水晶公と冒険者がパンツ一丁で大冒険する話
※冒険者は男性、ジョブは戦士です。種族の描写はありません。
星空を眺めながら湯に浸かる、なんて。こちらに来た時は夢にも思わなかった。
それも、私の一番憧れの英雄と二人で肩を並べて温泉に来れるだなんて。夢を見てるのではないか、と顔を湯につけるがしっかり苦しい。夢ではない。
「お?息止め勝負するか?」
「あなたはコウジン族の加護があるから、水の中でも平気だろう?ズルすんなよな」
「バレたかぁ」
私が見落としてしまっている街の様子、クリスタリウムの外のこと、最近食べた美味しいものや昨日の夢の話。第一世界と原初世界とを行き来しながら、冒険を続ける彼の話題は尽きない。他愛もない会話を楽しむ贅沢な時間だ。私たちは久々の休日をクリアメルトで満喫していた。
湯治場として利用されているかつての宿場は、深夜ということもあってか私たちの他には誰も湯に浸かっていない。世話役たちにも先に休むように声をかけたから、今ここで起きているのは私たちだけだ。
「ああーちょっと茹だりそう。一旦涼んでくる」
「分かった。足元に気をつけて」
「はーい」
派手に波を立てながら温泉から上がった彼は、ペタペタと濡れた足音を連れて着替えと荷物を置いている小屋へ入っていった。だが、一瞬でまた姿を現した。やはりもう少し浸かっていたいのだろうか。
「やばい、服がない」
「……は?小屋に置いたはずだろう?」
「ないんだってば、カゴごと」
その表情にはそれまでの緩みきった、もといリラックスしていた時の雰囲気などなく、戦闘中のそれに近い緊迫感があった。水着のパンツ一丁だが。
「……武器や装備は」
「……ない」
「まさか盗人か?いや、しかしここには見張りがいるし……」
「とりあえず探すかぁ」
「待ってくれ、水着のままで行くのか?」
「仕方ないだろ。タオルも何もかもないんだから」
焦りはあるのだろうが、ひどく面倒臭そうに小屋に戻ろうとする彼の背を追う。
風が出てきたためか、風呂上がりの体には少し、いやかなり肌寒く感じて尻尾がいささか太くなる。私はともかく、彼が風邪をひいてしまう前に何とかしなければ。
「もし戦闘になったらどうするんだ?このままでは危険すぎる。世話役の者に服を借りてからでも良いのではないか?」
「それはそうだけど……水晶公、いやグ・ラハ・ティア。俺は戦士だ。意味は分かるな?」
いやに神妙な顔で立てた人差し指を自分の鼻につける、それは彼の決めポーズらしい。パンツ一丁だが。
「……どういう意味だろう?」
「パンツ一丁には慣れてるって意味だ」
「……パンツ一丁で戦う前提で話を進めるのは止めてくれないか?」
確かに彼に限らず、前衛で戦う冒険者や衛兵たちは敵の強力な攻撃を受け流す時、かろうじて下着だけ無事に済むというケースが少なくないらしい。
実際に彼は冒険から戻った時にパンツ一丁、もしくはそれに近い格好で帰ってくることが何度かあった。その度に暁の女性陣に激怒されていたが、アルフィノの遠い目から読み取るに、もはや治ることはないのだろう。ちなみにサンクレッドは微妙な表情をしていた。身に覚えがあるらしい。
「いつものエーテルの武器みたいに服は作れないのか?」
「もう少し塔に近ければ出来るだろうが、ここでは難しいな……」
「そうか……俺は材料さえあれば縫えるんだが、鞄ごと持っていかれるとな……」
温泉の周りを歩き回って探してみても、それらしきカゴは見つからない。途中、世話役が置いているであろう備品を探したが見つけられなかった。せめてタオルを借りたかったのだが仕方ない。
私たちの荷物が奪われたと仮定して、きっと取り戻すには荒事になるだろう。彼の足手まといにならないように動くことを考えると、エーテルの残量的に作れるのは剣と盾が一対、彼の斧くらいがやっと。もう少しクリスタルタワーに近ければ、と詮無いことで悔しさが湧く。
