エアスケブまとめ

※2020年12月27日(日)にオンライン開催された「頭割りだョ!ヒカセン集合」にて募集したエアスケブまとめです。

本棚の陽だまり

息を詰めて、精一杯腕を伸ばす。

爪先にじわりと痺れる感覚に、意地を張らずにステップを借りればよかったな、と今更後悔がよぎる。

もういっそ跳んでやろうか、と足に力を込めたところで頭上から影が降ってくる。
「やあ、英雄殿。お困りかな?」
「水晶こ、うわ」

よいしょ、と掛け声に合わせてふわりと体が浮き上がる。脇の下に差し入れられた他意のない手が軽々と私を持ち上げて、さっきまで頭上にあった本棚まで視線を持ち上げてくれていた。しかし、これいけない。恥ずかしすぎる。
「ちょ、っと」
「ほら、本を取りたかったのだろう?お叱りは後で聞かせてもらうから、早く」

ぴるぴると至極楽しそうに揺れる耳が今は憎らしい。誰かに見られる前に降ろしてもらわなければ。ひとまず彼の言う通りに目的の本を手早く本棚から引き抜く。
「もう良いのか?」
「うん……あの、降ろして?」

体に自由がきかない状況はどうしても落ち着かない。渋る彼をせっつくように振り向くと、彼の赤い耳が分かりやすくしなだれていた。思わず手を伸ばして、少し前までは隠れていた彼のふくふくの柔毛にふれると、くすぐったさで抑えきれなかったらしい幼ささえ感じる笑い声が喉奥から漏れてくる。
「こら、老人をいじめるものではないよ」
「はじめに意地悪したのはグ・ラ……水晶公でしょう」
「そうだった。すまない、許しておくれ」

そう言って、彼は壊れ物を扱うかのようにそうっと体を地面に降ろしてくれた。宙ぶらりんだった時間は短かったのに、自分の足で立てることの安心感を強く感じる。
「でも、ありがとう」
「どういたしまして。では、私は行くよ」

見上げた彼のかんばせが博物陳列館の奥にある書架には届かない、やわらかな陽射しのようで。ひらひらと手を振って去り行く背中、ゆるく揺れる尾が見えなくなるまで見送った。

特等席

煌びやかなオーナメントや個性豊かな雪だるまに飾りつけられている街がやわらかい夕陽を浴びて、一層キラキラと光り輝いて星芒祭に繰り出す人々の目を楽しませていた。ミイ・ケット野外音楽堂のすぐ側にいる雪だるま家族も道行く誰にも等しく、やさしい笑顔を向けている。楽しそうな笑顔が溢れる人の波の間で一人、落ち込む俺にさえも。

しゃがみこんでしまう程度には落ち込んで、激しい戦いの末に手に入れたお気に入りのコートの裾が地面にふれて湿気てしまうのを直すことも今は億劫だ。はあ、とやり場のない溜め息ばかりが陽気な湯気になって浮き上がる。
『星芒祭は誰かと見に来るの?』

そう聞かれて真っ先に思い浮かんだ彼はここに居ない。そもそも軽い散歩のつもりで出てきたからここに来ることは誰にも伝えていないし、約束もしていない。完全にうっかりしていた。これから急いで石の家に戻って誘ってもいいけれど、それだと一番景色が綺麗な今の時間帯を一緒に楽しむことが出来ない。

はあ、とまた深い溜め息が漏れる。
「なぁ、お兄さん。あんた、一人?オレと一緒に遊ばない?」

グリダニアは自分と同じエレゼン族が多くいるとは言え、背の高い男がしゃがみこんでいれば目立つのだろう。遂に声をかけられてしまった。彼の声に似ているナンパ男に向き直ろうと顔を上げつつ、どうやってお断りしようかと落ち込んで少し回転の遅くなっている頭を必死で動かす。
「……悪いけれど、そういうは間に合って、ま……す?」

しゃがんだまま振り仰いだそこにはナンパ男──もとい、赤い従者の衣装に身を包んだグ・ラハその人が居た。何故。驚きすぎて半開きになった口を閉めるのも忘れてしまっている。
「はは、変な顔」
「グ・ラハ、どうしてここに……というか、その服は」

