Day031~040
Day031:ヒトたらしめる
※ボズヤでうっかり怪我した冒険者がぼんやり考え事してる話。
※解放者(冒険者)はアウラ・ゼラの男性、ジョブは戦士です。
やってしまった。
じくじくと熱を持って、何か良くないものが全身を駆け巡っていく。ずっと息を潜めて私の隣りに寄り添い続けていたものが、遂に声を上げたのだ。砲弾による爆撃や敵味方の派手な攻撃の炸裂音すら薄膜が張ったように遠く聞こえる。未だ降り注ぐ砲火からせめて身を守るように戦斧を掲げると、硝煙と失血でぼやける視界の向こうにクリスタルの光を見た。
碧い光。
あの人の色。
そうだ、私は帰らなければいけないんだ。
ここには書き置きだけ残して来てしまったから、きっと怒っているだろう。いや、呆れられるだろうか。何でもいい、早くあの瞳を見たい。
戦斧を握る手にまた力が戻る。血が抜けたからか、体もさっきより少し軽い。よかった、まだ戦える。
周囲で動くものの気配を探って、一番近い血気に向かってエーテルを編み上げた鎖を投げつける。動かないと思っていた蛮族の英雄が急に動き出して、しかも明らかに自らへ意識を向けていることへの焦燥、恐怖、高揚、あらゆる感情をない交ぜにした帝国兵がこちらへ駆け込んできた。刹那、目が合う。決して加減はせずに、ただ一撃だけ斧を振り上げる。
じわりと装備を濡らす自分の血も、顔にかかるものも気にならない。調子を戻すように肩を回してから、私は未だ止まらない戦場へ再び身を投じた。
私はきっと、運が良かっただけだ。あらゆる人と縁と、機運が嵌っただけ。一歩間違えれば、否、間違えずともヒトであることを辞めることは容易いし、今まさに辞めることも出来る。
それでも、血と煙で身をいっぱいに汚しても、肉を断つ感覚が手から消えなくても、まだこちらに居られるのは繋ぎ止めてくれるあの人たちが居るからだ。だから、私はあの人たちと共に居たい自分のために戦い続ける。
もうじき夜明けがやって来る。
Day032:名を呼ぶ声
※冒険者とカラクール狩りに行くエスティニアンの話、あるいは英雄がヒトだと確認する話。
「エスティニアン」
内側に響く寒声を覆い隠すように、俺を呼ぶそいつの音は霊峰から吹き降ろす北風のようだ。
時に高く、時に低く、歌うように流れていく音の羅列は他の奴に名を呼ばれる時とは違った響きを持っていた。それは異郷の名を音にする楽しさか、それとも別の何かが原因かは訊いたこともないしわざわざ問う気もない。
「狩りに行こう。今日こそは肉が食べたい」
「仕方ない英雄殿だな……ついてこい、あっちにカラクールの群れが居るはずだ」
浮足立った様子で斧を背負う英雄に若干呆れつつ、俺たちは坊っちゃんと氷女を残して野営地を離れた。
出会った当初の英雄殿には正直、落胆したと言ってもいい。
フォルタン家に転がり込んだ経緯を知ればそれも当然、むしろよくこの短期間で立ち直ったものだと銀剣の献身を透かし見たものだが、音に聞こえし神殺しの英雄も結局は人の子であったのだ。
その爛々と光る目の奥に深い諦めを見た。聖竜を訪ねる旅に出た今でも稀に、例えば戦闘後や不寝の番の交代の時に光は翳る。
「どうやって食べるのが美味しい?」
「なんだ、お前初めてか?」
体力のあるこいつが群れを追い立てて、機動力のある俺が挟み撃ちで捕まえる。連携したお陰で随分と手早く十分なカラクールを捕まえられた。これだけあれば今夜だけと言わず、保存食にも出来るだろう。
「カラクールの肉は臭みがあるからまずは香草で揉み込む。香り付けにもなるから、好みがあれば言え。それから焼く」
「シンプルだけど美味しそうだ」
「ああ、塩をかけても美味いぞ」
カラクールを担いで今夜の献立を相談しつつ野営地に戻る道中、不意に隣りを歩く英雄殿が俺に穴を空けるつもりなのかと思えるくらい、こちらをじっと見つめてきた。
