光の在り処/手放したくない

※サイト開設1周年記念企画のリクエストです。
※光に侵食されて苦しいのを隠してるヒカセンと気付かないフリをしている暁大人組

光の在り処

「お願い、ミンフィリア……!この人を救える力を!」

背中の重みはどんどん冷たくなっていく。荒く繰り返される呼吸と、リーンが名前を呼びかけ続ける声だけにこいつがまだ生きているという実感を得ることが出来る。

防具や具足を外せるだけ外したと言っても、前線で身を守れるだけの装備はそれだけで重いものだ。それを物ともせず、戦場を駆け回ってたくさんの命や尊厳を護り、掬い上げるこいつの背中を俺は──俺たちはずっと眩しく見ていた。そんな奴の最後がこんな形で良いはずがない。
「呼びかけ続けろ、リーン。声は絶対に届いている。だから、もう少しだけ頑張れるな?」
「はい、サンクレッド……!」

俺たち二人で背中のこいつを揺らさないように、それでも出来るだけ速く、さっきは駆け上がったグルグ火山の山道を降りていく。俺の背中でぐったりしている奴の名を呼び続けるリーンは、泣きじゃくりながらも決して握りしめたこいつの手を離さず、ずっと暴走しかけている光を抑え込もうとしてくれている。

集中力を乱さない程度に声をかけて、リーンを鼓舞すると同時に自分にも言葉を投げかける。ここで終われるはずがない。踏み出す一歩ずつが必ずこいつを救える道だと信じて、ただ斜面を降りる。
「……リ……ーン……?………な、い………ているの……か?」
「っ!意識が……!?」

背中でヒクリ、と自分以外の振動が生まれたと思えば、薄い息と細いほそい声が漏れていた。自分の身に起きていることが何も分からないはずがないのに、第一声がリーンを慮る言葉だとは流石に呆れた。

様子を見ようと心配げに覗き込むリーンの方に顔を向けて何か言いたげに口を開いて閉じてを繰り返しているが、音が生み出されることはない。普段戦場で術式を唱える張りのある声も、先陣を切っていく雄叫びもそこに面影すら残していないどころか、苦しげに咳き込む呼吸に塗り潰されていた。
「よお、気分はどうだ」
「……サ、ン……ク………?」
「そうだ、俺だ。もう少しでアマロが迎えに来る。それまで踏ん張れ」

声をかけて初めて背負われていることに気付いたように、驚きの色を含んだ声らしきもので俺を呼んだ奴にはばれないように唇を噛む。ぐずる子どもを寝かしつける要領でぶらつく足に大きな手がリズムをつけてやさしくふれてやれば、意識を取り戻してから強張っていた体から少し力が抜ける。
「……大丈、夫……ぜん、ぜ……歩ける、よ」
「まあまあ。とんでもない大立ち回りだったんだ、たまには甘えておいてもいいんじゃないか?」
「……そ、……だね……あり………が、と……」

さっきより声が出るようになってきているようだ。まだ間に合う、絶対に大丈夫だ。早く街に戻ってちゃんと体を休ませれば、ある程度の時間稼ぎにはなるはずだ。

状況が分かっていないのか、大人しく背負われてくれている英雄様の顔を肩越しに振り向いて見れば、常よりも随分と色白になった額があった。混濁する意識がイマキュレートクラウンでのことを覚えていないなら、今は何も考えずに眠っていればいい。無理矢理笑って見せれば何故か白い髪を食われた。数々のレディたちを虜にしてきた笑顔がお気に召さなかったらしい、とリーンに肩を落としてみれば、慌てて闇の戦士様の口から俺の髪を引っ張り出すのにいっぱいいっぱいで気付いてもらえなかった。世知辛いものだ。

じきにアリゼーとアルフィノが呼びに行ってくれたアマロと合流出来るだろう。こいつの様子も気になるが、ずっと光の巫女の力を使い続けているリーンの体力ももう限界が近い。焦りそうになる気持ちを抑え込んで冷静を装って、背中のこいつをゆらゆらと揺らしながらも山道を降りる足は止めない。

