Day001~010

Day001:侍の言うことには

※光の戦士ではない侍と戦士の会話

自分の表情なんて、思った通りに出来ているかなんて意外と分からないものだ。

特に強敵を前に、本気で命の危機を感じている時なんて尚更だ。ただただ敵を倒すことだけに集中していると、表情なんて無意識の領域に追いやってしまう。僕は今、泣いているのか、絶望しているのか、怒りを露にしているのか。分からないし、きっとこれから先も分からないだろう。

少なくとも、僕は刀一本で敵を斬り伏せていて、目の前で斧を振るう彼女はこれ以上ないくらい生き生きとした笑顔を咲かせている。

今はそれだけ分かればいい。
「あんたさ、もっと笑ってりゃいいのに」

無事に帰り着いた宿場で遅めの夕食をつつきながら、相棒が不意に投げかけてきた言葉は予想だにしていないものだった。お前の方が、と咄嗟に言いかけて止めた自分を褒めたい。
「……どうした、藪から棒に」
「さっきの戦闘中、結構危ない時があったでしょ?黒いのがいっぱいいた時」
「ああ、エイビスに囲まれた時は流石に死ぬかと思った」

しみじみと先の戦闘を思い出す。腹の底に響く咆哮、食い散らかしたばかりの獲物の鮮血にまみれた巨体。それがこちらの倍以上の数で囲んできているとなれば、ある意味の覚悟はするというものだ。
「気付いてないみたいだから教えてあげるけど。あんた、ああいう時ほどめちゃくちゃ良い笑顔してるんだよ」
「そん、なことはないだろう。あの状況で笑えるか」
「あるって!盾役でずっとあんたらを向いてるあたしが言うんだから、本当だよ」

確かに、斧を振りかざして先陣を切っていく彼女はある程度敵を引きつけてからは足を止めて、後続の僕らと挟撃の態勢を執るのが常だ。

要は僕が彼女を垣間見る時、彼女もまた僕を見ていたということだった。
「あんた、折角きれいな顔してるんだからさ。ほら、笑ってみなって」
「……考えておく」
「ほんっと、あんたって素直じゃない奴」

Day002:楽しくなったなら

※ある夜、アルフィノと光の戦士が踊る話

聖なる竜を訪ねる旅はじきに白亜の宮殿へ至る。

長く感じた不慣れな旅も、終わりが見えると途端に短く、名残惜しい時間だったと感じるのはきっと私の幼さなのだろう。

パチパチ、木がはぜる音が心地良いと知ったのは旅に身を置くようになってからだ。

交代で焚き火の番をすることも始めは任せてもらえず、朝までしっかり眠って体力とエーテルを回復させることに集中しろ、ときつく言いつけられたことも最早懐かしい。
「アルフィノ」

静かな寝息を立てていた光の戦士、エオルゼアの英雄がいつの間にか目を開けて、こちらをじっと見つめていた。ひそめられた声はか細くとも確かに私に届く。
「まだ交代まで時間があるよ」
「エスティニアンは?」
「辺りを見回りに。もうじき帰ってくると思うのだけれど……」
「そうか……アルフィノ、旅は楽しかった?」

遂に身を起こしてしまったその人の澄んだ湖のような瞳が促す。つつかれて勢いを増した火が揺らいでいる。きっと私も頼りなく揺らいで見えていることだろう。
「……この旅は戦いを止めるための旅だ。楽しむようなものじゃないと理解しているよ」
「本当は?」
「……いろんなことを体験して……知識が経験に、身に染みることは、とても楽しかった……」
「よかった」

隠していたわけではない本音を引き出せてご満悦のその人は、私の言葉を咀嚼するようにゆらゆらと体を左右に揺らしていた。これ以上のことはないというように、ひどく嬉しそうに。
「アルフィノ、踊ろう」
「お、踊る?!」
「楽しい時は踊らなきゃ!ほら、おいで」

寝起きとは思えない軽やかな身のこなしで焚き火を飛び越え、その人はたちまち私の両の手をさらった。軽々と立ち上げられた私の体ごと、不慣れなステップを刻む。

二人分の楽しい気持ちに全てを預けた時間は、エスティニアン殿の帰還と呆れたような舌打ちで幕を閉じるまで続くことになる。

Day003:黎明の詩

※エメトセルクから、あの人への言葉

太陽が落ちるなどと、あの日の誰が想像しただろうか。

去っていく背中に言葉の一つも投げかけられなかった日。何処かで変わらず脳天気な笑顔を振りまいていれば良いと思っていた。たとえ、それが私ではない誰かに向けられていたとしても、生きていればそれで良いと。

