Day071~080

Day071:リトル・ジャーニー

※冒険者が行き先の分からない列車に乗り、身なりの良い男に出会うお話

窓の外の景色がものすごい速さで移り変わっていく。

同時にガタンゴトンという何とも言い難い轟音が室内に響いていた。

向かい合わせに備えつけられた、ふかふか座り心地の良い二人掛けのソファに私は進行方向を向いて座っている。

どうやら乗り物に乗って、何処かへ向かっている途中らしい。何処に向かっているのかはよく覚えていないけれど、どうせ冒険者の旅路に計画性なんてあってないようなものだ。

しばらくぼうっと外の景色を眺めていると、背後の扉がガラリと音を立てて開き、誰かが入ってきた。振り向くのもなんだか億劫で、気にせず窓の外を見続ける。

真っ赤な夕陽を背景に、乗り物が水面を切るように駆けた軌跡がきらきらと粒子になって舞い散る。きれいだ。

しばらく戸口から動かなかったその人は他にも席はたくさん空いているのに、私の真正面に向かい合うようにしてどっかりと腰を落ち着けた。

流石に気になって突如現れた相席の人をちらりと一瞥する。その人は大柄な男だった。見るからに上等な生地をふんだんに使った服をまとって、長い脚を組む姿は体が余計に大きく横柄に見える。

ふと視線が交わった。金色の瞳はひどく気怠そうで、じきに満ちる月のような輝きを曇らせている。
「どうしてここに居る」

夜の森、あるいは誰も立ち入ることのない深海。そんな響きを持つ声で、相席の人は真っ直ぐに私だけへ言葉を紡ぐ。
「お前はまだここに来るべきではないはずだ。

話が見えない。この人は私を知っているのに、私はこの人を思い出せない。素直に問いかけようと相席の人に向き直ると、向かい合う私たちの席の間に影が落ちる。
「切符を拝見」

きっちりとしたスーツを着込んだ人が私たちへ手を伸ばしていた。帽子を目深に被っているせいで顔は見えないけれど、影から漏れる眼光は炎のようで酷く恐ろしい。

目は逸らさずに上着のポケットに手をやって切符を探すけれど、目当てのものは見つからずじっとりと背中に冷たい汗が滲む。
「こいつは無賃乗車だ」

焦りを見通してか、すっぱりと言い放った男は私が言葉を発するよりも先に立ち上がり、帽子の人との視線の間に割り入ってくる。
「では、ここでお代を頂戴しよう」
「……私がここまでの分を出す。だから、もう降ろしてやれ」

差し出されたままだった帽子の人の手に、相席の人は何かを一つずつ落とし、九つ分握らせるとパチリと指を鳴らす。すると、まるで最初から居なかったかのように帽子の男は姿を消していた。

背中ばかり見えていた相席の人はこちらを振り向く。もう何年も顔を見ていなかった気がするその人は溜め息を吐きながらも、瞳の曇りを晴らしていた。
「全く……いいか、ここへは為すべきを成してから来い。それからでも遅くはない」

もう一度、高く上げられた手指がパチリと鳴ると、ふわふわな椅子に座っていたはずの私はふわふわな寝台に体を横たえていた。

何だか長い夢を見ていた気がする。

Day072:真夜中のコーヒー

※冒険者がグ・ラハにコーヒーを差し入れするお話

戸に少し隙間の空いた彼の部屋からは、今夜もほのかにろうそくの明かりが漏れていた。

覗いて見えた背中は静謐をまとっていて、普段みんなとじゃれたり訓練したりしている活発な姿は鳴りを潜めている。丸まったその背を少しの間だけ眺め、私は廊下の暗がりに身を溶かして台所を目指した。

夜もかなり深いこともあり、小腹を満たそうと台所に忍び込んでくる暁の冒険者たちも今はいないようだ。これ幸いと私は鞄の中から麻袋をいくつか取り出して作業台に広げる。材料は問題なくある。

石の家の中でファイジャを料理に使うと怒られるので、仕方なく竈にマッチで火を点けて準備完了だ。

コルシア島で採れるコーヒービーンという豆をフライパンで煎りながら、ヤカンを火にかける。じきにふわりと香ばしい匂いが立ち、ヤカンはヒューヒューと間抜けな音を鳴らし始めた。