不愉快なほどの光に満たされた空を見上げ、アマロの羽ばたきが聞こえないかとそばだてていた耳に不意に水音が飛び込んでくる。それも、背中から。同時に襟足のあたりに冷たいものがじわりと広がる。
「光が……っ」
「……ごめ、……よっ、ぱら………い、みた……いな……」

罪喰いに襲われながらも生還した者は、体の中から光に侵食されていく。生きながら体が光に侵されるその最後の段階で、白く塗り潰された人としての自己を吐き出すのだという。

出ていきそうになる嘆息を押し込める。数々の戦場を通してこいつを生かし続けてきた勘に悟られないように、いつものおどけた俺を映し出した。
「全くだ。折角の一張羅なんだ、クリスタリウムに戻ったら洗うの手伝ってくれよ」
「は、ぁい……」

きっと濡れているだろうに、襟足のところに頬をくっつけてひとまず荒くなった呼吸を落ち着けようとする奴をもう一度そっと背負い直す。だが、急にだらりと落ちていたはずの手足に力がよみがえり、咄嗟に足を持っている腕に力を込めて固定する。
「……っす、い……ゴホッ!!」
「だ、駄目!今は休んでください……!」
「……あ……っ……わ、たし……がっ」

きっとクリスタリウムという言葉が引き金になってしまったのだろう。落ち着いていたように見えていたのは、やはりただ意識と記憶が濁っていたからだったようだ。

あらゆる技術に精通するこいつの前で俺の静止など常なら意味を成さない。だが、力の入らない体を必死に動かそうともがく姿に英雄の面影はなく、背中の上でわずかに身動ぎをしているだけだ。
「おいおい、急に動いたら驚くだろ」

ゴホゴホと咳き込む声の向こうには、「降ろせ」とか「水晶公はどうした」とかそういうことを言おうとしているのだろうが、全ては内側から溢れる水音にかき消されていく。

分かっている。悔しいのは俺たちだって同じだ。だが、こいつはより強く怒り悲しんでいる。少なからずこいつは仲間だと思っていた奴が命を以てこいつを助けようとしたことに、いろんな想いが渦巻いている。
「ほら、眠すぎて呂律が回ってないぞ」

はらはらと泣き続けるリーンの頭を撫でてから、もう一度背中の大きな子どもを背負い直した。こいつはこんなに軽かったか。
「……サン……ク……レッ……、私は……」
「ああ、俺はここにいるぞ。しっかり運んでやるから……今は休んでくれ」

もう一度ゆっくりと体を揺らしてやって、足をやさしく叩く。溢れそうになる胸の痛みを誤魔化すために、鼻歌の子守唄までつけてやれば流石の英雄ももがくのを止めて大人しく背中に収まり直してくれた。荒い息はやがて穏やかに、強張っていた手足はまた力を失って体ごと背中に預けられた。
「……リーン、こいつの体は」
「魂がぐちゃぐちゃで、本来の形が見えなくて……本当に、こうやっていられるのが不思議なくらい……」
「そうか……」
「ごめんなさい!私が、私がもっと……!」
「お前はよくやってくれてる。リーン、お前がいてくれて本当に良かった」

力なくしなだれかかっている英雄の手はまだリーンが握り続けていた。エーテルを扱えない俺でも分かる、やさしい波動は響き続けている。こいつを助ける方法は必ずあるのだと信じさせてくれる、あたたかな光だ。
「さあ、急ごう」

胸を焼かれるような痛みは、俺たち自身にしか分からない。それでも、まだ俺たちは怒りや悲しみ、後悔に追いつかれる訳にはいかない。

光の戦士視点で書こうとしていた時のもの(中途半端に終わっています)

 体が揺れている。

揺れる度にまるで金属になってしまったのかと思うほど重い手足がぶらつくのを止められず、振動に呼応するように鈍い痛みが走る。でも、右手だけは何かに包まれているのか、ひどくあたたかい。

吹雪の中にいるように白い視界と遠い音の向こうでも、誰かが泣いている声が聞こえた。よくよく知っている少女と男の声。
「……リ……ーン……?………な、い………ているの……か?」
「っ!意識が……!?」

ほぼ白に塗りつぶされた光の向こうに夕陽色が瞬いて、右手を包む力が一層強くなった。このあたたかいものは彼女の手だったのか。でも、語りかけてくれる言葉は途切れ途切れにしか聞こえなくて、上手く返事が出来ない。