いつでも一番近くにいたというのに、手が届かない──否、伸ばすことすら出来なかった私が、対極にあるあいつをどうして引き止められたと言うのか。仕事に没頭することで、自らに言い聞かせるしか出来なかった。

私たちは道を違えたのだと。だから、あいつが世界ごと魂を分断され、ヒトではない十四の欠片になったとしても仕方のないことだと。

だが、あいつはどんなに散りぢりになろうと、あいつでしかなかった。かつて散々困らせられた力は見る影もなく、太陽の如き魂の輝きが厚い雲に遮られたように薄まっていてもなお。勝手気ままに旅をしては、往く先々で人とふれあっては自分を顧みずに人助けに奔走する。あの頃と違って満足な魔法すら使えないなりそこないたちは、生傷が絶えない旅を続けながらも、それが魂に刻まれている生き方だとでもいうように走り続けていた。しかも、統合を進めるにつれて、その色は濃くなっていく。

今代の英雄もまたあの輝きを身に宿している。当時の記憶と力を取り戻させてしまうことも出来ないほどに光に侵された魂は、決して私たちの真なる願い、かつての景色を思い出すことはないだろう。

ならば、忌々しい光から解き放たれる時まで、美しいお前自身の輝きが取り戻されるまで、私は抗い続けよう。宿願の果てに立った私は、いつか言えなかった言葉を伝えよう。いつかの私が伸ばせなかった手を差し伸べよう。

太陽は必ずまた昇るのだから。

Day004:浮かぶ春

※ある槍術士がエスティニアンに火を勧める話

十八の春。クルザスの厳しい寒さも少しだけ緩むこの時期が俺は好きだ。まだドラゴンに故郷が焼かれる前、兄弟たちと誰が一番多く岩の生え際に生えている芽を見つけられるか競争をしたものだ。

皇都からドラゴン族との戦が終わったと報せが入ったのは、そんな頃だった。

決着をつけたのは、エオルゼアで英雄と呼ばれる人だったそうだ。邪竜を討ち倒すくらい強い人なら、きっと筋骨隆々の巨漢に違いない。一度でいいからその戦いぶりを間近で見てみたいものだ。
「すまん、少し火に当たらせてくれないか」

一応見張りの番をしているとドラゴンの代わりに旅人風の奴が現れた。その長躯よりも更に長い槍を携えた男はやけに身軽な格好だったが、悪い奴が花束を携えていることもないだろうと断じて、そのまま火の側を勧めてやった。
「なあ、兄さんも皇都から来たのか?そんな軽装備で何処行くんだ」
「ファーンデールへ。方角はあっちで合っているか?」

どっかりと腰掛けた兄さんが指差した方角は、確かにファーンデールがあった方角だった。だが、そこには跡地こそ残っているが、少なくとも旅の目的地にするところではなかったはずだ。
「確かに合ってるけど……あっちはもう何もないぜ?」
「ああ、よく知ってるさ。火、ありがとうな」

さっさと少ない荷物と可憐な花束をまとめて、兄さんは他人との会話を厭うように火から離れようとした。その背中にどうしてか、見覚えがあるような気がした。
「兄さん、俺も槍を使うんだ。その誼みでこれ、やるよ」

とっさに去りかけた背中へ自分が巻いていたマフラーを投げる。背中越しに受け取った兄さんはやっぱりその業物に見合うだけの戦人らしい。
「……すまん、助かる」
「いいってことよ!気をつけてな!」

珍しく晴れた今日は雪の反射が強い。竜騎士のように大きく跳躍して去っていった白い髪の兄さんは、じきに見えなくなっていった。

Day005:酒宴

※パッチ5.0ラスト、エスティニアンを呼び止めて一緒に飲む話

レヴナンツトールの雑踏の中でも目立ちすぎる長身を目印に、銀糸を揺らめかせる背中を追いかける。イシュガルドの病院を抜け出した後、直接顔を見ることがなかった彼とは話したいことが多すぎる。
「エスティニアン!」