「君、こういうのは苦手かと思っていた。料理にも詳しいんだな」
「……家業が羊飼いだったからな。生活に根付いていただけだ、他は知らん」
「そうか……」
物言いたげな雰囲気は無視して、二人が待つところへと人の手が入らなくなって久しい道を黙したまま進む。
こいつが英雄だとは認めている。だが、あまりに性根が優しすぎる。まだ知り合ってそんなに長くない俺の過去にまで心を痛めていては、いつかこいつは自分を亡くしてしまうだろう。
「おい」
「何?忘れ物?」
「今夜は俺が美味い肉を食わせてやる、とびきりのだ」
こいつにも見えている口元を少し緩めて、かつて弟にしたように髪を乱してやると子ども扱いするなと怒ったようにそっぽを向く。
英雄は確かにヒトだった。
Day033:飲みたい夜もある
※一人で晩酌する冒険者にアルバートが話しかけるお話。
次元が分かれていても月の美しさは変わらないらしい。
真円に近いそれに照らされながら、葡萄酒で満たしたグラスに口をつける。誰かと、特にお子様たちと居れば行儀が悪いから避けるが、今は幸い一人だ。グラスの縁ギリギリまでなみなみと注いだ酒を飲み干すのは、上品な飲み方と違った味わいがある。
「おい、そんなに飲んで大丈夫か?」
そういえば一人じゃなかった。
ちらりと視線を遣ると腕組みして呆れ果てた表情の幽霊、もといアルバートが居た。晩酌に付き合ってくれるなら歓迎したが、グラスが握れないからきっと飲むことも出来ないだろう。
「大丈夫だってば。寝酒だよ、寝酒」
「だからって飲み過ぎだぞ。それ、何杯目だよ」
「旨い酒は健康に良いから大丈夫」
完全に自立した大人として駄目なことを言っている自覚はあるが、そうでもしないとやっていられない。朝日が昇る頃には元通りに、みんなの〈闇の戦士〉に戻る。それで良い。
「……分かってたろ?全員を救うなんて出来るはずない」
口に近付けていたグラスが唇に当たる直前に止まる。どの口が言うのかと視線を走らせると、分かりきっていて心底嫌なことを言ったアルバートの目はすっかり諦めに淀んでいた。思い出すなら言わなければいいのに。
「身に染みて知っているよ」
「なら、どうしてそんなに荒れるんだ」
「荒れてない。飲みたい気分だった、それだけ」
「ただ飲みたいだけにしては、すごい顔してるぞ」
「アルバート、第一世界の光の戦士。今日はいやにお喋りだな」
途端に楽しくなくなった晩酌をお開きにしようと、まだグラスに残っていた酒をぐいと一息で呷ってグラスを適当に流しへ置いておく。明日、元に戻った自分が片付けるだろう。
振り向けば、悔しそうに爪先を見つめる戦士の姿があった。他人のことを言えないぞ、とは声に出さなかった。
「……心配してくれて、ありがとう。私はまだ大丈夫だから」
ハッと顔を上げたような気配を背中に感じたが振り向かず、窓を閉める。隙間から零れ落ちる月明かりがひどく眩しかった。
Day034:皇都の円舞
※夜会でエスティニアンと踊る冒険者のお話。
右、左、左。
歩くことを覚えたばかりの子どものような足取りは、そちらについては熟練の貴族様方にとって随分と微笑ましく見えるのだろう。四方八方から注がれる生暖かい視線は、エイビスに睨まれた時とは違う種類の悪寒を青年に走らせる。
自在に操れる筈の手足は妙に機嫌が悪く、戦場とは違って正面に在る男の長身を支える足の上に度々お邪魔しそうになっていた。
「おい、足元を見るな。顔を上げていろ」
「無理無理無理……踏んじゃう……」
「心配されなくても、お前の千鳥足に踏まれるほど酔ってはいない」
不馴れな衣装に着られて、ホールの真ん中であんまりなステップを披露している無様な姿を見て、英雄だの光の戦士だのと呼ばれている冒険者本人だと誰が信じてくれるだろうか。
