えてるでしょう」

分かりやすく彼の肩が揺れる。さっと手に持っていたシャインアップルを隠し、真っ直ぐに私に向けられていた視線は途端に次元の果てへ散歩に出かけていった。どうやらタタルの言う通り、グ・ラハに何かしら異変が起きているようだ。
「お互いに、体の変調はすぐに知らせるって約束したでしょう」
「あんただって、この間の怪我隠してた……」
「誤魔化さない」

納得がいかないようで尻尾がぶんぶん振られているが、今回はこちらも退けない。じっと話し出すのを待っていると、グ・ラハは両手を上げて白状したように大きく息をついた。
「……魔法の練習してたんだ……まだエーテルの回復量と消費量のバランスが取れてねぇの」
「……つまり、食事で回復を補おうと」
「そういうこと!あーあ、折角あんたに隠れて特訓してたのに」

ソウルサイフォンの影響や何か他の不調かと心配していたが、特に悪いものではなさそうだと分かってがっくり肩の力が抜ける。もう手の届くところで倒れる背中を見るのは御免だ。
「そっか……じゃあ、また携帯食でも探しておくよ。出先でお腹減ったら困るだろうし」
「本当か!やった!」

嬉しそうな顔を見ると私も嬉しくなる。これからやりたいことも、行きたいところもたくさんある。そのために助けになることは喜んでしよう。

だから、喜ぶ彼の肩をがっつり掴んで、目を合わせる。笑顔はキープしたまま、声は少し低めに。こういう時はこうやって話すと良いとサンクレッドが言っていた。
「でも、無理はしないって約束しよう。一緒に冒険へ行くなら、ね?」

こくこくと無言で頷く紅を確かめてから、掴んでいた肩をぽんぽんと叩いて答えに満足したことを伝える。
「折角だから、特訓の成果見せてよ」
「っああ!驚いて腰抜かすなよ!」
「望むところです」

おろおろとこちらの様子を窺っていたタタルに「行ってきます!」と声をかけ、私たちはまたモードゥナの靄の中へ駆け出していった。

Day0026:蜃気楼

※第八霊災後の原初世界で、グ・ラハが幽霊の噂を確かめに行く話

二百年ちょっとの眠りから目覚めて少し経ってから、ガーロンド社の若手技術者に妙な噂を教えてもらった。
『夜、英雄譚の舞台でその物語を語ると本人の幽霊が出てくる』と。噂を教えてくれた奴も実際に試したらしく、本当に一瞬だったがぼんやりとした何かが浮き上がったのを見たそうだ。
「でも本人を見たことない俺たちじゃ、その幽霊があの英雄かは分からないんだよ」
「だから面識のあるオレを頼った訳か……こんなことやってて大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!ちょっとだけだから!な?いいだろう?」

正直、話を聞いてる間からずっとドキドキしていた。もしかしたら、計画が始まる前にあの人に──たとえ幻でも会えるなら、こんなに嬉しいことはない。それこそあの人みたいなフットワークの軽さで、オレはそいつのお願いを聞くことにした。

夜。野盗や魔物たちの目を掻い潜り、小さなランタンの光だけを頼りに英雄譚の舞台となった場所を目指す。

銀泪湖の隠れ家から一番近い場所となれば、クリスタルタワーしか考えられなかった。オレとも縁が深い場所だから、もし成功すれば相当はっきりとした姿が見えるんじゃないかと、オレたちは期待で胸を膨らませながら、かつて自分の手で閉めた扉の前へと至る。
「で、英雄譚を語るんだっけ?」
「そう!あれ?うわ、待って……本人から冒険の話を聞けるなんて、もしかして俺すごい贅沢してるんじゃ……」
「ははっ、今更かよ」

扉の外側の壁に二人で並んで腰掛け、ノアとして駆け回っていた時代を思い出しながら言葉を探す。まるで自分の氏族に伝わる歌を歌うように、ぽろぽろとこぼれ出てくる思い出。後世にまで語り継がれるだろう物語が生まれる瞬間に立ち会っていることへの嬉しさ、大事な時に置いていかれた悔しい気持ち。いよいよ語りはオレがこの扉の内側に入る直前まで終わったが、まだ英雄の影は見えない。
「あ、グ・ラハ!見て!」

今夜の聴き手が扉から少し離れたところを指差す。その瞬間に立ち会おうとでも言うように光が集まって形を成していき、ぼんやりとした輪郭は次第にあの人を最後に見た時のものに変わっていく。