「おーい、見張りのお兄さん」
「や、闇の戦士様と水晶公!?そんな姿でいかがされましたか?ここから先は危険な獣も出る地帯ですよ?」
「どうか何も言ってくれるな……見ての通り、かなり困っているのだ」
「それが荷物一式盗られたみたいでさ。何か見てない?」
「それは災難ですな……そういえば最近、ここから南のジョッブ砦近くでグレムリンが出たと聞いています。いたずら好きの奴らなので、こちらまで来ることがあればやられた可能性はあるかもしれませんね」
「ああ、俺も討伐に参加したな。あいつら、しつこいんだよなぁ」
討伐の時の話を軽く共有していると、温泉に続く道の方角に何か歪な影が蠢いているのが目の端に入り込む。もしやと思い目を凝らしてみると、少々怪しい動きをしているその影は、私たちが求めてやまないカゴとそれを重そうに運ぶ小さい妖精たちだった。
「……どうやら正解だぞ」
「ん?……あっ!あれはグレムリン!カゴも持ってる!」
『バーカ!アーホ!』
「ふざけんな俺のトームストーン返せ!!」
低レベルな罵詈雑言に腹を立てて怒鳴りながら突撃していく英雄に遅れまいと、私と見張りの兵もその後を追って駆け出した。口の中で術式を編み、エーテルで彼の得物を組み上げてその背中に向かって投げる。
「英雄!斧!」
「助かる!オラァ!!」
器用に後ろ手に受け取った彼はそのまま勢いを殺すことなく、作り出したばかりの斧をグレムリンの群れ目掛けて投げつけた。パンツ一丁ながら美しい投擲フォームに惚れぼれする。
「あっ」
だが、斧はグレムリンの間に刺さり、土煙を上げるだけに終わった。
「クソ!速い!」
彼はすかさず斧を抜き取り、グレムリンの群れとの距離を詰めるべく駆け出していく。
その背中は私が夢見てきた、英雄の姿だった。これまで彼が紡ぎ上げた冒険の数々が脳裏を駆け抜け、続けて編み上げている自分用の剣と盾がイシュガルド風になる程に、その姿は英雄そのものだった。パンツ一丁でも私の英雄は格好いい。
「っ右だ!」
グレムリンを追って温泉の方へ駆け抜ける道すがら、右手の木陰から小さい影が飛び出してくる。あわやパンツ大惨事かというすんでのところで、投げつけた盾が小さな影、グレムリンに命中した。
『ギィ……オマエノカーチャンホブゴブリン!』
だが最後の力を振り絞った奴は英雄に向かって罵声を投げつける。ビクリと肩を震わせ、膝を落としながらも彼はグレムリンを投げ飛ばした。
「大丈夫か!?まさか怪我を……!」
私の見えない速さで攻撃をもらったのか、膝をついて顔を上げない彼のすぐ横に飛びこんで肩を揺らす。ようやく見えた目はどんよりと濁って、絶望に沈んでいる。あのグレムリンに一体どんな力があったというのだ。
「……俺なんてモモラ・モラだ……」
「はぁ?」
「俺なんかがパンツはいててごめんなさい……脱ぎます……」
「こらこらこら脱いだらダメだ!どうしたんだよ……何だよ、さっきまでパンツ一丁なんて当たり前みたいに言ってただろ?」
「どうしましたか!」
後から追いついた見張り番に様子がおかしくなってしまった彼を見せると、合点がいったように安堵の息をついた。
「水晶公、これはグレムリンの罵詈雑言の効果で悲しくなっているのです」
「悲しくなっている」
「放っておいてもじきに治りますが、励ますとすぐに治りますよ」
「励ますと治る、とは?」
半信半疑だがグレムリンの対応を知っているのは見張り番の彼しかいない。すぐにでも荷物を取り戻したい今、ここは賭けるしかない。
「……あなたはこの世界で一番格好いい英雄だ。たとえパンツ一丁であっても雄々しい姿は、シルクスの塔を共に冒険した日々を思い出すよ……だから……早く元に戻れよ、エオルゼアの英雄!」