周りの目も気にせず声を張り上げても一向に振り向こうとしない彼に、加減しつつ突進を喰らわせる。よもや倒れるかと思って一瞬ヒヤリとしたが、見事に鍛え抜かれた蒼の竜騎士はバランスを崩すどころか、背中にくっついている私の体を槍のように自分の正面まで振り回して、姿勢を正してくれるまでを一息でしてくれた。何という体幹と筋肉。
「よぉ、相棒。話し足りないって顔だな」
「分かってるなら話は早い。飲みに行こう。どうせ行くつもりだったでしょ?」
「へへ、流石英雄殿は何でもお見通しだな」
「はいはい、いいから早く」

モードゥナでご飯となると、さっき飛び出してきたセブンスヘブンに引き返すことにした。あの酒場なら人も多すぎず、酒の種類も豊富で食事も美味しい。まだ日が沈みきっていないこともあり、客の人数もまばらだ。隅の席を陣取って、とりあえず麦酒と適当な肴を頼む。
「それで。今まで何してたのか聞かせてよ」
「ん?さっき俺の過去を視たんだろ?」
「視えたのは帝都に潜入してる時の記憶だけ。イシュガルドからこっち、何してたのか聞かせてもらおうか」
「ふん、そうだな……まずは、帝国との第一線で眠りこけた英雄殿を助けた話でもするか?」
「ぐっ……その節は大変お世話になりました……」
「……もう体には問題ないんだな?」
「うん、第一世界で死ぬかと思ったけど、もう大丈夫」
「おい待て。何だそれは、詳しく聞かせろ」

第一世界に喚ばれたこと、諦めない人々のこと、アシエンの目的と彼の言葉、そして水晶公のこと。全てを語りきることは出来ないけれど、麦酒の空き瓶がずらりと並ぶくらいには時間をかけて話した。

Day006:連綿

※水晶公のサンダルが壊れる話
※冒険者はアウラ・ゼラの男性です。

「うわっ」

突然、下からバチンッと何かが破裂するような音がして体勢が崩れる。が、咄嗟に隣りを歩いていた彼が腕を引いてくれたお陰で、衆目の前での転倒は免れた。
「すまない、助かった」
「び、っくりしたぁ。すごい音がしたけれど、一体……」
「どうやら、これだな」

はしたないが左足を上げると、甲の部分の紐が千切れ、底が捲れてしまったサンダルが足にぶら下がっていた。長く愛用していたが、どうやら遂に寿命が来てしまったらしい。
「あちゃー……派手に壊れてるな」
「そろそろ替え時ではあったのだ、仕方がない」

往来のど真ん中でいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。適当な端へ避けようと彼に提案すると、次の瞬間には掴まれたままの腕を引かれて、黒曜石の角を避けつつ、肩に担がれていた。あっという間にドッサル大門の階段に座らされたが、これは転ぶより恥ずかしい。
「しっかし、随分な年代モノだな。これもアラグの遺産か?」
「いや、ミーン工芸館の職人がくれた試作品だ。もう何十年前だったか……履き心地が良くてね、修理をしながら使っていたんだ」
「はぁ……その人は凄く腕のいい職人だったんだな」
「ああ、今は孫が跡を継いでいるよ」

立派な尻尾を揺らしながら、しきりに感嘆の溜め息を漏らして壊れたサンダルを眺めていた彼は、それを聞くと何か思いついたようだ。ニンマリとしたかと思えば、彼よりも随分軽いのだろう私の体をまた肩に担いで、いずこかへと走り出した。

「ありがとう、あなたには助けられてしまったな」
「職人が頑張ったんだ、俺は何も。よかったな、水晶公。やっぱり君はその靴がしっくりくる」

ミーン工芸館に出入りしている彼は、話題の孫本人から同じ話を聞いていたことを思い出したらしい。

私ごと店に駆け込んだ彼の顔を立てて、職人が翌日には同じ仕様の、しかしもう一段履き心地の良いサンダルを届けてくれた。今はそのお披露目会だ。
「サンダル一つでもさ、こうやって技術っていうものは受け継がれていくんだな」