見上げていると彼が差し出した手に引き上げてもらって、ようやく普段通りの視界が戻ってくる。まだ驚いたままでいるとくすくすと笑ってグ・ラハは話し出した。
「タタルから星芒祭のことを教えてもらったんだ。毎年あんたが手伝ってるから、一緒に行ってきたらどうかってさ」

ああ、神様ナマズオ様タタル様。我らが暁の受付嬢のしたたかな満面の笑みが目に浮かぶようだ。帰る時には持ちきれない程のプレゼントを抱えて帰ろうと心に決めた。
「でも、もう祭の準備は終わったんだな」
「あ、うん……それでさ、グ・ラハ」

ピン、と立たせてあちこち興味津々な彼の名を呼ぶと、爛々とした紅い瞳を真っ直ぐに向けてくれた。
「星芒祭、一緒に見て回らない?」
「もちろんだ!」

即答。なんとなく彼ならそうかな、と思っていたけれど気持ち良い回答にふっと頬が緩む。早くはやく、と急かす彼の隣りに並んで手袋をしていない小さな手をどさくさに紛れてさっと攫ってコートのポケットの中に仕舞いこむ。彼の髪と同じくらい頬を赤くしたグ・ラハと一緒に歩き出す。やわらかい雪が降り続ける森の都に、混ざり合う二人分の白い吐息が揺れていた。

イイ騎士へ贈る

キャンプ・ドラゴンヘッドの執務室は、いつ来てもあたたかい。コランティオさんに通してもらったそこには、今日も銀剣の肖像画が精悍さと柔和さを感じさせる微笑みを浮かべて待ってくれていた。

余程集中しているのだろう、ここに来るまで身につけていた防寒具を外しながら近付いても指揮官殿は戦略図をじっと睨んだまま私に気付かない。ゆらゆら尻尾を揺らしながらしばらく真剣な顔を眺めていたが、気配を消しているとはいえ流石にこの距離で来訪者に気付かないのは騎士として大丈夫なのか心配になってきた。
「やあ、久し振り」
「うおあっ!?」

耐えられなくなって声をかけると、エレゼン族特有の長身が飛び上がるほど驚かせてしまった。目を白黒させて何が起こったのか把握しようとする怯えた瞳に少しだけ罪悪感を感じてしまった。

それでもこちらを捉えると、すぐにぱあっといつもの明るい笑顔を見せてくれる。極寒の前線に彼のような人が居るのはきっと良いことだと思う。
「相棒!元気そうで安心したぜ!」
「君も。夏のコスタ・デル・ソル以来だね」

パチリとハイタッチを交わして、互いの無事を喜び合う。社交的な彼のことだから、私がここに来た理由は噂に聞いて何となく分かっているのだろう。多くを問わず、暖炉の側をすすめてくれた。

一通りドラゴンヘッドやフォルタン家のみんなの近況を聞いてから、今日ここを訪れた目的のものをカバンから引っ張り出す。手に乗るくらいの細長い小包を差し出しても、エマネランは首を捻って意図が読みきれていないようだった。
「これ、君へプレゼント。迷惑じゃなければ、貰ってくれないかな」
「オレに!?」
「ふふ、そうだよ。少し遅いけど、星芒祭のプレゼント。ね、開けてみてよ」

エマネランは言われるまま、ふんふんと鼻歌まで歌って小包の包装紙を開いていく。バリバリと派手な音を立てている割には、紙を破っていないところに彼の育ちの良さを感じた。
「すっげぇ、綺麗なペンだ……!」

そっと壊さないように手のひらに載せていろんな角度から万年筆を眺める彼の目はキラキラと少年のように輝いていて、ほっと胸を撫で下ろす。

星芒祭を一通り楽しんだ帰り道、日用品を買い足そうと立ち寄った黒檀商店街で顔馴染みの旅商に再会した時のことだ。良い品がたくさんあるから見ていけ、と勧められて覗き込んだ行李には外の景色に負けないくらい煌めく品々が所狭しと並べられていた。その中でも一際美しい、射干玉色の軸とそこに施された薄い青色の繊細な唐草模様が目に入った時、ふと彼の髪と瞳を思い出した。
「気に入ってくれた?」
「ああ!丁度新しいのがほしいって思ってたんだ。流石、マブダチだぜ〜ありがとな!」