最後に景気付けの平手打ちをかまして完了だ。気持ちの良い音が夜のレイクランドに響く。しかし、パンツ一丁の男二人で平手をかましているこの絵面はなかなかにひどい。
さあ、これで持ち直さなかったら私一人でグレムリンを追いかけることにしよう。だが、次にこちらを見た英雄の目には爛々とした光が点っていた。
「……ありがとう、もう大丈夫だ」
「よかったー……どうなるかと思った」
「すまんかった。さあ、今度こそ捕まえるぞ」
「次に当たったら置いてくからな!気を抜いてくれるなよ、英雄!」
「あんたも気を付けろよ!背中は任せるぜ、パンツ公!」
「誰がパンツ公だ!このパンツ戦士!」
グレムリンに引っ張られて頭の悪いやりとりをしながらも、手では次々と草むらや木の上から奇襲をしかけてくるグレムリンたちを千切っては投げ千切っては投げ。見張り番も奮戦してくれている。彼には後でお礼をしておかなければいけない、いろんな意味で。
しかし、どうしてこんなにも私たちの荷物に執着するのだろう。何か彼らにとって魅力的なものがあるのだろうか。
「獲った!!」
ズザァッとひどく痛そうな音がしたと思ったら、土煙の最中で彼がグレムリン諸共カゴを取り押さえていた。どうやらギリギリの追いかけっこに終止符を打ったらしい。
『ギャー!』
『ハナセ!バーカバーカ!』
「うるせぇーちょっと黙っとけ」
彼は手早く、というよりは中身をひっくり返して空にしたカゴへ、逃げ出しそうなグレムリンを詰め込んだ。ガタガタと暴れるカゴの上に座って、パンツ一丁の彼は悠々とその辺に落とした服を取って着始める。
それに倣って私も彼の服とぐちゃぐちゃに混じった服を着込む。ああ、服とはこんなにもあたたかい文明だったのだな。
「お疲れ様。流石、大捕物もお手の物だな」
「伊達にペット探しやら引き受けてないからな」
シャツから頭を出しながら誇らしげに胸を張る姿に思わず笑みが溢れる。そうやって積み重ねてきたあらゆる経験が、彼を彼らしく活かしているのだろう。
「お二人とも、お疲れ様です。捕まえたグレムリンは、私が後で衛兵隊に引き渡しておきます」
「それは助かる。手間をかけてすまない、君には随分助けられた。礼を言うよ」
彼がズボンを履く間、代わりにカゴを押さえこんでいた見張り番が申し出てくれる。せめての手助けに、とカゴの口を魔法で固く封じる。外から解呪するまでは決して逃げ出すことはないだろう。
「いえいえ、これも仕事ですから。しかし、何がそんなにグレムリンを引きつけたんでしょうね?」
不思議そうに首を傾げる私たちの会話を聞いてか、カゴの中のグレムリンがまた暴れ出した。
『オタカラ!ヨコセ!』
『オタカラオタカラ!』
「お宝?何のことでしょう……グレムリンといえば機械類ですが」
「俺は風脈のコンパスくらいかな……パンツ公、何か持ってる?」
「パンツ公と言うな。そうだな、持ち物の中に機械らしいものは……あ」
ごそごそと服をまさぐっていると、硬質なものに当たる。明らかに自然物ではないそれを引っ張り出してみると、随分前に使ったアラグの転送装置が出てきた。
「転送装置じゃないか。何で持ってんの?」
「……使ったきり、ポケットに入れたままにしていた……」
「おい」
何というオチだ。自分の不始末でこんなパンツ一丁での冒険になるなんて。穴があったら入りたい。
「しっかし、水晶公と冒険出来たのは楽しかった!また来ような、クリアメルト」
「あ、ああ!もちろんだ」
「次はぜひゆっくりいらしてください。みんなでお待ちしております」
こうして、パンツ一丁というギリギリな状況下、ひとときの冒険は幕を閉じた。
この後、湯冷めをした二人共が仲良く医療館の世話になったのは言うまでもない。