煎った豆を手早く粉々に砕いてから、生地目が詰まりすぎて使えない綿布に包んでマグカップに乗せる。そこへゆっくりお湯を回し入れると、湯気と一緒に香りが舞い上がる。良い香りだ。
「まだ起きてたのか」

声に振り向くと、赤いストールを頭から被ったグ・ラハが戸口にもたれてこちらへ微笑んでくれていた。
「君に、差し入れしようと思って」

ちゃんとあたたかくしている彼にこっそり息を吐いて、手元のマグカップを掲げて見せる。ストールを被っていても分かるくらいピピッと耳を立たせて、少し早足で歩いてくる彼に思わず笑みは深くなった。
「コーヒーか、良い匂いだな。あんたが淹れたのか?」
「うん、コルシア島でいっぱい採れたから。だから、お裾分けも兼ねて」
「そうか……じゃあ、ありがたく頂こうかな」

ゆるり、ゆるりと赤い尻尾が揺れているグ・ラハを引き連れて、台所に備え付けられているかんたんなスツールに腰かける。

熱いから気をつけて、と手渡したマグカップは丁度良いあたたかさだったようだ。香りをかいで、すぐに口をつけようとする彼をすんでのところで引き留める。
「なんだよ……お預けなんて酷いぜ……」
「ごめんごめん」

ぷく、と頬を膨らませるグ・ラハの様子に子どもたちの姿が重なる。そんな拗ねた頬も、側に置いていた瓶を手に取って見せるとすぐに萎んでいった。
「もう遅いからミルク入れて飲んでね。どれくらい入れる?」
「いっぱい!」
「ふふ、了解」

濃い黒の水面にミルクの白が円を描いて、そうして溶けていった。幾分かやわらかくなった茶色なら、きっと彼をやさしくあたためてくれるだろう。
「さあ、召し上がれ」

Day073:画家の関心事

※アルフィノが冒険者に絵を描いてと頼み込むお話+おまけ
※冒険者はアウラ・ゼラの男性です。

「画家か……アルフィノは多才で羨ましいな」
「ありがとう、嬉しいよ!……でも、君がそれを言うと嫌味にしか聞こえないから、他の人には言わない方がいい」
「えっ」

ユールモアで新たに発見したアルフィノの特技。クリスタリウムへの帰り路を共にする若き画家先生が描き上げた肖像画のチャイ夫妻はやさしく微笑んでいて、夫妻がアルフィノへ向けてくれていた心をそこから推し量ることが出来た。仲間を大切に想ってくれる人がいることを知るのは、いつだって嬉しいしこそばゆい。
「そういえば、君の絵は見たことがないな……帰ったら描いてくれないかい?」
「ええ、嫌だよ……アルフィノみたいに上手く描けないしさ」
「上手いかは関係ないよ!君が描くことに意味があるのだからね」

チャイ氏に借りたアマロに二人揺られる最中も、アルフィノはあらゆる言葉で以て俺になんとか筆を持たせようと躍起になっていた。
彼がこんなに意地になっているのは珍しい気がする。一体誰の差し金かは知らないけれど、背中越しに覗いたキラキラの青い瞳を見たらこんな見え透いた策にハマっても良いかなと思えた。
「……下手でも笑うなよ」
「!!勿論だ!」

画材はアルフィノが貸してくれるらしいので、あとは何を描くかだ。手っ取り早く依頼人、今回はアルフィノを描くのもいいけれど、彼を描くならアリゼーも描かないと何だか大変なことになりそうだ。そうなると人選が難しい。クリスタリウムには今、誰が滞在していただろう。みんな忙しいから手伝ってもらうのも悪い気がする。
「君の描きたいものを描けばいいんだ。ふふ、君が何を選ぶのか楽しみだ」
「そうは言ってもなぁ」

悩んでいる内に、陽の光を浴びてレイクランドに碧い光を照らし出すクリスタルタワーがすぐ近くになっていた。
そうか、別に人でなくてもいいんだ。眼下に広がる街並みを見た時に、水晶公がみんなで作り上げた街を描きたい、とむくむく気持ちが沸き上がってきた。
「アルフィノ、決まったよ」
「本当かい?」