ほら!と早速書く真似をして見せてくれたエマネランのはじける笑顔に釣られて、私もほっと安心して笑みが溢れる。やっぱり彼によく似合う。
「じゃあ、私はそろそろ行くよ」
「ええーっ、もう行くのかよ……いや、アンタも忙しいんだったな。じゃあ、今度は一緒に飲みに行こうぜ!」
「ああ、楽しみにしているよ。じゃあ、伯爵や兄様によろしくね」

手早く身支度を整えて、エマネランのスマートなエスコートであたたかい本部を出る。来た時はびゅうびゅうと吹き付けていた雪風も今は止んで、青空が覗いていた。ピイ、と笛を鳴らすとすぐ傍らに駆け寄って来てくれた愛鳥に跨り、いつもは見上げているエマネランを見下ろす。すると、何か物言いた気な彼の視線が自分のそれと絡まる。
「……なあ、相棒。オレはまだ途中だけどさ。オレはオレのやり方でここを守り続けるぜ」

エマネランは馬上の私を、そしてその先にある彼の瞳の色と同じ空を見上げ、ぐっと拳を胸に当ててもう一度誓うように言葉を紡ぐ。
「だから、いつでも安心して帰ってこいよ!」

ニッと笑顔を見せてくれた姿は、まさにみんなを導く騎士のそれだった。困った時には周りの力を借りることが出来る、君なら大丈夫。言葉にするには無粋な想いは胸にしまって、彼と同じようにイイ笑顔を残して、私たちはクルザスの雪原に駆け出して行った。

春の音

真っ白い雪原に春の女神が立っていた。

彼女を彩る桃色と若草色に、昔読んだ春の訪れを報せる東方の花を、その木陰で歌うノフィカが脳裏に浮き上がる。彼女の生まれを思えばネメフィナと例える方が本来は喜ぶのだろうが。

ただ、ここは森でもなければ東方でもない、霊峰から雪風が吹き降りるクルザスだ。彼女の置かれている状況と、雪遊びにはあまりに薄すぎる服装を見逃せるほど私は無関心でいられない。
「リト、散歩をするならせめて上着を羽織るとイイ」

わざと大きな音を立てて雪を踏みしめ近付くと、友はようやくこちらを振り向いた。陽溜まりのような柔和な微笑みを見ると、寒そうな肩にかけるつもりだった毛布を頭から被せてしまう。
「ふふ。オルシュファン、見えないよ」
「すまん。だが、風邪を引くと良くない」

文句を垂れつつ、もぞもぞと蠢く毛布から髪と同じ桃色の耳がぴょこりと覗く。さながら雪の中から必死にもがき出てくる緑のようで、胸の奥で何かがざわついた。

小さな体がまた何処かに逃げ出さないように、しかし気付かれないようにほんの少しだけ毛布を握って、リトの細い肩においた手に力を込める。とうに察しがついているのか、単に毛布から出ると寒いのか、顔は毛布の中に隠したままリトはもぞりと話しだした。
「雪が風に舞い上げられていてね。きれいだったんだ」
「そうか」
「あと、アルフィノとタタルに雪だるまを見せたら元気が出るかなって。小さいものなら雪の家に持って帰ってもいいかな」
「おお、それはきっと喜ぶぞ。どれ、このオルシュファンがイイ雪だるまの作り方を教えてやろう」
「やったね。ありがとう、オルシュファン」

喋る毛布と化したリトは耳をぴこぴこと動かして、めいっぱい嬉しいと伝えてくれる。顔を隠していても、どんな表情を見せようとしているかはよく分かる。
「リト」
「うん、どうした?」

毛布をそっと剥いて、春に顔を出してもらう。こちらを真っ直ぐに射抜く若草色の瞳は爛々とした輝きを見せていた。だが、やはり薄着で寒いのだろう、雪が混じり始めた風が頬を撫でる度に耳がひくひくと震えている。
「雪だるまの前に、一度そのしなやかな体をあたためるとイイ。さあ、帰ろうではないか」
「うわっ」

細すぎる肩を軽く叩いて、そのまま横抱きにして持ち上げる。急に宙に浮いた体の安定を求めて、咄嗟にでも私の首にリトの腕が回されたのは流石熟練の戦人だと言えるだろう。
「あっはは!オルシュファン、一人で歩けるよ」
「なに、遠慮はいらん!このオルシュファンの鍛錬に付き合ってもらうだけだ」