サンダルを通して、職人たちが、街が絶やさぬように伝えてきた歴史を愛しんでいるのだろう。

そう言って、わしわしと大きな手で耳ごと頭を撫でられる。垣間見えた眼差しはあたたかく、やさしいものだった。

Day007:幻でも

※冒険者と幻影の都市で出会った彼の話。

あちらが頑なな態度を崩さない以上、青年は起こり得るあらゆる可能性を考え続けていた。いくつもの戦場を駆け抜け、いくつもの謀略の果てに今が在るからこそ、そのケースも青年本来の性質ではないにしても予想出来ていたのだ。

それでも。

たとえ創り出された幻であっても、嬉しいと思ってしまったのだ。

クルザスの雪原のように白く滑らかな髪も。冷たい色の奥に誰よりも熱い友愛を湛えた瞳も、ここに在る。二人の護るべき者たちを伴い、雪道を越えた都。あの日のようにお父上と言葉を交わす様子に、自然と視界は歪んだ。青年は嗚咽を抑えることも、流れ出る涙を拭うことすらも出来はしない。

それでも、膝をつくことはしなかった。降りしきる冷たくない雪の中、少しずつ呼吸を整える。

記憶の中と同じく大きな身振り手振りを交えて、何かを必死に訴えかけている彼に青年は手を伸ばした。ふれたその手に温度はない。目の前で生きている彼が、確かに幻だということを識らしめただけだ。

その瞳が確かに輝いている。

親愛を以てもたらされる光が何度青年の窮地を救っただろう。それは今もまた青年を救わんと、燦然と輝いていた。

色あせかけていた友の色は、心を打ち砕かんと創られた幻であったとしても、青年の胸に澄みきった蒼天をもたらしたのだ。
「……見ていて、最後まで笑っているから」

もう青年は涙を流していなかった。

凪いだ幻影の都市にイイ笑顔だと褒めてくれる声が風をまとって、再び駆け出す背中を押すように吹いたような気がした。

進むほどに怨讐も愛惜も恐怖も蘇っては襲い来る。だが、そのどれもが最早青年に涙を流させることも膝をつかせることも出来ない。胸の中に現れたどこまでも高く天を衝く蒼のように、青年は幻影の都市を突き進んでいく。

Day008:君の速度で

※ちょっと無茶をした彼を冒険者がお見舞いする話

「戻りました」
「あ、おかえりなさい」
「ただいま、アリゼー、アルフィノ」

セブンスヘブンの奥の扉を抜けて石の家へと足を踏み入れると、銀色の双子が揃って出迎えてくれた。体を夜風が冷やし始める頃、原初世界で溜めこんでいた用事を少しずつこなしては、石の家へ帰るのが習慣になりつつあった。

用事の中にはまだ遠出をするには体力が戻りきっていない暁の賢人たちの依頼も入っていて、なんだか冒険者を始めた頃のような懐かしい気持ちを抱えてエオルゼア中を駆け巡る日々が続いていた。
「今日もお疲れ様。そうだ、君に報告があるんだ」
「ん?何か変わったことでもあった?」
「グ・ラハが倒れたんだ」
「……はぁ?」

カチカチと秒針の音が未明の間に響く。

少しだけ苦しげな呼吸に合わせて、掛け布団が上下にゆっくりと膨らんではしぼんでを繰り返していた。

昨日、一緒に連れて行けとねだるグ・ラハを置いて出掛けた後、彼は大人しくルヴェユールの双子と銀泪湖に鍛錬へと出向いたらしい。走り込みと筋トレの後、アリゼーとの模擬戦中に倒れたそうだ。小柄なミコッテ族とはいえ完全に力の抜けた人間は重かったようで、二人で協力して引きずって帰ってきたと、事の顛末を聞かせてくれた双子の頭を思いきりかき混ぜたら怒られてしまった。

クルルさんとヤ・シュトラによると、ただの過労らしい。
「……ふふ、前とは逆だ」

普通の人間の睡眠より何十倍も長く眠っていたせいで失われた体力と筋力を取り戻そうと、結構なハイペースで鍛錬に励んでいたこと。更には水晶公として習得した魔法をグ・ラハの体でも使えるようになろうと、自主練までしていたらしい。
「私には無理をしないで、とか言うくせに……君ってやつは、本当」