オレたちは思わず立ち上がってその姿が確かな形を取っていく様子を見守った。
「……英雄だ」
「本当か!?じゃあ……」

扉に向かってゆっくりと歩みを進めるあの人は、最後に見た時とは違って、泣き出す数秒前という表情だった。どうして。
『──てい───で』
「声、が」
『──はもっと─────────冒険──────言っ───』
「グ・ラハ……これって……」
「……ああ」

これは、後悔だ。

ずっと気になっていたけど、これではっきりした。幽霊と呼ばれている蜃気楼は、あの人がこの世に遺した気持ちだ。還れなかったエーテルの残滓が物語に誘われて形を取っているんだろう。英雄譚の舞台で物語を話すという条件が必要になるのもそれで頷ける。

だとすれば、ここにあの人の気持ちを遺させてしまったのは、オレだ。
「オレ、あんたに会いにいくから。だから、今度はしっかり聞かせてくれ……あんたの言葉」

すると、聞こえていると言うように、幻の英雄と目が合ったような気がした。すでに消えかけている蜃気楼に手を伸ばすと実体のないそれに手応えはないけれど、熱を受け取ったような気がした。
「……グ・ラハ、俺……」

蜃気楼の英雄と同じように泣きそうになっている若き技術者に笑って見せて、そっと人差し指を口に近付けて、今日のことはこれ以上語るまいと示す。
「ありがとな、この噂教えてくれて!ほら、帰ろうぜ」

完全に消えてしまった残光を大事に握りしめ、オレたちは隠れ家への帰路についた。

Day0027:ラストダンス

※キタンナ神影洞攻略後、スリザーバウにて。エメトセルクと踊りたい冒険者の話

世界の理を説けば、何かの拍子に思い出すかもしれない。何も知らないまま死んでいくことを哀れんだという理由が一番だが、淡い願いを持っていなかったと言えば嘘になるだろう。

現にあの手この手、折にふれては私の目を通して見る世界を語り、投げかけられる問いに答え、まだ色の薄い魂を補うための知識を与えた。だが、見せられるのは破天荒な面影ばかりで思い出す素振りなど一つもない。

こちらに気付くなり踊りの輪から抜けて駆け寄ってくる英雄様も、結局はまだ足りないなりそこないに過ぎないのか。
「エメトセルクは踊らないの?」

期待に満ちた目で見上げてくるそいつに盛大な溜め息をくれてやる。

今夜は夜の民を導いた魔女への礼と餞別のための宴だそうだ。この地に伝わる歌と踊り、質素ながら彩りのある食事が民たちの溢れんばかりの気持ちを表している。こういった変わらないところを見つける度、私たちを忘れた世界を憎らしく感じる。
「私がお前たちの輪に入って踊るはずがないだろう。ほら、お仲間が呼んでいるぞ、戻れ」
「わざわざ隅にいるからもしかして、と思ったんだけど……もしかして、踊れない?」

しまった、やってしまった、とでも言いたげな阿呆面にどうしようもない呆れが沸き起こる。もちろん、怒りを通り越して生まれたものだ。こいつの阿呆さ加減は魂が分断されて拍車がかかっているとしか思えない。
「あのな、私は皇帝だったんだぞ?軍属とはいえ舞踏会は飽きるほどこなしてきたに決まっているだろう」
「なら、踊らない?」
「踊らん、早く行け」

切り捨てるように突っぱねても英雄はまだしつこく食い下がる。いつもならこの辺で仲間の誰かが呼びに来たり、自ら諦めて輪の中に戻りそうなタイミングだというのに、今夜の無駄な忍耐力はなんだ。
「今日、仲間を助けてくれたから。お礼をさせてほしいんだ」
「それが英雄様と一曲踊れる権利か?なるほど、それは私の身に余りある誉れだ、余所に譲ろう」

英雄として過ごした時間が生んだ傲慢か。いや、これは単純に楽しい時間を共有することが相手への礼になると思っているのか。いずれにせよ気遣いも作法もなっていない。礼だというなら宴の真っ最中の踊りに誘うなど、まるっきり社交界を知らない田舎者のすることだ。

黙してじっとりと睨みつけてやっても、どうにか仲間を助けたことへの礼がしたいらしい英雄様も珍しく眉根を寄せてじっと黙している。こういう場合のこいつは自分の希望を叶えるまで梃子でも動かないし、しつこく付き纏ってくるだろう。別の機会にもっと面倒なことになるのは避けたいとなれば、ここは私が大人になるしかないだろう。
「……ラストダンスは私のために取っておけ」
「っ分かった!また呼びに来る、先に寝たらダメだからな!」

眉間の皺は何処へやら、ぱっと晴れやかな笑顔を残して輪の中へ駆け戻っていき、それはそれは大層嬉しそうに光の巫女の手を取って思いきり振り回していた。全く、そういうところは変わらないらしい。