片やその手を引くのが、イシュガルドの伝統的なコートと上質な光沢が映えるスーツを身にまとう男。どこまでも吸い込まれそうな夜空色の鎧に隠されていた武人らしい無駄なく引き締まった体や、霊峰を思わせる気高く涼やかな目元が間違いなく只人ではないことを知らしめる。シルクの赤いリボンで結わえられた白髪が竜騎士の背中で揺れる度に、周囲の視線や意気も合わせて動くことに英雄も気付いていた。
彼こそは千年の戦を続ける皇国の英雄──蒼の竜騎士ならば、パートナーなど霞んで見えなくなって当然だ。むしろ、そうあってほしいと不馴れなステップを踏みながら一心に願い続けていた。
「おい、集中しろ」
「いっぱいいっぱいにしてるよ」
今、英雄がいる戦場はイシュガルド上層、四大名家を始めとする貴族や正教会の関連施設などが多く立ち並ぶ、中枢とも言えるエリアだ。未だドラゴン族との睨み合いは続いている中ではあるが、貴族社会にあっては社交もまた一つの戦である。上手く立ち回れば立場や権威は盤石へと近付き、逆にうかつな振る舞いをしでかせば翌朝には最前線でドラゴンと対峙する羽目になるだろう。
「おい、見てみろ。アイメリクの奴、笑ってやがる」
「ねえ、私が今、余所見出来ると思う?」
「だから言ったんだろう。ほら、もうちょっとで終わるぞ。踏ん張れ」
そう言って、エスティニアンは英雄の手を思い切り引っぱって華麗なターンを披露する。目を回しながら聞く、割れんばかりの拍手が英雄の頭にはやたらと響いた。調子を戻す頃に優雅な曲も終わったようで、更に大きな拍手が二人に贈られる。
そこに悠々と歩み寄る精悍な男が一人、しなやかな仕草で英雄に手を差し伸べる。
「英雄殿、私とも一曲踊っていただこう。エスティニアンばかりずるいじゃないか」
「アイメリク卿……どうして……!」
合意の言葉すら待たずに若き神殿騎士団総長は快活に笑って、不慣れなステップでへこたれかけている英雄をまた音楽が鳴り出したホールの只中に引き戻していった。ニヤニヤと腹立たしい笑みでこちらを見ている先程までのパートナーに恨みを込めた視線を送ってから流石に文句の一つでも言ってやろうと、自らの手を引く眼前の騎士の目を見遣れば少年のような笑顔が咲いている。
心から楽しそうな騎士の笑みと意外と跳ね回るやんちゃなステップに、英雄はもう今夜はどうにでもなれと全ての思考を手放した。
Day035:二人旅
※若い冒険者夫婦がリムサ・ロミンサのギルドに顔を出すお話。
※二人は光の戦士ではありません。
潮風香る海都リムサ・ロミンサ。
花嫁のドレスにたとえられる美しい真っ白な景観がその根深いところに在る闇を隠し、来訪者を歓迎する。
エオルゼア三大都市に数えられるここは常に多くの人々がさまざまな目的を胸に街を訪れていた。その中でもかつて海都からその旅路を始めたという「神殺しの英雄」に憧れ、あるいは大きな山を一発当てようと、はたまた誰かから逃れるため、冒険者ギルドの門を叩く志望者が近年増えている。
船着場に到着した大型船から降りてきた二人組──杖を背負ったエレゼン族の優男とその身に余る長槍を抱くアウラ族もしばらく前にこの海都から未知を探す旅へと発った者たちだった。
「やっぱりリムサは都会ねぇ。あなた、人酔いしていない?」
「ありがとう、大丈夫ですよ。ひとまずギルドに報告しに行きましょう。依頼主もお待ちでしょうから」
仲睦まじい夫婦は人の流れに乗って、森育ちの男にとっては未だ珍しく、東方育ちの女にとってはすっかり馴染みきった海都を楽しみつつ、たっぷりと時間をかけて冒険者ギルドに辿り着いた。
受付の周りには登録待ちをしているのだろう、真新しい装備と傷のない武器を抱えてそわそわと落ちつかない様子の新人たちがたむろしているが、若い夫婦は彼らを微笑ましく見守るだけの余裕と落ち着きがあった。
程なくして二人の番が巡ってきた。ギルド顔役バデロンの人好きのする笑顔に迎えられ、二人は受付に並び立つ。
