二つの咆哮

戦場とは肌をひりつかせる感情の奔流だ。

敵味方双方がそれぞれに抱える己の義のために剣を執り、術を編み、削り合う。そういうものだと心得ている。雪に閉ざされた祖国イシュガルドでも、帝国との最前線ギムリ卜でも戦場というものの本質は変わらない。

だが、目の前に立ち塞がる敵からは何も感じない。凪いだような虚ろな瞳にも、譫言のように繰り返される帝国への忠誠にも熱などなかった。

これがテンパード、偽りの神の傀儡。

父は、トールダン七世は護るべきイシュガルドの民をこの者たちと同じくしようとしていたのだと目の当たりにして、汗とは違う背筋を冷たいものが伝う。
「やあっ!!」

嫌な想像を振り払うように、剣を横薙ぎに振り切る。今は戦いに集中しなければ。

汗で張り付く前髪を掻き上げながら周囲を見渡せば、嫌でも禍々しい塔が目に入る。たわわに実った金色の麦畑もあんなものがなくて、こんな時でなければ美しいと溜め息の一つでもつけたものだろう。

行き場を失った息を込めて、一歩大きく踏み込みつつ向かってくるドラゴンを斬り伏せる。部下たちも隊列を整え、何度も攻勢に打って出ているがどうにも数が多い。だが、ドラゴンを相手取る戦いならば我らイシュガルドは一日の長がある。
「今こそ救国の恩義を返す時!怯むな!」

声を上げ、更に踏み込んでいこうとしたその瞬間。大地を震わせる竜の咆哮が戦場に響き渡った。反射的に空を見上げれば、大きな影が飛び去ってその軌跡を焼き尽くしていく。

この炎の熱さを私たちは忘れるはずもない。

あの翼のきらめきを私たちは知らないはずがない。
「七大天竜……!?」

呟くことしか出来なかった声にさえ応えるように、また一際大きな咆哮を響かせる竜の背から影が飛び降りてくる。まるでトールダン七世が討たれたあの日、ミドガルズオルムと共に魔大陸から凱旋した英雄だ。

影は空中すら自分の庭だと言わんばかりに、紅い一閃となって私の前にいた敵兵を正しく貫き通した。その銀色を戦場で見るのは何年振りだろう。竜を駆る者は決して振り返らず、肩越しに笑んだ口元だけを見せる。
「また剣の腕を上げたな、アイメリク」
「お前こそ、槍の鋭さが増したな」

互いに言葉はそれきり、私は背後に迫っていた新手に一撃を食らわせながら大地を強く蹴る音を聞いた。あいつと再会する時はいつだって余韻を楽しむ暇さえない。
「……あいつ、元気そうじゃないか」
「アイメリク様、何か?」
「いいや、何でもない」

負傷兵を退避させたルキアがこちらに駆け寄るや否や、心配げな目を向けてくるが本当に気にするなと伝えればすぐに隊列を組み直して駆けていった。

後方から最前線へ向かって大きな術が炸裂する音と一緒に咆哮ではない、だが人の感情がこもった猛る声がいくつも近付いてきている。ふとギムリトを思い出す。あの時も戦いの最中、後方から爆進してくる味方の小隊がいた。そこには我らがイシュガルドの救国の英雄、そして我が盟友がいる。

武器を持ち替えても、装備を変えてもすぐに分かる輝きが今まさに肩を並べようとしていた。

戦場とは肌をひりつかせる感情の奔流だ。たとえ敵にその熱がなくとも、隣りで共に戦うその人が戦場を戦場足らしめていた。