ポーターに到着したアマロからアルフィノを助け降ろしながらそう伝えると、彼は初めて良い感じの枝を見つけた時と同じくらい嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「なあ、アルフィノ。どうしてそんなに俺の絵を見たがったんだ?」

部屋に画材を取りに行く道すがら、隣りを歩く画家先生に問いかける。彼ははにかんで、少しだけ迷った素振りをしてから赤くなっている頰を掻いた。
「その……君の目を通して見る世界を少しでも見せてもらえると思うと、本当に楽しみで……」

素直な言葉にこちらまで熱くなってしまった。その気恥ずかしい、むずむずするものが俺に由来するなんて。尻尾に気付かないでいてほしいが、多分無理だろう。
案の定、アルフィノの視界にちらついてしまった黒い鱗はしっかりと認められる。一層深くなった微笑みをまともに受けては赤面が治まらない。本当に、敵わない。

「これは……きれいな碧色だね!その、アイスクリスタルの輝きをよく表していると思うよ」
「クリスタルタワーです……」
「……」
「……」
「水晶公にも見てもらおう、喜んでくれるよ!」
「止めろアルフィノ!あっ待て逃げるな!」

Day074:〜075灯台守

※第七霊災直後、エーテライトの復旧に来たシャーレアンの職人のお話

その日、海の都リムサ・ロミンサの船着き場は普段とは比べ物にならないほどの緊張感に支配されていた。リムサ・ロミンサを治めるメルウィブ・ブルーフィスウィン提督を始めとして、エオルゼア三都市の盟主が揃って朝日を背にして水平線に浮かぶ立派な船を見つめ、その接舷を待っている。

船着き場近くの巴術士ギルドやマーケットの面々は物々しい雰囲気に野次馬を働く気すら起こせず黙々と仕事に向かっているが、ナルディク&ヴィメリー社の職人たちはバイルブランドには見られない意匠が施された船に興味津々の様子で今にも海に飛び込まんばかりの勢いで港の縁で押し合いへし合いしている。

その注目の船から漕ぎ出した小舟には決して屈強な船乗りには見えない華奢な影が乗っており、その豊かな白髪と対象的な黒い外套が潮風に揺らして陸を目指す。

固唾を呑むというのはこのことを言うのだろう、じっと三国の盟主に見守られて到着した小舟から一人の女性がひらひらと裾を揺らして出迎えの一団へと近づいた。
「お初にお目にかかる。サリャクの知恵の泉シャーレアンより、我が愛しのエーテライトが危機にあると聞き及び参上した調律師だ。貴公らがエオルゼア三都市の盟主とお見受けするが」

板を流水が落ちていくように一呼吸の内に調律師は口上を述べ、呆気にとられたままのエオルゼアの面々を睨回した。彼女の言葉が止まってややあってから、メルウィブ提督が一歩前に出て彼女と比べるとかなり小柄な調律師へと向き直る。
「ようこそ、エオルゼアへ。シャーレアンより遠路遥々足をお運びいただいたこと、三国盟主一同感謝を申し上げる」
「口上は結構。早くエーテライトへ、案内してくれ早く」
「あ、ああ……こちらへ」
「助かる」

誰かに気圧される提督を見たのは後にも先にもこれが初めてだと、その場に居合わせた者は後々思い出すことになる。それほどの剣幕を以て調律師は異国の衣装の裾をはためかせて、小走りでエーテライトプラザへとマーケットを突っ切っていった。

まだ霊災の傷跡が残る街のただ中に在って、リムサ・ロミンサのエーテライトは堂々と立っている。ただ、その身にはかつて確かに灯っていた輝きは見る影もなくなっていた。

調律師は古より伝わるクリスタルを見るなりその碧色にふれ、ぽつりと言葉をこぼす。
「美しい……」

機能が止まっているせいで交感することが叶わなくとも、調律師はただその肌を通して彼女にしか感じ得ないクリスタルの奥底に流れる脈動を感じようと感覚を研ぎ澄ませる。このエーテライトが人々の灯であった時に思いを馳せて。