「おかえり、ご両人!今回も大活躍だったそうじゃないか」
「ただいま戻りました。単に運が良かっただけですよ」
「謙遜しなさんな。特に奥方の大立ち回り、話題になってるぞ。見たことのない槍術の使い手がいるってな」
素直な賞讃の言葉に若い二人は揃って照れながら、すらすらと惜れた様子で必要な手続きを進めていく。すると、書き終えた報告書の横に新たな書面が数枚重ね置かれる。いずれも希望する人員の欄に二人の名が並んでいた。
「次の依頼、いくつか名指しで来ているが見ていくかい?」
「是非。こちらの書類はいただいても?」
「ああ、もちろんだ。気になったものがあれば、また教えてくれ」
「かしこまりました」
やわらかな笑みを浮かべ、男がその大きな手で受け取った依頼書の束を興味深そうな女へ手渡し、空いた手で愛しい人の腰を抱いて受付を離れていく。毎度その完璧なまでのエスコートを見せられる顔役以下ギルドの面々は呆れたような、羨ましいようなさまざまな感情を入り混ぜた溜め息で二人を見送った。
「どれも魅力的な報酬ばかり……」
「これなら目標はすぐに達成出来そうですね」
「ええ、目指せ夢のマイホーム!頑張りましょうね、あなた」
話題の槍術士はやる気に満ちた瞳を輝かせて、その漆黒の角を愛しい人へ擦りつけて、手が届きかけている幸せと今、ここに在る幸せで胸を満たす。
希望の雨をいっぱいに浴びて育ち始めた芽が二つ、やわらかい日射しの元、更にその背を伸ばそうとしていた。
Day036:クッキーキャプターズ
※守護天節を楽しむグ・ラハと冒険者のお話。
「仮装パーティー?」
「そう、良かったら一緒に行かない?」
ちょっとグリダニアに行ってくる、と散歩感覚で霧深いモードゥナから森都へ飛んでから数時間ほどで両手いっぱいにカボチャを抱えて帰ってきた。余程好みに合ったのか、もらったのだというクッキーを無心で口に運んでは咀嚼の合間にそのパーティーについて喋る始末。どちらかにしろ。
「た、楽しそう……行こう!」
「グ・ラハならそう言うと思った。早速行こう!」
「分かった!あ、クッキーは置いてけよ」
「えっ」
そうして二人でパーティーが開かれている廃屋敷へ向かうべくグリダニアへと飛ぶと、エーテライトプラザに着いた英雄を待っていたかのように慌てた様子の双蛇党兵士が駆け寄ってきた。
「英雄殿、突然申し訳ありません!」
「いえ、何かありました?」
「実は……」
こういう時、この人は絶対に話を断らない。困っている人がいれば必ず助ける人だし、そういう人だからオレは憧れたんだ。
だから、魔物退治を優先してオレを一人にしたって何も文句は言わない。言わないだけで、何も思わないわけじゃないけど。戦闘になる可能性があるなら連れて行けと言ったのに、オレが昨日もエーテル切れでぶっ倒れたから駄目だと置いていかれてしまった。本当、昨日のオレは馬鹿だった。
「はあ……」
廃屋敷の中で怪しい奴の依頼をこなしていたら貰ったクッキーを眠気覚ましに貪りつつ、大広間の隅に座り込んで待つ間も思わず溜め息が漏れる。
周りのパーティー参加者は一緒に来ている仲間と騒いでいたり、あるいは一人でひたすら依頼をこなしていたり、めいめい守護天節のイベントを楽しんでいるようだった。
少しだけ離れたところから眺めるその光景が遠い碧の街の風景を思い出させて、じわりと目頭が熱くなる。流石に一人でぼうっとしてる男が急に泣き出したら怪しすぎる。慌てて頭を振って熱を冷ましていると、不意に影が降ってきた。
「……っ?!」
もしかして戻ってきたのか、と影の主を見遣るとそこには赤毛と同じ色のふさふさ尻尾と耳、そして遠い祖先から受け継がれた紅い目のミコッテ──オレがいた。もしや何者かの術かと驚いて飛び退った拍子に背中をしたたかに壁へぶつけて息が詰まる。そんな大慌てのオレを眺めて、そいつはぷっと吹き出したと思ったら何となく見知った仕草で大爆笑し始めた。オレの顔、こんなにだらしなくなるのか。