登山の道中はよく頑張っていた。ひらひらと敵の合間を縫い、確実な一撃を決める姿はかつてのサンクレッドを思い出させる。一緒に旅を始めた頃と比べると随分と落ち着きも出ていて、ちょこまかと動き回って捕まえにくくなってしまった。

ずっと涙声で声をかけ続けてくれている少女を安心させなければ、と声を出そうとするけれど上手く出来ない。声は、言葉はどこから生まれるのだったか。気持ちは日に焼けたように見えなくなり、紡がれるはずだったものの代わりにゴボゴボと白いものが溢れてきた。
「よお、気分はどうだ」
「……サ、ン……ク………?」
「そうだ、俺だ。もう少しでアマロが迎えに来る。それまで踏ん張れ」

ぐずる子どもを寝かしつけるように、ぶらつく足に大きな手がリズムをつけてやさしくふれる。声の近さと背負い直されたのだろう少し大きめの振動にようやく今、自分がサンクレッドに背負われていることに気付いた。
「……大丈、夫……ぜん、ぜ……歩ける、よ」
「まあまあ。とんでもない大立ち回りだったんだ、たまには甘えておいてもいいんじゃないか?」
「……そ、……だね……あり………が、と……」

幾分か出るようになった声で礼を伝えると、少しだけ顔を向けてくれたサンクレッドの口元がやわらかく弧を描いているのが見える。白くてかたい髪が顔にチクチク刺さってくすぐったくて、それでいて無性に美味しそうだった。何も考えずに口に含むと、慌てたリーンに止めさせられてしまった。残念だ。

サンクレッドに背負われたまま、ゆらゆら揺られて意識も揺らぐ。せり上がってくる何かは呼気と同じように自然と口から出ていき、サンクレッドの襟足とコートを白く濡らしてしまった。
「……ごめ、……よっ、ぱら………い、みた……いな……」
「全くだ。折角の一張羅なんだ、クリスタリウムに戻ったら洗うの手伝ってくれよ」
「は、ぁい……」

呆れたような声音は、しかし突き放すようなものではなくて安心する。クリスタリウムに帰ったら、前に水晶公から教わったシミ抜きを試してみよう。

水晶公。
「……っす、い……ゴホッ!!」
「だ、駄目!今は休んでください……!」
「……あ……っ……わ、たし……がっ」

彼の瞳の色が鮮明によみがえる。

もう会えないと思っていた人。懐かしい記憶の底、閉じていく扉の先へ行く彼の背中があった。

何故もどうしても浮かんでは消える。まとまらない思考でも体が動かせたなら、今すぐにでも助けに行ける。朧気な記憶、何度となく語りかけてくれた声が示した『テンペスト』という名の場所へ。

だが、サンクレッドの背から降りようともがくも、ガッチリと掴まれている足どころか、揺れるままになっている上半身も動かない。いや、動かせないのだ。
「おいおい、急に動いたら驚くだろ」

降ろしてくれと頼む声もまたゴボゴボと溢れる音に掻き消されてしまう。自分の中にあったはずのものに溺れそうで、腹の底が冷えていく。
「ほら、眠すぎて呂律が回ってないぞ」

胸がじくじく痛むのは体の中で暴れ回る光にいよいよ負けそうになっているからか、それともまた手が届かなかったことへの悲しみのせいかは今の私には分からなかった。

サンクレッドと、ずっと私の手を握り続けてくれているリーンの気持ちが分からなかった。私が足りなかったから水晶公がいなくなってしまったのに、どうして何よりも先に彼を追おうとしないのか。どうして何も言わずに、側にいて守ろうとしてくれるのか。
「……サン……ク……レッ……、私は……」
「ああ、俺はここにいるぞ。しっかり運んでやるから……今は休んでくれ」

いよいよ小さい子を寝かしつけるみたいにゆらゆらと揺らされ、足をやさしく叩かれる。更に鼻歌で子守唄まで歌ってくれていることに驚く。サンクレッドの歌が聞ける日が来るなんて、まさか出会ったあの日は思いもしなかっただろう。