そんな調律師の様子をじっと見守る盟主たちとお付きの者たち。しばらく静かにエーテライトにふれていた調律師は振り向かず、幾分か明るくなった声を背後の一団へと投げかける。
「エーテライトはまだ生きている。きっと復旧に時間はかからないだろう」

その専門家の一声だけで、わっと広場全体が沸き立つ。霊災以降、エーテライトを使うことが出来なくなった影響は計り知れない。移動の制限が遅々として復興を進められない原因の一つとなっているのは誰の目にも明らかだった。

それがようやく解消されるというのだ。これは久々に大きな喜ばしい報せとなってエオルゼア全土を駆け巡るだろう。
「明日以降、残りの調律師も到着する予定だが今日中に見て回れるだけでも各地の様子を見たい。案内をしてくれないか。いや、しかしまずはこの都市内からだな。問題ないだろうか」
「それは勿論構わないが……船旅に疲れているのではないだろうか?少し休んでからでも」
「エーテライトは地脈の奔流における灯台だ。美しい灯台を護り継ぐことが私の役目。目の前に灯台があれば磨き、また美しい光を見たいと思うのは我らの性だ」

そう言うやいなや調律師は外套を適当に脱ぎ捨てて、代わりに大きなカバンから取り出した紙とペンをエーテライトの足元に広げだした。すらすらと空で描かれるそれはどうやら術式のようだ。今、この場で海都のエーテライトを修復しようというのだ。たった一人で。
「せ、せめて机をお持ちします……!」
「ありがとう、要らない。今、この瞬間、地脈を彷徨う人がいないと何故言い切れる?」

駆け寄った黒渦団兵の申し出を丁寧に切り捨てたその言葉と調律師の真っ直ぐな瞳に周囲の人々は気付かされる。『もしも』が自分の預かり知らないところで起こっている可能性を。

急に始まった調律師の仕事と唐突な気付きに見守る者たちはただ立ち尽くしていたが、彼女がこの後各地を回りたいと希望していたことを思い出し、いつ何処からでもその旅路を始められるようにグランドカンパニーの面々は慌ただしく、だが決して邪魔にならないように準備に駆け出していく。

準備は部下たちに任せ、盟主たちは初めて目のあたりにする偉業を見守っていた。彼女の手によって生み出される術式はまるで始めからそこにあったかのように、あることが当然というように次々と書き出されていく。

始まった時は暁の色だった空も陽を中天に迎える頃、ようやく調律師の手が止まった。
「少し下がって」

立ち上がった調律師の足元には先程まで彼女が齧りついていた紙片が散らばったままだった。そして、交感するようにエーテライトへ手をかざすと、その場にいる誰もが知らない詩を歌うように細い声が人々の間を縫って空へ昇る。

その詩に共鳴するようにエーテライトを囲う金の輪が浮かんだ。

人々の歓声が広場に響く中、続いて小さな水晶片が持ち上がり、そしてエーテライトの奥底に小さな光が灯った。

最後の一押しに調律師の声が更に高く、強くエーテルの波をかき混ぜる。

小さな光はその声に導かれるように、風に煽られる炎のように、やがて本来の光を取り戻した。
「……美しい」

久々に灯ったエーテライトのあたたかい光に大いに沸き立つ人々の合間、調律師は誰に聞かせるでもなく、出会った時と同じ言葉を呟いた。

Day076:月明かり揺れる海面

※冒険者と水晶公が夜の海でお喋りするお話。
※冒険者はアウラ・ゼラの男性、ジョブは戦士です。

今宵は満月。

月明かりは煌々と冴え、空と目の前に広がる海面とのどちらもで狂おしいほどの光を放っている。何者にも邪魔されず、何処までもその光をあまねく示す月の真下にただ一つだけ影が出来ていた。

寄せて返す波の動きに任せて黒曜石のような尻尾をゆらゆら揺らめかせる、腰あたりまで海に浸かった影の名を呼べば、その人は振り向いてちょいちょいと指先で私を隣りへ来るよう誘ってくれる。