「もしかして……?」
「そうだよ。ごめんごめん、あんまり驚くから……ぷふふっ」
尻餅をついたオレを助け起こすオレは仕草が完全にオレの英雄で、でも見た目はどこからどう見ても完全にオレで。一体何が起こっているのか理解出来ずにいると、ぽふんと煙を出してオレは元の英雄その人に変化して見せた。
「この廃屋敷、思い浮かべた人に姿が変えられるんだ。誰にでもなれる訳じゃないんだけど、君になれたからつい驚かせちゃった。ごめんね」
「なんだ、オレはてっきり何かの術かと……」
悪戯が大成功してご満悦な英雄殿を見れば、仕方がないなと小言の代わりに苦笑が漏れる。オレも存外、この人を甘やかし過ぎるらしい。
「さて、英雄殿?オレを待たせたんだから、めいっぱい遊んでくれるんだよな?」
「もちろん!行こう、グ・ラハ!」
二人揃って宝箱や魔法陣探しに年甲斐もなくはしゃいだり、たまに見かけるここにいないはずの顔に驚いたり、夜を徹して守護天節を満喫してお土産のクッキーをたんまり抱えたオレたちは、朝日と共に石の家で待っているふかふかのベッドに向かうのだった。
Day037:溶けかけのソルベ
※若い冒険者夫婦が依頼の反省会をするお話。
※二人は光の戦士ではありません。
三都市屈指の味を誇るレストラン・ビスマルクのテラス席。リムサ・ロミンサで捕れた新鮮な海鮮のパスタと、サマーフォード庄で丁寧に育てられたトマトをふんだんに使ったリゾットを杖と槍を携えた若い夫婦がつついていた。
「ダーリン、私に言うことあるんじゃなぁい?」
「……何でしょう?」
フォークでパスタを一口分巻きながら、不意に槍術士の女が向かいの席でリゾットを頬張る大切な人へ、普段のさっぱりとした物言いと比べてふんわりとした問いを投げかける。どちらかと言えばのんびりとした性格の癒し手の男は大切な人曰く『妻に言うこと』が分からず、考えながらリゾットを飲み込んだ。
「とぼけても駄目よ!さっきの護衛任務で無理したでしょう」
「…………おや、本日のデザートはシャインアップルのソルベですよ。お食べなさい」
「食べるけど!誤魔化さないで!」
ぽこぽこと愛しい人の頭から飛ぶ湯気を幻視した男は逃げられないなと観念して、丁度デザートが到着するくらいに話が終わるようにと願いながら、通りすがりのウエイターに二人分のデザートとコーヒーを頼む。
「そりゃあ私は護り手じゃないもの……体力だってないし、蒼の竜騎士様と比べたらひよっ子だわ……でも、あなたに無理をしてほしくないのよ」
「ああ、勿論君の実力を疑ったりしていませんよ。ありがとうございます、心配してくださって」
「なら、ホーリーの連打はもう少し控えてほしいわ」
「それは出来ない相談です」
黒い鱗に彩られた細君の涼やかな目元がキッと強い色を持ったと思えば、すぐに残り少ないパスタが乗った皿へ視線が落とされる。男はこういう展開になることを分かっていたからこそ、この話題を避けようとしたのだ。
「……私、護り手に転向しようかしら」
「おや、また急ですね」
「だって、そうしたらダーリンを守れるし、ヒールだって少なく……ならないわ……」
「ええ、むしろ増えますよ」
彼ら冒険者夫婦の戦い方は至ってシンプル。東方の槍術に長ける奥方が圧倒的な火力で敵を屠り、破壊力も兼ね備えた白魔法を扱う旦那が癒やしながら火力補助をする、『やられる前にやる』を貫いていた。
「それに、俺は君が軽やかに空を跳ぶ姿が一等好きなのですよ。折角の楽しみを奪わないでくださいな」
まるで生き物のようになめらかに動く槍の穂先、夜のように煌めく鱗、しなやかで小柄な体から繰り出される稲妻のように重い一撃。特等席で眺めるその姿を脳裏に描き、男は妻へと笑いかける。先程とは違った種類の湯気を出す愛しい人へ丁度、到着したソルベをすすめて、男は一緒に来たコーヒーに手を伸ばした。
