そういう気分(※)

※性的な表現があります。
※冒険者の性別・種族の描写はありません。

互いにそういう気分だった。

たまたま手の届くところにこの人がいて、私がいた。ただそれだけであって、手を伸ばしたことに深い意味も情も、将来性もない。

だから、互いの気が済むまで必要な手順だけを踏んで、あくまで事務的に事が進むはずだった。少なくとも自分はそのつもりでしかなかったし、今だってそうだ。

だというのに。淡薄であるように意識したこちらの動きに反して、今まさに私を暴くこの人の愛撫は執拗そのものだった。頬を撫でた長い指先は首、鎖骨、胸、肩、側腹、背中、足を辿り、しかし本命であるはずの中心は避けて通り過ぎていく。更に何が楽しいのか耳に口を寄せて、時折舌先で中を擽っていかれる始末。

いたずらに高められていく熱が体の中で渦巻いて仕方がない。いい加減にしろ、と苦言を呈すためにやっとの思いで音にした言葉は愚かな私が口を開く時を待っていた指と共に口腔に吸い込まれていった。

ぐちぐち、と舌を捏ね繰り回され、引き起こされる水音までこの人に味方するように、安宿の壁に反響して耳を犯す。

その間も徐々に熱を帯び始めている核を触られることはなく、遂に堪忍袋の緒が切れた私は、何が悲しくて真正面──否、今は膝に乗せられて背中を預けさせられているせいで背後だが──に共寝の相手がいるというのに自らの手を伸ばす。だが、それもお見通しとばかりに他人の体を好き勝手まさぐっていた方の手で私の両腕をまとめて捕まえ、普段のやさしさはどこへやら、持ち前の筋力でシーツの海に落とされた。どこにも痛みを覚えないのは私の柔軟性の賜物か、それともこの人の百年仕込みの器用さのお陰か、今は考える余裕すらない。

いくらやさしく降ろされたとはいえ、少なくない衝撃で安宿らしい作りの寝台がギシギシと今日一番の、ただし情緒もへったくれもない音を立てる。

文句の一つでも言ってやろうと仰げば、決してお世辞にも長身とは言えないが実戦の中で磨かれた無駄のない筋肉がついた、一言で言えば見事な体躯に今度こそ組み敷かれ、至近距離で紅い瞳に見下ろされている状況を理解する。その瞬間、無意識に上下した喉を知ってか知らずか、ついさっきまで耳を弄っていた舌先がチロリと形の良い唇から覗き、熱を発散するようなじとりとした湿っぽい吐息が頬を撫でる。

顔が広いとはいえ知り合いの目が一つも届かない、月光すらない、路地裏のうらぶれた安宿という狩場。狩猟本能に浸された視線が、熱が。

喰われる。
「……なあ、もう良い?」

久し振りに聞こえた声に操られるように、私はいつの間にか離されていた手を伸ばす。

欲に光る瞳とは裏腹に場違いなほど無邪気な笑顔を見せた腹上の人は、幼子を宥めるようなやさしさで私の頭を抱き締める。そして待ちわびていた中心へとゆっくり、ゆっくり、そう、それは戦場で最高潮に昂ぶった瞬間にだけ見える自分以外の全てが遅くなった世界のように。押し上げられ漏れ出る声にならない声を楽しむように。

やがて、最奥に至る頃に使い物にならなくなった視界が揺れる中、他人事のように聞こえる自分の声を聞いた。