砂浜に踏み出したサンダルの爪先に波が寄せて足指を、ローブの裾を濡らし、暗い水に沈めていくと程好い水温が心地よかった。

ざぶざぶと水をかき分けてあの人の元へ歩いていく道中、水を含んだローブが足や体にまとわりついて重くて仕方ない。たっぷりと贅沢に生地を使ったそれを脱ぎ捨ててしまえば、きっともっと足取り軽く、月を浴びるその人の隣りに立てるだろう。
「水晶公」

あの人が私を呼ぶ。抗いがたい誘惑に引き寄せられるまま、波で流れるローブの裾を手繰って止まりかけていた足を再び前へ、前へと押し出す。

ようやく隣りに立つと水深がかなり深くなっているようで、彼と比べて私の胸のかなり高いところまで迫る水に種族による体格の差を思い知った。流れがやや早くなっているせいかローブの重みでぐらつく私を見かねて腕を引き、比較的小柄な体をいともかんたんに支える然り気なさまで見せられては格好がつかない。
「……風邪をひいてしまうよ。早く帰ろう」
「そうだな。でも、もう少しだけ」

空いている方の手でちゃぷちゃぷと波にふれて遊ぶ姿からは、その無邪気な仕草には似つかわしくない静けさが漂っていた。
「海が好きなのだろうか」
「うん、海は好きだ。俺が冒険者になったのもリムサ・ロミンサって海に面した都市でさ。白い建物はユールモアにちょっと似てるかな……」
「そう、か。思い出もたくさんあるのだろう」
「それはもうたくさん!斧を振ってみないかって誘われたのもそこなんだ。俺は背が高いから良い戦士になれるぞって」

知っている。全部知っている。あなたの旅路の始まりは海都の者たちが自慢気に語り継いでいた。

それにノアとして共に在った時にもその一端は直接聞かせてもらったのだから忘れるはずがない。あの時はまだイシュガルド防衛戦の祝賀会だってまだ経験していなくて、だからまだ新しい記憶として聞かせてくれる物語は色鮮やかだった。
「……もっと、聞かせてくれないだろうか。帰って医療館のみんなに怒られるのは、それからでもいいだろう」
「勿論。むしろ、あなたみたいな偉大な魔道士に聞いてもらえるなんて光栄だ」

いけない、黙れと冷静な思考が警鐘を鳴らしても、口をついて出てくる言葉は彼を裏切る小悪党の台詞ではない。あと少しでこの日々を終わらせ、この身を以て計画を完遂しなければいけないのに。

でも冒険の途中、出会った美しいものや驚いたことについて話してくれるその嬉しそうな彼を見ればもう全てどうでもよくなってしまいそうになる。

ああ、月に狂わされてしまった。

Day077:晴れの日の市場

※水晶公と小さなライナが市場へ遊びに行くお話。

この百年、気の休まらない日々は続いているが、時には楽しみがなければ人は駄目になってしまう。

その想いは街のみんなも同じようで、いつからか定期的にエクセドラ大広場では特別な市場が立つようになった。初めこそクリスタリウムに縁のある旅商たちが集まるだけだったが、今やノルヴラント中の商人たちに留まらず、歌、踊り、占い師や稀有な旅人たちなど多岐に渡る人々が一堂に会する大きな催し物へと成長している。
「おじいちゃん!はやく!」
「はいはい、今行くよ」

待ちきれずに走っていこうとする小さな天使が人混みではぐれないように手を引く。今日はライナと一緒に市場へ行くと約束をしていた日だ。立ち並ぶ屋台の品物を心底楽しそうに眺めている姿を見れば、ここ数日の頑張りが報われた気がする。
「水晶公だ」
「やあ、みんな。よく来てくれた。今日はよろしく頼む」
「公、またうちにも寄ってくださいよ!」
「お嬢ちゃん、これ持っていきな」
「ありがとぉ」

通りがかる屋台からかけられる声の数々はどれも元気で逞しく活力に溢れていて、市場を練り歩く人々の表情もとても明るい。ただ、今日はかなり人出が多いようだ。その小さな体が蹴飛ばされないように、ライナを抱き上げると近くなった顔が驚きと、次いで嬉しそうな表情を見せてくれる。
「おじいちゃん、たのしいねぇ」
「そうだな。さあ、次は何処へ行こうか」