「俺の君、もう少しだけ時間をください。じきに病み上がりの体にも慣れます。そうしたらもう無理なんてしませんよ」
「なら、良いのだけど……」
サク、と小気味の良い音を立ててスプーンを突き立てたソルベを口に運ぶと、それまで不安げだった槍術士の表情も和らいでいく。流石、名高いレストランはデザートまで気を抜かない徹底振りだ。
「ダーリン、私も頑張るわ。もっともっと強くなる」
「ええ、ただ……」
「ただ?」
「二人で、強くなるのですよ。だって、折角二人になったのですから」
声にならない歓喜の想いを二人は分かち合いつつ、言葉を交わさずともその間にある感情に恵みの雨を降らせる。ようやく手を付けたソルベは少しだけ潮風で溶けていた。
Day038:飲み込むこと
※ボズヤでの一幕。戦場で生きるということについて、レジスタンスと解放者が語る話
※解放者(冒険者)はアウラ・ゼラの男性、ジョブは戦士です。
炎が爆ぜる光を、その瞬間に吹き飛んでいく友の体を目の前で見た。
次いで恐らく塹壕から飛び出てきた何かにぶつかられ、放り投げられる自身の体を妙に冷静な頭が認識する。これは死ぬ。だが、すぐに誰かに体を受け止められて抗えない力でウトヤ前哨地まで引っ張り込まれた。
司令部で状況報告の後に補給を受けて次の出撃を待つ間、誰も使っていない木人の側でようやく人心地つく。部隊が半壊したところで飛び込んできた影が解放者と呼ばれる青年で、生き残りを引っ張ってきたのは後方支援部隊の面々だと誰かが話しているのを小耳に挟んで知った。英雄はこんな一兵卒すらもすくい上げるのか。
「大丈夫ですか?」
不意に頭上から聞き慣れない声が降ってくる。目の前にはまさに思考の只中にいた人、レジスタンスと同じ意匠の軍装を纏った、ここでは珍しいアウラ族の青年──解放者殿が俺を見下ろしていた。
「っあ……先程は、ありがとうございました」
「先程……ああ、術士大隊の時の。怪我は大丈夫ですか?」
「お陰様で……あなたに、助けていただいたので」
俺の答えを聞いて、きれいに微笑んでよかったと呟く解放者殿はひどく嬉しそうで、寂しそうだった。もしかしたら、既に部隊が半壊していたことを聞いたのかもしれない。
「それ、食べないんですか?」
ぴ、と籠手に包まれた指で示したのは、座った俺の膝に乗ったままの補給物資だった。これから俺の血肉を作り、敵を屠る力と成るもの。食べなければならないことは分かっている。
だが、さっき目の前で弾けた光と熱が胸につかえて、どうしても食べる気になれなかった。戦場は初めてではない。なのに、これではまるで新兵だ。
「私も、食べられなくなることがありました。特に、こういった前線では……今もたまに」
ぽつり、ともたらされた言葉。それが目の前でしっかりと両足をつけて立っている、英雄と称えられる青年から出たものだとすぐには分からなかった。
「あなたも……?」
「はい」
そのまま彼は何かを言いかけて、でも止めてしまったような気がした。代わりに、腰につけた小さな鞄から取り出した。
貰ってもいいということかすぐに判断出来ず、ぐずぐずと受け取らない俺の手にその人はぐいっと押し付けるようにそれを持たせてくれる。小さな印が捺してある紙包みを開くと、ところどころが割れているが、素朴なクッキーだった。
「補給物資が食べられそうになければ、それを。何も食べないよりは良いと思います」
「でも、これはあなたのものじゃ……」
「良いんです。じゃあ、私はこれで。休憩の邪魔してごめんなさい」
すぐに踵を返して愛鳥を喚び出して駆け出そうという背中へその人の名前を投げかける。ゆっくりと愛鳥に跨りながら、その場に留まって続きの言葉を待っている。
「あなたほど強くなれば……国を、友を守れるでしょうか」
