語るよりも

創り出したイデアを込めたクリスタルを抱えて自信満々、あるいは駄目元で市民たちが足を運ぶ創造物管理局。昼時ということもあって人も疎らな受付を通り抜けて、外へ出ていく人の流れにこの建物の主、局長ヒュトロダエウスは混ざっていた。

視察と称して執務室からふらりといなくなる彼にしては珍しく局員に昼食に出ることを告げて建物を出た彼が不意に空を仰げば、やわらかな陽射しに紛れて昼の月にしてはやたらと明るい光が瞳を染める。おや、と思った時には既にその光は空の果てに消えしまったが、恐らく星の海を視ることにかけては当代一のヒュトロダエウスにとってその光の正体を見定めるには十分な時間だった。やや跳ねる足取りと上がる口角を好きにさせて、ヒュトロダエウスは本来の予定を少し変更して坂の方へと歩いていった。

道中、最近流行しているらしい豆と栗をワインで煮た料理を店で購入し、かけられる親しげな挨拶や世話話にもにこやかに応えつつ、ヒュトロダエウスは首都アーモロートを象徴する最も厳粛な場所であり、星の意志を決する十四人委員会が詰めるカピトル議事堂に辿り着く。余人であれば即座に呼び止められるだろう最奥へ続く廊下を彼はまるで自分の庭のような足取りで進んでいく。職務と立場上、議会だけでなく座を担う委員会の面々の執務室を直接訪れることもある彼だが、今回は仕事での訪いではなかった。
「やあやあ、エメトセルク! 昼食の時間だよ」
「今度はヒュトロダエウスか……全く、お前たちは示し合わせているのか?」
「うん? なんのことだい?」
「……なんでもない……」

良識あるアーモロート市民としてノックをしたヒュトロダエウスが返事も聞かずに扉を開けると、執務室の机にはいつも通り眉間に皺を寄せた当代のエメトセルクが鎮座していた。魔道士としても、単純な人間性だけをとっても一つ頭抜けた彼がいつもより疲れ気味に見える。その原因、否、この場合は元凶と言うべきものが何であるかをヒュトロダエウスはうっすらと感づいて、吹き出しそうになるのをなんとか留めて携えてきた手土産を掲げてみせた。表面上だけでも上手く誤魔化さなければ、当代きっての大魔道士様の機嫌が損なわれることを彼は永い経験で知っていたのだ。

しかし漏れ出た心底愉しそうなニマニマ笑いを目の当たりにして、エメトセルクはそれはもう深淵に届くのではないかと思うほど深く大きな溜め息をついた。そのまま何も言わずに指を鳴らし、椅子を二脚と適当な食卓を用意したのを見て、ヒュトロダエウスは持参したあたたかい食事を机に並べる。ごちゃついていた執務机を片付けてから、大きなそれの向こうから出てきたエメトセルクがまとう空気が普段と少しばかり異なるのをヒュトロダエウスは感じ、『視線』を走らせた。最早癖であり職業病とも言えるだろう仕草によって程なく見つけたそれは片付けられたはずのエメトセルクの机の上にそうっと佇むものだ。
「珍しいね、キミが花を飾るなんて」
「……旅先で見つけたが持っていられないから飾れ、だと。他人の執務室を倉庫かなにかと勘違いしているのか」

どっと椅子に座って手土産の煮物を物色するエメトセルクがぶっきらぼうに言い放つ。普段は真面目に分け隔てない彼がそんな物言いをする人はヒュトロダエウスを除けばあと一人しかない。自身が出端に見た光の正体がどうやら予想通りだったことをヒュトロダエウスは確信し、同時にもう少し早く悪友を訪ねていれば旅の話の一つでも聞かせてもらえただろうかと少し惜しい気持ちになった。

くすくす、と最早笑みを隠すことを止めたヒュトロダエウスは食事の準備をエメトセルクに押し付けて、自身は執務机を彩る花を眺めることにする。淡く光る花は、丁度カトラリーを創っているエメトセルクと共に視察に赴いたエルピスで自生していたそれだった。植物に特別詳しくはないヒュトロダエウスが希望の名を冠する花を覚えていたのは、その特殊な性質故だ。視察先で説明を受けた時も他の機会に見かけた時も花は朝の新雪のような白色をしていたが、今は初めて見る色をしている。勿論、創造物管理局に勤める彼がその花が示す色の意味を知らないはずがない。自身もその色に染められたように、ヒュトロダエウスの目がさらに弧を描く。
「やっぱりあの人も行ったんだね。で、これはお土産ってわけか」
「百歩譲ったとしても任務先で土産を見るなといつも言っているんだがな。おまけに旅先には持っていけないからとここに置いて行く道理があるか?」
「いやぁ、あの人らしいよ」

はあ、と今日何度目か分からない溜め息をつきながらエメトセルクは無事に食事の準備を終え、まだ花を眺めているヒュトロダエウスをちょいちょいと手招きする。

花瓶を持って席に戻ってきたヒュトロダエウスはやはりここで昼食をとることにして正解だった、と自らの判断力を評価した。ヒュトロダエウスは友人たちが普段隠し通せていると思っている想いを垣間見える瞬間が好きだ。特に煮物をつついている彼が見せるそういった一瞬は、永い付き合いを経てもなお見てて飽きない。
「でも、わざわざキミにって任務の合間に来てくれたんだろう? 嬉しいくせに」
「嬉しいだと?」

エメトセルクの少し苛立ったような声音にも怯まず、むしろ輪をかけて愉しそうにヒュトロダエウスは食卓の真ん中にやさしい陽射しのような黄色に染まった花を置く。
「口に出すよりも分かりやすいものって結構多いんだよ、エメトセルク」