傲慢な英雄殿を待つ間、何処か懐かしい音を抱く夜の民たちの音楽でも聴いていてやろう。

Day0028:飲み込むこと

※ボズヤでの一幕。戦場で生きるということについて、レジスタンスと解放者が語る話
※解放者(冒険者)はアウラ・ゼラの男性、ジョブは戦士です。

炎が爆ぜる光を、その瞬間に吹き飛んでいく友の体を目の前で見た。

次いで恐らく塹壕から飛び出てきた何かにぶつかられ、放り投げられる自身の体を妙に冷静な頭が認識する。これは死ぬ。だが、すぐに誰かに体を受け止められて抗えない力でウトヤ前哨地まで引っ張り込まれた。

司令部で状況報告の後に補給を受けて次の出撃を待つ間、誰も使っていない木人の側でようやく人心地つく。部隊が半壊したところで飛び込んできた影が解放者と呼ばれる青年で、生き残りを引っ張ってきたのは後方支援部隊の面々だと誰かが話しているのを小耳に挟んで知った。英雄はこんな一兵卒すらもすくい上げるのか。
「大丈夫ですか?」

不意に頭上から聞き慣れない声が降ってくる。目の前にはまさに思考の只中にいた人、レジスタンスと同じ意匠の軍装を纏った、ここでは珍しいアウラ族の青年──解放者殿が俺を見下ろしていた。
「っあ……先程は、ありがとうございました」
「先程……ああ、術士大隊の時の。怪我は大丈夫ですか?」
「お陰様で……あなたに、助けていただいたので」

俺の答えを聞いて、きれいに微笑んでよかったと呟く解放者殿はひどく嬉しそうで、寂しそうだった。もしかしたら、既に部隊が半壊していたことを聞いたのかもしれない。
「それ、食べないんですか?」

ぴ、と籠手に包まれた指で示したのは、座った俺の膝に乗ったままの補給物資だった。これから俺の血肉を作り、敵を屠る力と成るもの。食べなければならないことは分かっている。

だが、さっき目の前で弾けた光と熱が胸につかえて、どうしても食べる気になれなかった。戦場は初めてではない。なのに、これではまるで新兵だ。
「私も、食べられなくなることがありました。特に、こういった前線では……今もたまに」

ぽつり、ともたらされた言葉。それが目の前でしっかりと両足をつけて立っている、英雄と称えられる青年から出たものだとすぐには分からなかった。
「あなたも……?」
「はい」

そのまま彼は何かを言いかけて、でも止めてしまったような気がした。代わりに、腰につけた小さな鞄から取り出した。

貰ってもいいということかすぐに判断出来ず、ぐずぐずと受け取らない俺の手にその人はぐいっと押し付けるようにそれを持たせてくれる。小さな印が捺してある紙包みを開くと、ところどころが割れているが、素朴なクッキーだった。
「補給物資が食べられそうになければ、それを。何も食べないよりは良いと思います」
「でも、これはあなたのものじゃ……」
「良いんです。じゃあ、私はこれで。休憩の邪魔してごめんなさい」

すぐに踵を返して愛鳥を喚び出して駆け出そうという背中へその人の名前を投げかける。ゆっくりと愛鳥に跨りながら、その場に留まって続きの言葉を待っている。
「あなたほど強くなれば……国を、友を守れるでしょうか」

その問いかけに青年は曖昧に笑うだけで、答えを与えてはくれなかった代わりに手綱を握り直すばかりだった。
「クッキー、ありがとうございます!……その、すぐには食べられないかもしれないが……必ずいただきます」

今度は切れ長の目が嬉しそうに細められ、満足そうに頷く。それがこの場に不釣り合いなほど穏やかで、駆け出していく後ろ姿は塹壕ではなくただの草原へ冒険に出掛けていくようだった。

Day0029:花雨

※ライナとお友達がおじいちゃんに悪戯を仕掛ける話。

「おじいちゃん!」

ぽすん、という衝撃と共に小さな塊が飛んできた。ローブに巻き取られてしまった孫娘を救出しながら、その目線に合わせて膝を折る。
「また何か発見したのかな、ライナ」
「ううん!」

大きな耳をめいっぱい振って、握りしめた両手を目の前に差し出してくれる。何かを見せたいのだろうか。

あらゆることに興味を持ってくれるのは嬉しいが、この間みたく捕まえてきた虫を星見の間に放つのは避けてほしいなと願いつつ、あたたかい手の下に左手を添える。
「おじいちゃんに何か見せてくれるのか?」
「あのね、おじいちゃんのおともだちにもらったの。きれいだからあげる!」
「お友達?」