その問いかけに青年は曖昧に笑うだけで、答えを与えてはくれなかった代わりに手綱を握り直すばかりだった。
「クッキー、ありがとうございます!……その、すぐには食べられないかもしれないが……必ずいただきます」
今度は切れ長の目が嬉しそうに細められ、満足そうに頷く。それがこの場に不釣り合いなほど穏やかで、駆け出していく後ろ姿は塹壕ではなくただの草原へ冒険に出掛けていくようだった。
Day039:虫取り大会
※冒険者とグ・ラハとアルフィノが黒衣森で虫取り大会するお話
微睡みの向こう、尋常ではない地響きと何かが地面を跳ねる音にまだ沈んでいたい意識を引き上げられる。それはオレに宛てがわれた個室へと確実に近付いてきていた。窓から差し込む月明かりにまだ深夜といえる時間であると知覚する。つまり、オレは寝入り始めたばかりだということだ。
「起きろ!グ・ラハ・ティア!大変だ!」
止まった地響き、もとい足音はオレの部屋の前で一時停止すると、すぐに恐ろしい勢いで扉がぶち開けられる。聞き慣れた大音声と一緒に部屋に転がり込んできた英雄と肩に担がれたアルフィノにじっとり視線を送ったが、隠しきれなかった笑みが漏れた。
「で、何が大変なんだ?」
ひとまず肩に担がれ振り回され酔ったアルフィノの回復を待ってから、英雄に促されるままオレたちはまだ夜風の名残で冷える黒衣森にやってきた。月はそろそろ沈みかけ、太陽の薄明かりが顔を覗かせ始めている。あくびを噛み殺すことも出来ないほどうとうとしているアルフィノを横から支えつつ、オレは大荷物を抱えた英雄に問いを投げかけた。
「実は……いや、やっぱり後で言う。さあ、行くよ!」
「ふあ……何処に行くんだい……?」
「見てからのお楽しみ!」
オレと夢の中に片足を突っ込んでいるアルフィノの手をかっさらって大股で歩く英雄の後ろをついていきながら、冒険の気配を感じて浮き足立つのを感じた。ずんずん森の奥へ進んでいく途中、徐々に空が白んできて新しい朝の始まりの報せが森に行き渡っていく。歩いている内にオレもアルフィノも頭が冴えてきて、やがて朝靄に混じって香る甘い匂いに気付いた。
「……気のせいかもしれないが、甘い匂いがするような……?」
「オレも思ってた。なあ、あんたも」
「しっ!静かに!」
繋がれたままだった手を引っ張られ、アーチ状になった木の根に身を隠す格好になった。かつて黒衣森の東部には帝国軍の基地が構えられていたが、エオルゼア同盟軍によって陥落以降はアラミゴ解放の足掛かりとして機能しているという。もしやその残党がいるのだろうか。
「……見て」
神妙な面持ちの英雄に事の重大さを感じ、アルフィノと顔を見合わせて木の影からそっと指し示された先を覗き見るとそこには大きな影が蠢いていた。これは──
「でっけぇレディバグの群れだ!!」
「すげぇーっ!!捕まえるぞ!!」
「応さ!アルフィノもおいで!!」
「え、えぇ……?」
「誰が一番でかいやつを捕まえるか勝負だ!!」
「よっしゃ負けねぇ!!」
我先にと駆け出すオレと英雄の後ろでアルフィノが困惑した様子でとりあえず鼓舞を送ってくれる。冒険の匂いは間違いではなかったのだ。甘い匂いは恐らくこの大物を誘い出すための蜜だったのだろう。よく周りを見ると、周辺の木々の表面はてらてらと朝日を浴びて光っている。
「余所見してていいのかぁ?」
「うるせー!ハンデだよ!オレの方がでっけえの捕まえてやる!!」
「うわっ!思ったより重たいんだな……」
夜中に起き出してきたにも関わらず、元気に駆け回ったオレたちが集まってきたレディバグの大群を全部捕獲するまでそう長い時間はかからなかった。とはいえ、流石に一瞬も休まず止まらず走り続ければ体力はかなり消耗したが、気持ちの良い朝のトレーニングだと思えば清々しささえ感じる。
「はあー楽しかった!これで依頼完了だな!」