手放したくない

まるで薄氷の上に立っているようだった。

未知への期待に胸を膨らませて大地に留まらず、蒼穹や海淵をも駆ける『冒険者』の姿は、今ばかりはあの方が抱え込む光を覆い隠す殻となっている。

最果ての地──テンペストへの旅支度は自分の手でしたい、と言うあの方を我らの誰も止められるはずがなかった。みんなも万全の準備を、と言外に共に行くことを拒否されてはアルフィノ様とアリゼー様でもそれ以上言葉を重ねることも出来ずに、輪の中から外れていく背を見送る。

しかし、抑え込んだ光がいつ再び溢れるかも分からない中、一人で街を歩かせるわけにもいかない。苦しげなお二人とリーンはサンクレッドにお任せし、私はエーテルを視る魔女マトーヤ、もといヤ・シュトラを伴ってマーケットで買い出しをする振りをしつつ、ムジカ・ユニバーサリスで馴染みの店を巡るあの方を見守るのだった。

ポーションやエーテルの薬類、色とりどりのシャード、そして旅先でよく分けてくれたコーヒークッキー。傍目には普段と何ら変わりない様子で買い物を楽しんでいる。心配げに眉を下げている店主と安心感を与えるような笑顔のあの方は、カウンター越しにあれこれと会話をしているようだ。そこには遠い未来にまでその名に希望という意味を遺した英雄ではなく、ただの旅人しかいなかった。
「……ヤ・シュトラ」

隣りに並ぶ魔女を伺うと、心力と活力の霊薬の瓶をそれぞれ両手に持ったまま真剣な表情を浮かべていた。引き結ばれた唇が震え、淡い溜め息と共に振り絞られた言葉が漏れる。
「……状況は決して良いとは言えないわ。本当に気力だけで保っている……エメトセルクの言っていたように、ほとんど光に覆われてしまっているのよ」

視線を落とし、瓶の首を握る手が白くなっている。自らのものと比べると二回りは小さな手から瓶を抜き取り、エクスエーテルと共に赤毛の店主に代金を手渡してから魔女の手に瓶を三本握り直させた。

他の誰にも視えないエーテル──命の輝きを視る彼女にしか分からない焦燥もあることだろう。だが、同じものは視えずとも、共に悩み、考えることは出来る。そういう寄り添い方があると教えてくれたのは、あの方だ。
「おや、外へ向かわれましたね」
「……私たちも行くわよ」

雑貨屋を離れ、買ったクッキーを早速開けながら彷徨う階段亭の方へと向かう背中を見遣りながら、魔女は張り詰めた声を絞り出した。

まだ外の世界が目新しいもので溢れているリーンやいつの間にか好奇心旺盛になったアルフィノ様がゆっくり周りを見られるように、ゆっくり歩くようにしていると言っていたあの方は一人だとこんなにも足が速いのかと驚く。大人二人の足でもついていくのが精一杯だ。

人波の向こうに光を見失わないように、あの方にならって人の合間を擦り抜けてついていく。その最中、人々の話す声に不思議と力強さがあることに気付いた。水晶公という標をひとときでも失った今、心をざわつかせる風が吹いてもおかしくはないというのに。この街の人々は水晶公の、否、グ・ラハ・ティアが示した意志の灯を確かに胸に宿している。

やがて彷徨う階段亭から扉を抜け外周へ出たところで、扉が閉まるたった一瞬があの方の姿を隠してしまった。だが、エーテルの流れを視るヤ・シュトラにはその居所がすぐに見て取れたようで、あらぬ方向を向いていた私を引き戻してくれる。
「……少し、危ないかもしれないわ」
「承知いたしました」

いくつかの可能性が脳裏に過ぎっては打ち消す短い旅路もすぐに終わり、開けっぱなしのクッキーの袋を膝に乗せて芝生に座り込んでいるあの方がいた。足を投げ出してぼんやりと休憩している姿には、戦いの中で見せる鋭さは勿論、その身を蝕む光に苦しむ影も見えない。眉間に皺を寄せるヤ・シュトラにはあの冒険者がどんな風に視えているのだろう。