パッと広げられた手の中から、その小さな手に収まっていたとは思えない量の何かが飛び出してきた。同時にやわらかい香りが星見の間に放たれる。これは、花の雨だ。
「きれいでしょお」
「あ、ああ……綺麗だな……?」

呪術の類かと一瞬身構えたが、この世界の夜闇ほども悪意が感じられない。どうやら本当に綺麗なだけの花らしい。
「ライナ、お手々を見せておくれ」
「はあい」

素直に広げて見せてくれた手の平には既に何も残っておらず、ただいつまでも花は何処からともなく現れては床に散り続けている。そういえば、私の友人からもらったと言っていた。そこに答えがあるのだろうか、とまだ広げたままにされていた小さなメープルのような手を両手で握って、しっかりと目を合わせる。大事なことを話すぞ、という二人だけの合図だ。
「ライナ、お花綺麗だったね。おじいちゃん、お友達にお礼したいから、誰から貰ったのか教えてくれないか?」
「ええとね、ひみつなの。さがしてって、ようせいさん言ってた!……あっ」
「っふふ……そうか、秘密なら仕方ないな」

よかった、ばれてない!と安心した様子の孫娘を抱き上げて、恐らく人を眺めるのが好きな彼女がいるだろうムジカ・ユニバーサリスへと未だ降り続ける花の雨を連れていく。

Day030:ある兵站担当者の日誌

※ボズヤレジスタンスの兵站担当者が見た、ある戦場の話

霊五月十一日先日我が方で参戦した解放者殿が戦果を上げている。凄まじい勢いで戦線が上がり続けている影響で、兵站線が伸びつつあると報告したが、早急に対策を施さなければ補給部隊の安全マージンが取れない。英雄の働きがまさかこんな形で影響するとは思わなかった。
霊五月十二日まだ伸びる兵站線がいよいよ危険な水準に達した。せめて中継地点ごと、交代してでも護衛部隊を付けてほしいと上申した。だが、返答には時間がかかるとのこと。どうやら戦線を押し上げ続けている解放者殿に対応するのにいっぱいいっぱいらしい。いくら英雄とはいえ、たった一人の兵を制御出来ないとは何事か。
霊五月十三日ゼリー状の保存食のレパートリーを増やしたところ、大変好評。逆に乾パンタイプは口の中の水分を吸い取ると大不評だった。無念。前線で戦う部隊にあたたかいシチューを届けたいと部下から申し出があった。気持ちは分かる。あたたかい食事は運搬や調理の都合上難しいと承知しての申告だと言うから解決策を聞くと、シチューの入った鍋をバケツリレーして塹壕を駆け抜けるというものだった。笑ったが却下した。
霊五月十四日兵站線は未だ伸び続けている。襲撃報告数も目に見えて増加しており、実際に物資が強奪される案件もあり。早急な対応を求める。昨日の部下がガーロンド社の技師にバケツリレーのアイデアを話したらしい。先方は面白いから模索すると言っていたそうだ。実現したら御の字だが、完成するまでにこの戦争が終わっていることを願う。
霊五月十五日補給への護衛をつけられないか打診した件について、英雄の快進撃が止まらずに慌てふためいている上層部からは返答がない。物資があっても届かなければ意味がない。飢えても知らないぞ。件の英雄といえば、初めて直接会話をした。私が兵站担当だと知ると、「いつもみんなの元気をありがとう」と言ってくださった。良い人だ。
霊五月十六日上層部から護衛に関する返答が来た。本当に護衛本人が来た。まさか解放者殿自ら、兵站線を守ると申し出てくださるとは思わなかった。早速明日から着任し、最奥のベースまで護衛いただけるそうだ。人員の選定を急がなければ。また、本人より「シチュー楽しみにしてます」とのこと。ガーロンド社製シチューバケツリレーマシンの完成が待ち遠しい。
霊五月十七日なんだあれは。
霊五月十八日昨日、解放者殿の護衛でカストルム・ラクスリトレ付近のベースへ補給物資を運搬。私を含め、数人の選抜メンバーを連れて補給部隊として前線へ出た。道中、数回に渡って帝国軍の襲撃に遭うも、解放者殿が単身でこれを殲滅。物資も人員も欠けることなく目的地に到着することが出来た。また、復路についても同様。次回以降の補給作戦にも解放者殿が護衛として引率をしていただけるとのこと。
霊五月十九日補給作戦に参加した部下複数人に不調が見られる。特に強い精神異常が見られた者(ガーロンド社と交流していた)はガンゴッシュへ退かせ、療養と後方業務に当たらせることとする。
霊五月二〇日本日付で上層部に解放者殿を護衛任務から外すよう上申した。あれほどの戦力を護衛任務につかせることは、我が方にとって最大の損失である。