「……は?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「一言も言っていないよ……ちゃんと言ってくれれば準備だって手伝ったのに」
アルフィノのお小言にやっちゃった、と言わんばかりにウインクをしてみせる憧れの人へオレもアルフィノも思わず大きな溜め息をつく。依頼であればこの周到な用意も理解出来る。
「……まあ、でも?」
「ああ、楽しかったから許してやるよ!」
捕まえたレディバグは依頼主が水玉模様の羽を素材にするらしく、そのまま網に入れてグリダニアへと運んで本当の依頼完了だという。届け終わったら三人でカーライン・カフェのモーニングへ洒落込もうと決めた男三人の足取りは軽く、森都への街道を進んでいくのだった。
Day040:君と名残り
※夜を一緒に過ごしたグ・ラハと冒険者のある朝のお話。
※事後をほのめかす描写があります。冒険者の性別・種族、CPの左右について描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。
水の中で手を引かれるように意識が浮き上がり、めいっぱいの力を込めて目蓋を押し上げる。
薄暗くて少し寒い部屋でも安心出来るのは、ふれあっている肌のあたたかさのお陰だとこの人が教えてくれた。先に起きて自由にオレの髪を弄ってた指先にふれると、額に寄ってきた唇が鳥の囀りのような音を鳴らす。
「……おはよ、ラハ」
「おはよう」
寝起きか、それとも昨日の無体のせいか、お互いかさつく声にも愛しさを覚えるオレはきっと盲目になっているのだろう。
名残惜しいぬくもりから抜け出し、気怠い体を引き摺ってひとまず湯を沸かしに風呂場へと向かう。今日はお互いに朝からそれぞれの予定がある。
「先にシャワーしてきてくれ。オレ、朝飯作ってるから」
下着なりで散らかしっぱなしの靴や服を拾い集めているあの人の背中へ、その名前と一緒に呼びかけるといつもよりゆっくりとした動作で振り向いた。
「ねぇ、一緒に入らなくてもいいの?」
「……馬鹿言ってないで、早く入って来いってぇの」
どうしても緩む頬を引き締めて、大小さまざまな傷が残る背中を言葉で後押しする。あの人が手早くシャワーを済ませるまでに、コーヒーとトーストでも用意してやろう。
存外ゆっくりしていたオレたちは、予定時間を少し過ぎてからレヴナンツトールに降り立った。オレを石の家へ送ってから、この人はイシュガルドの復興支援へ向かうらしい。次は連れて行ってくれるように頼もうと心に決めた。
「戻る時にはまた連絡するよ」
「ああ。あんたもあんまり無理すんなよ」
「ふふふ、お互いね」
まだほのかな熱を感じる瞳をしっかり見つめて、こつりと互いの拳を当てる恒例の挨拶を交わす。だが、いつもならそのまま離れていくその人が近付いてくる。オレが腕を引かれていたことに気が付いた時には、既にやわらかくて少しかさついた丹花がオレのそれにふれていた。
昨日のしつこさなど感じさせない、あっさり離れていった熱は悪戯っぽく笑って北の空へと飛び去っていった。やられた、と顔を覆うオレは余程動揺していたのか、両肩に親しげな手が乗せられてやっと二人の存在に気付く。
「いやぁ、若いっていいなぁ……お前もそう思うだろう、ウリエンジェ?」
「勿論ですとも、サンクレッド……誠に、愛とは美しきもの……貴方もそう思われるでしょう、グ・ラハ・ティア?」
「……勘弁してくれ……頼む……」
肩に置かれたままの手が存外強く、振り払って逃げ出すことも出来ず、恥ずかしさの中で燃え尽きそうになる。帰ってきたら覚えていろよ、英雄。
「しかし、あの方のあのように……やさしい笑みを、我らは今まで垣間みることもございませんでした」
首肯をするサンクレッドとやわらかい笑みを北の空に向けるウリエンジェに倣って、オレもあの人を想う。自惚れてもいいのなら、オレはあんたに何かを手渡せていたら嬉しい。