何か面白そうなものはないか、ときょろきょろ辺りを見回していると、広場の中心でわあっと歓声が沸いた。二人揃って目を向けると人集りが出来ていて、どうやら何か催し物があるようだ。
「あっち!」
「仰せの通りに、お姫様」

近付いた人集りは思ったより厚く、抱っこでは何も見えないだろうからライナを肩の上に引き上げる。私も背の高い方ではないけれど、肩車なら何とか人垣の向こうを見せてやることが出来るだろう。
「おじいちゃんすごい!」
「特別だよ。ああ、フードは取らないでおくれ」
「はあい。あっ!みて!きれい!」

ライナの声に導かれて人の輪の中心を見遣ると、ヴィース族の踊り子がシャンシャンとリズムに合わせて、長い四肢を活かして迫力満点の踊りを魅せていた。彼女の動きに合わせて褐色の肌によく似合う赤い衣装もひらひらと舞い、まるで生きているかのよう。見事な踊り手だ。
「綺麗だなぁ」
「おじいちゃん、おどるのすき?」
「はは、おじいちゃんは下手だからちょっと苦手だなぁ……」
「ふーん」

ライナが大人になったら、きっとこんな風に素敵な人になるだろう。そうして、やりたいことや、あまり考えたくないが好い人を見つけて、自分の道を歩いていく。その時までに彼女たちが何の心配もなく好きなことを突き詰められる、そんな世界を取り戻さなければならない。
「おじいちゃん!わたし、おどる人になる!」
「踊る人?」
「じょうずにおどったら、みんなたのしいでしょ?」

肩の上に乗せたライナを腕の中に戻すと、真剣さと好奇心とが混ざった高揚の色が瞳に差していた。冒険に行く前のあの人や、難題にぶつかったガーロンド社のみんなもこんな目をしていたっけ。
「そうだな。ライナならきっとみんなと楽しく踊れる人になれるさ」
「んふふ、そうかなぁ」
「ああ。おじいちゃんはライナがなりたいものになる、その道を応援しているよ。ずっと、ずっと」

ふわふわの耳に鼻を埋めると、嬉しそうに小さい体がくっついてきた。あの人のために、そしてこの子のためにも、必ず世界を救ってみせる。ぎゅっと抱きしめた体はとてもあたたかかった。

Day078:秘密の茶会

※冒険者がアイメリクの部屋に忍び込むお話。

コツコツ、と窓を控えめに叩く音がして顔を上げた。

夜も深いせいで、机についたままでは外の様子が全く見えない。

神殿騎士団の総長に就任した折、あまりの書類の多さに焦って用意したやや広すぎる執務机から抜け出して、来訪者が待つ窓辺へ歩み寄る。

ここが一階なら万が一を警戒し、剣を携えていただろう。だが、私の私室は地上からはるか上階にあり、こんな部屋の窓を叩けるのは私の知る限り、二人しかいない。
「やはり君だったか」
「こんばんは、アイメリク卿」
「正面から入ってこれば良かったのに。全く、君にはいつも驚かされるな」

ともかく夜の皇都は冷えるから、と行動力を絵に描いたような我が盟友を部屋に招き入れて暖炉の側を勧めると、雪の合間に咲く小さな逞しい花のような笑顔を見せてくれた。

ラグに座る傍らへ行儀良く長槍を置いてから手を火に当ててぬくもっている姿を認めてから、使用人にあたたかい飲み物を二人分用意するように頼む。窓から来たから当たり前だが、知らないうちに来客、それもかの英雄が来たことに驚かれてしまった。
「ごめん、忙しいだろうから顔見るだけにしようと思ったのに」

暖炉脇の椅子に腰掛けようとしていたところで嬉しいことを言うものだから、足を滑らせかけてしまった。これが計算ではなく、素の言葉なのだから末恐ろしい。
「だから窓まで飛んできたのか……突然の来訪も、君ならいつでも歓迎だ。しかし、そちらも忙しいはずだろうに。ウェルリトや東方にも出向いていると噂を聞いているぞ」
「まあ、ね。でも、あなたほどじゃないよ」

