少しだけ背伸びをして

「すみません!」

カウンター越しに声を受け取れば、どんなに疲れていても笑顔を見せるものだ。だが、声の方を振り向くも笑顔を受け取ってくれるお客様は見当たらない。
「すみま、せん!」

隣りの店への声を聞き間違えたかな、と作業に戻ろうとするも、少し音量の上がった同じ声がまた投げられてきた。見えない姿を探しにカウンターの向こうへ回り込むと、そこには小さなヴィースのお嬢さんがその手には少々大きいお財布を握っていらした。
「いらっしゃいませ、お客様。今日はお一人ですか?」
「はい!あの、えっと……あ、これください!」

膝を折ってもまだ下にあるお声と差し示す指先を追って、ご所望の品を探すとそれは棚の上に置かれた綺麗な小瓶に入ったクッキーだった。
「こちらのクッキーですね」
「はい!」

棚から取ってお見せすると、元気にお返事をくださった小さなお客様。無事にお目当てのものがあって安心したのか、大きな瞳がキロキロと輝いていて大変愛らしい。
「コーヒーの苦い味がしますが、大丈夫ですか?」
「うん。あたしが食べるんじゃないの」
「おや、贈り物でしたか。では、リボンでお包みしましょう」
「ありがとう!」

カウンターの中に戻って、備えつけてある引き出しからハサミとリボンの入った箱を取り出して中をお見せする。決して色は多くないが、お好みの色はあるだろうか。
「じゃあ、赤いの!」
「かしこまりました。お友達がお好きな色なのですか?」
「ううん、おともだちじゃなくて公にあげるの。公は赤いのがいい、です」

最近、このクッキーをお友達同士でお求めになる方が多かったから、てっきり小さなお客様もお友達への贈り物だと思い込んでいたが、我らが水晶公へ差し上げるものだったようだ。
「承知しました。公もクッキーを喜んでくださると良いですね」
「うん。公のおともだちがね、プレゼントするならおやつがいいかもって、おしえてくれたの」

その時に公のお友達がおすすめのクッキーを教えてくれたから、店を訪ねてきてくれたということだった。小さなお客様はあらましを教えてくださるついでに、公のお友達が分けてくれたその味も蘇ったのか、少し渋い顔をされていた。
「公のお友達……あっ」

水晶公のお友達、と聞けばきっと街のみんながあの方のお顔を思い浮かべることだろう。そういえば先日、店にいらっしゃった時にこのクッキーが気に入ったと仰っていた。どうやら巡り巡って店の宣伝をしてくださっているようだ。今度お見かけしたらサービスさせていただこう。

ガラス製の小瓶を包装紙で包んで、丁度くびれているところをご希望の赤いリボンで結ぶ。口のところで余った紙がヒラヒラとしていて、まるで公のお召し物のようだ。
「いかがでしょうか、お客様」
「きれい!」
「ふふ、よかったです」

小さなお客様は緊張した面持ちで、おもむろに握りしめたお財布から取り出したお金をトレーへ置いてくださった。

店を始めてから何度となく見てきたお客様の特別なお買い物は、こちらまでその気持ちを分けていただいているような気持ちになる。
「オカイケイおねがいします!」
「はい。丁度いただきました、ありがとうございます」

カウンターから出て小さな手がお財布をしっかり締めてポケットに入れるところを見届けてから、リボンのかかった包みをお渡しする。大切に両手で受け取られたお客様は満足そうでいて、誇らしげだった。
「ありがとうございました!」
「こちらこそ。またのお越し……いえ、またいつでも来てください、お待ちしております」
「うん、バイバイ!」

贈り物をしっかりと胸に抱いて、小さなお客様は早速クリスタルタワーへと駆けていかれた。どうか転ばないように、そして公に喜んでいただけるように願いを込めて、ぴこぴこと跳ねる両のお耳がマーケットの人の波に紛れてしまうまで見ていた。