リトの軽い体を抱えたままぐるぐると振り回してやると、久方振りに笑い声を上げてくれた。本当に楽しそうに華やぐ笑みにそっと白い息を漏らす。
「なあ、オルシュファン。またあのあったかいお茶が飲みたいな」
「もちろん、お前の頼みであればいつでも用意しよう。そうと決まれば、走るぞ!」
「えっ、待ってまって」

リトの笑い声がまた高く神意の地にも響いていく。雪原の只中、私の腕の中にだけ春が芽吹いていた。

影一つ

ふと目を挙げると、橙色の陽が染みた。そのまま視線を壁掛け時計に走らせると四時過ぎ。昼食後すぐにレポートに手をつけ出したはずだったから、少し集中しすぎていたらしい。

ぐっと伸びをして凝り固まった肩をほぐしていると、ガンガン、ぷぴぷぴ、ズルズルと何かがぶつかりながら引きずられて、こちらに近付いてきている足音が聞こえてきた。一生懸命近付いてきている音の主の到着を散らばった資料を集めつつ待つ。

ようやくオレのいる書斎の扉の前で止まった音は一旦手に持っていた何かを床に落とし、お行儀よくノックをして訪いを知らせてくれた。
「はい、どうぞ」
「とーたん」

ちゃんと返事を聞いてから扉を開けた小さな来訪者は、ぷぴぷぴとお気に入りの愉快な靴を鳴らして、椅子に座ったまま振り向いたオレの膝に飛び込んできた。軽い体を膝の上に抱き上げて、夕陽のような橙色の髪を指先で梳きながら形の良いまん丸の頭を堪能しているとパタパタと軽い足音が追いかけてくる。
「こら、お父さんの邪魔しちゃ駄目でしょ」
「大丈夫、丁度キリの良いところだったから」
「そう?なら良いけど……」

未だ戸口で足踏みする愛しい人を手招きして、ようやく家族がそう広くもない書斎に集合する。本当に心配要らないことを示すために、ほぼ完成したレポートの束を手渡す。途端に眉間に深い皺が寄せられて、思わず声を上げて笑ってしまった。
「とーたん」

小さなメープルの葉のような手にストールを引かれ、小さな来訪者に改めて視線を合わせる。
「ふふ……ああ、そうだった。父さんに会いにきてくれたのか」
「どーど」
「ん?何かくれるのか?」

ずいっと顔の前に差し出された、恐らく引きずってきたものを受け取ると、子猫は満足げな笑みを見せてくれた。

ピピピとまだ短い耳と尻尾が揺れているのを視界の端に捉えつつ、受け取ったものを見ると何やら紙に包まれた大人の手のひら大のものだった。
「おチビちゃんは支えてるから」
「ん、ありがとな」

チビが落ちないように支えてもらい、その間に包みを開くと、中にはコブランのぬいぐるみが入っていた。最近お気に入りらしいと聞いていたが、オレに渡してくれるとはなかなか嬉しいものがある。
「可愛いなぁ。父さんにくれるのか?」
「んん、くらさい」
「あれ、返すのか。ど、どうぞ?」

むん、と渡してくれた時とは逆に手の平をオレに向けてくる。どうやら返してほしいらしい。少し混乱しつつも、すぐにその小さな手にぬいぐるみを握らせてやる。

これは一体どういう遊びなのだろうと悩んでいても、愛しい面影がさす満面の笑みを見ればどうでも良くなった。
「ありあとざま!」
「はい、こちらこそとありがと」

ふふ、と幸せの声を降らせる愛しい人。俺もきっと同じ顔をしているだろう。チビを支えてくれている、細くもしっかりとしなやかな筋肉のついた腰をそっと抱き寄せた。

部屋に伸びる三人分の影が大きな一つになっている。
「ごめんな、あんたが折角ゆっくり出来る日なのに」
「いいんだよ。ちゃんとしないとクルルに怒られちゃう」
「違いない……」
「もう少しで終わりなんでしょう?夕飯はみんなで食べようよ」
「ああ、勿論だ」

橙色の髪を掻き分けてチビの額に唇を落とし、そのまま軽い体を引き取ってもらう。抱き上げる時に屈んだお陰で近くなった愛しい人の額にも一つ、チビとは違う軽い音を立ててやると、夕陽に染まるよりも頬を赤くしたかんばせが現れた。また堪えられなかった笑みはオレの頬に浮かび、きっとしばらくは消えてくれないだろう。

ああ、なんて幸せなんだろう。