そう言って友は自分の目の下をつついて見せた。そんなに分かりやすかっただろうか、とそれで薄くなるはずがないのに目の下を擦っていると何か面白かったのだろう、英雄はふすりと笑みを漏らす。
「ありがとう。だが、私も君と同じように、やりたいことをしているんだ。イシュガルドの変革も、そしてエオルゼアの平穏も。私が心から望むものだから」
「そう……でも、無理はしないで。ほどほどにしないとルキアさんに怒られるよ」
「はは、そうだな。肝に銘じよう」

丁度、二人の言葉が途切れた時、今度はドアがノックされた。動こうとする英雄を制し暖炉の側に置いて、ドアの向こうで待っていた使用人から頼んでいたお茶とシロップを礼と引き換えに受け取る。
「ところで、私も一息入れるところだったのだ。一緒に茶を飲んでいかないか?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」

暖炉に照らされて少し赤らんでいる友の頬が緩む。どうせならと茶器が乗ったトレーを暖炉脇の椅子に置き、私も友と同じようにラグに直接座って二人だけのお茶会の準備を始めた。

互いの疲れを少しでも和らげられるように、隠し味のシロップを少しだけ多めに入れたイシュガルドティーのカップを手渡すと、友は両手でしっかりと受け取ってそのあたたかさと香りを楽しんでいるようだ。
「ありがとう、アイメリク卿」
「いいや、こちらこそ。さあ、しっかりあたたまってくれ」

二人でわざと恭しく掲げたティーカップの中、茶色い波が揺れる。使用人も英雄のために張り切ってくれたのだろう、今日のイシュガルドティーは格別に美味く感じた。

Day079:夢で逢えたら

※水晶公が冒険者に甘えるお話。
※ほんのり光公光です。冒険者の性別描写はありません。

目が覚めると、青い空を背負うあの人に頭を撫でられていた。

膝枕をしてもらっているようで、背中だけが草原の上に横たわっている。状況がいまひとつ理解出来ず、ゆっくりとまばたきを繰り返していると、空を見上げていたあの人が視線を落とし、私と目を合わせる格好になる。
「やあ、よく眠っていたね」
「あ、あ……うん、おはよ」
「おはよう、  」

存外長く寝ていたのか、喉はパサパサに乾いていて声は掠れたものしか出なかった。こほ、と空咳をすればあの人は傍らから革水筒を取り出して、手ずから飲ませてくれた。子どもじゃないのに子どもみたいに甘やかされて、でもそんなに悪い気分じゃない。

まるで夢みたいだ。

気紛れなこの人が乗っている内に調子に乗ってやろう、と開き直ってあの人の膝に乗っていた頭を少し浮かせて向き直り、腰に腕を回して腹のあたりに顔をくっつける。最初は戸惑ったように宙を浮いていた手は、やがてオレの耳のやわらかい毛をふやふやと撫でてくれた。
「ふふ、甘えたさんだね」

呼吸に合わせて膨らんだり凹んだりを繰り返すあたたかさ、それと鼓動が額から伝わってくる。まるで生きているように。
「ねえ、   」

ざら、とのどかなこの場に似合わないノイズのような音があの人の喉から出てくる。その奥の音はオレには聞こえない。さらさらと撫でてくれる指先が気持ちよくて、段々気にもならなくなってきたけれど。

あの人の膝の上で寝返りを打って、また見下ろされるように向き合うと、やさしい瞳がオレだけを映していた。きれいな瞳の色は思い出の中と全く同じで。形のいい唇が早くオレの名を紡いでくれないかな、と少し期待しながら真上にある頬に手を伸ばす。

私の指先を迎えるように、すべらかな頬を寄せたあの人は一度ゆっくりと、時が止まったかと思うくらいたっぷりと勿体つけてまばたきをする。
「ずっと一緒にいようよ。君となら、良いよ」

そうして、そうっと私の指先をまとめて自らの手に握って唇でふれようとする。誓いを結ばんとするように。だけど、契りが結びつく直前、私は手を引いてしまう。
「私の知るあなたは、ここで終わるような人ではないよ」