芝生に歩み入り、躊躇いなくその隣りに膝をつけば、うっそりと虚ろな瞳が私を見上げた。
「休憩であれば、我らも共に――」

膝の上から落ちた紙袋から数枚クッキーが滑り出た拍子に甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

流石、英雄と名を馳せる戦人の動きは速く、反応も出来ないまま私の左腕を掴む手から逃れることは許されなかった。ギシリ、と骨が軋む。

罪喰いは生体エーテルに惹かれるもの。きっと残り少ない思考を掻き集めたのだろう、人気のない場所へ足早に逃れたことにも頷ける。同時に今、白く塗り潰されてしまっているこの方の前にいるのが自分以外の者でなくて良かったと胸を撫でおろした。

第一世界で幾度も相対した光の使徒と同じ気配を前に、腕を握る白い手に自分の手を添えて努めて普段と同じ声音で希望の名を呼ぶ。
「――ウリ、エンジェ……」
「はい、貴方の敏腕まじない師です」
「……ふふ、それ気に入ったんだ」

からからと楽しげに笑い、いつの間にか手を握られていたことに照れ、クッキーの袋が落ちてしまっていたことに慌てる姿にもう戦場のにおいはなかった。芝生に落ちてしまった分はまだ食べれるだろうか、と真剣な眼差しをクッキーに向ける英雄へ私の背後から呪具を外した手のひらが伸び、労りの色を含んで頬から額へやさしく滑っていく。
「ヤ・シュトラ、くすぐったい」
「熱はないようね」
「ありがとう、大丈夫。もうすぐ出発だから、街を見ていたかっただけなんだ」

しっかり覚えておきたくて、と微笑むかんばせに決して死地へ赴くような悲壮感はない。街の人々の想いを、水晶公が守り育てた希望の闇を胸に抱えて共に行こうと、穏やかさの下に高揚感を隠したようないつもの旅立ちの前と同じ気色に喉奥で重いものが詰まる。
「でも、無理は禁物。少しでも異変があれば必ず伝えるのよ」
「はぁい」

もう一度頬を撫でてヤ・シュトラは私の肩に落としていた影を退き、階段亭の方を見遣る。
「ほら、アルフィノ様たちが待っていてよ?」
「本当だ。じゃあ、そろそろ戻ろうかな」
「承知いたしました。我らはもう一箇所、訪ねるところがございます故。後ほど、再び相見えましょう」
「分かった。じゃあ、また後で!」

買った荷物を背負い直し、しっかりとした足取りでアルフィノ様たちの元へ走っていくあの方を二人で見送れば、膝をついたままだった私の隣りにヤ・シュトラが同じようにしゃがみ込む。アリゼー様とリーンが駆け寄って戸惑い慌てるあの方の腕から荷物を引き取り、アルフィノ様とサンクレッドが笑いながら宥めていた。世界の命運を左右する大一番の直前とは思えない、穏やかな時間が流れている。
「……ウリエンジェ」

視線は御一行に向けたまま溜め息混じりに呼ばれた我が名には呆れが含まれていて、きっと答えを誤れば雷を落とされかねないと肩を竦めればまた大きな溜め息を吐かれてしまった。
「この程度であれば、我が術技で事足りるでしょう。大魔女マトーヤのお手を煩わせるわけには参りません」
「そう?ただ、あなたも無理はしないことよ」
「ええ、肝に銘じておりますとも」

細い声で話しながら我らの英雄一行の姿が屋内に入った頃合いを見て、癒しの術を自らの腕にかける。大の大人が二人も、そうでなくても我々は水晶公の客人で視線を引く身分。腕の感覚が戻ったことを確認してヤ・シュトラに左手を貸しつつ立ち上がるが、一行が去った方向を見続けている彼女の表情にはまだ雲がかかったままだ。
「……大いなる厄災の光に隠されていれど、星は我らの空に輝いております……来るべき結末があの方の微笑みによって迎えられるように、私は持ち得る全てを尽くしましょう」

きっと私たちに白聖石という希望を遺した彼女ならば、もっと気の利いた言葉で寄り添うことが出来ただろう。書物の林の中では得られなかった気付きを得た今、まだ未熟な我が身がひどくもどかしく感じた。

遠くを見ていたヤ・シュトラの視線がこちらに向けられる。今の私のエーテルはどのような色なのだろう。不安、焦燥、そして決意。それら全てが色を持っているとすれば、混ざりきったそれは何者にも染まらない闇色をしていてほしい。