あの人にとって私は護るべき者でも、大切な人でも、まして停滞を望む人では決してなかった。これは私が見たいと願ったやさしい悪夢。
「〈悪戯は終わりだ、愛すべき我が隣人よ〉」

青空の向こうから響く悪戯好きな隣人たちの笑い声を聞きながら、最後まで微笑み続けているあの人の影にもう一度ふれる。
「ありがとう」

黒い奔流に飲み込まれる最中、あの人の唇がオレの名を形作った気がした。

Day080:そして空へ

※若い冒険者夫婦が復興事業に参加するお話
※二人は光の戦士ではない冒険者です。
※光の戦士はアウラ・ゼラの男性です。

「では、俺は手続きを済ませてきます。テントで座っていてください」
「いってらっしゃい、ダーリン」

さっと黒い角に唇を落として足早に受付へ向かった愛しいエレゼンの男が皇都では珍しくない長躯を完全に人混みの中に馴染ませるまで、アウラの女は背を見つめ続けていた。

雪がちらつく皇都イシュガルドに異邦の夫婦はいた。永く門扉を閉ざしてきた山の都の景色はアウラの槍術士にとって見慣れないもので、そわそわと辺りを見回しては後で愛しい人と見に行こうと楽しみな計画をひっそりと積み重ねている。

ここ最近、イシュガルドの復興事業に冒険者を招き入れているという噂がかなり広範囲に広がっているためか、なかなか彼女の待ち人は帰ってくる気配がない。段々心配になってきたところで、槍を携える彼女がいるテントにまた新しく冒険者風の男が入ってきた。
「……あ、珍しい。同胞じゃないか」
「あら、こんにちは。草原の外で会えるなんて、今日はなんて良い日なの」

テントの新入りは槍術士と同じ立派な黒い角と尻尾を持つアウラ・ゼラの男だった。両手に一枚ずつ大きな盆を持ち、それぞれの上には湯気を上げるマグカップがこれでもかと積まれている。
「あなたもお一つどうぞ。みんなに配っているので」
「ありがとう。もし良ければ一緒に来ている人の分もいただいても?」
「勿論!たくさんあるから」

寒い中でもニコニコと人懐っこい笑顔を顔いっぱいに浮かべている男から二人分のマグカップを受け取り、槍術士も同じく久方振りに故郷の草原を感じさせる黒い輝きににこりと笑いかける。もう少し話してみたい、と女が口を開きかけたところですぐ近くのテントから声が上がる。
「兄ちゃーん!こっちにもくれ!」
「はいはーい。じゃあ、俺は行きますね。あなたにアーゼマとクリスタルの加護があらんことを!」
「あなたにも、寒雪に負けない加護がありますように。また何処かで」

お互いに少し名残惜しそうに、だがそれぞれが旅に身を置く冒険者らしく、次に会える縁を信じて手を振り合った。アウラ族の男性らしい大柄な体を身軽に翻し、トレーを両手にテントを渡り歩く男を槍術士はしばらく眺めていた。
「お待たせしました。おや、シチューですか。いい匂いですね」
「お帰りなさい、ダーリン。さっきいただいたの!冷めない内にもらいましょう」

入れ替わるようにして帰ってきた愛しい人が隣りに腰を下ろすのを待ってから、槍術士はまだあたたかいマグカップを手渡す。二人ともまだ慣れない寒さを和らげるように、両手でマグカップを包み込んでゆっくりととろりとなめらかなシチューを飲み出した。じっくりと腹の奥からあたたまるシチューは今まで食べたどんなシチューよりも美味しく感じる、と二人は微笑みを交わす。
「そういえば、さっき受付に並んでいる時、この復興事業にはかの救国の英雄も携わっていると聞きましたよ。何処か出会えるやもしれませんね」
「まあ、素敵!毎日ドキドキしちゃうわね」
「……ドキドキ、するんです?俺以外のことに?」
「もう!ダーリンったら!」

仲睦まじい二人がシチューを堪能している間に、吹雪いていた雪は小降りに落ち着いていていた。そして、立ち上がった二人は今回の事業のために用意した真新しい作業着に身を包み、新たな空の冒険へと足を踏み出す。二人の目的のため、道のりはまだ始まったばかりだ。