汗で額に張り付いた夕焼け色の髪を避けてやる。私の手をむずがっているのか、もごもごと口を動かして眠る姿は年相応、もしくはそれよりも幼い印象を受ける。
「もう無茶しなくてもいいんだよ、グ・ラハ」

囁いた言葉はまた深く眠っている彼には聞こえていないだろう。もう十分すぎるほど頑張ったグ・ラハには、この世のすべての幸福が彼に降り注ぐように密かな祈りをこめて、せめて彼が起き出すまではここにいようと思う。

Day009:帰ってきたら

※旧い時代のアーモロートにて、エメトセルクがあの人と果実酒にまつわる約束をする話

コンコン、と控えめにドアがノックされる。相手は分かっているから返事はせず、風を使ってドアを少しばかり開けてやると、そいつはすぐに中へと入ってきた。
「エメトセルク」

静謐を尊ぶアーモロートの中でもカピトル議事堂深部は、特に落ち着いた雰囲気に包まれている。その静寂を破るように執務室を訪れた奴は、中に入ってきながらごそごそとローブの袖をまさぐっていた。だらしのない姿に思わず溜め息が漏れるのは仕方がないだろう。そもそも行儀が悪いから何でも袖に入れるのは止めろと言っているのに、こいつは一向に止める気配がない。

しばらく探っていたがようやく目当てのものを見つけたらしい。引っ張り出されてきたのは、大きな口が特徴的なガラスの瓶だった
「ああ、あった。これ、預かっていてくれないか?」
「……何だこれは」
「果実酒というらしい。この間、任務で赴いた土地で教えてもらったんだ。好きな果実を度数の高い酒で浸して発酵させるものだそうだよ」

瓶の中の琥珀色の液体はライトに照らされてとろりと揺らめいている。中に入っている果実は柑橘類のようだ。
「実は教わってすぐ作り始めたのだけど、まだ出来ていなくてね」
「そんな時間をかけずとも、魔法で何とでもなるだろう?」
「エメトセルク、こういうものは手間隙をかけるものだよ」

こいつはこういった非効率なことを好む。本人の言葉を借りれば『情緒があること』らしいが、余人には恐らく理解され難いことだ。泉のように溢れるイデアとそれを活用して世界を正しく回す私たちにとって、食事という娯楽にかけられる時間は少なく、命を維持するだけなら栄養のあるものであれば何でも良い。
「今度の任地は少し遠いから、持ち物は少ない方がいいんだ」
「それなら自分の執務室に置いていけばいいだろう」
「それでもいいのだけど、何故だろうね。あなたに持っていてほしいと思ったんだ。もちろん、無理強いはしないさ」

どうかな?と小首を傾げながら瓶を掲げてみせるそいつは、そうは言いつつも私に断られるとは微塵も思っていない。そういう奴だ。事実、瓶を置いておくのに都合の良さそうな場所を勝手に物色し始めている。
「……いつ飲めるようになるんだ、その酒は」
「そうだなぁ……私が明日からの任務から帰った頃かな」

何故いつもいつもこいつの好きなように事が運んでしまうのかと、少々自分に情けなさを感じつつ、せめて溜め息混じりに席を立って魔具を並べてある棚にスペースを作ってやる。書類やイデアを込めるクリスタルに混ぜて置かれると、流石に見つかった時の言い訳が面倒だ。
「必ず取りに戻ってこい。いいな」
「もちろん。その時はヒュトロダエウスも呼んで一緒に飲もう。きっとあなたも気に入るよ」
「……気が向けばな」

Day010:春追い鳥

※ある冒険者と通りすがりの光の戦士の話

千年も続いているらしいドラゴン族との戦争は、何年か振りに邪竜が啼いたことによってその激しさを増しているそうだ。お陰で俺のような末端の冒険者にも討伐任務のお鉢が回ってきて、それでおまんまを食わせてもらっているのだから文句はないが。

だが、何分ドラゴン族は強い。タイマンならまだしも、数で圧倒されればあっという間に立場が逆転してこっちが狩られる側になる。
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございました!」
「気にしないでください。あなたに怪我がなくてよかった」

何度も何度も頭を下げて礼の言葉を繰り返し口にする俺は、かなり滑稽に見えていたことだろう。自称通りすがりの青年はそんな俺を笑うことなく、互いの無事を喜んでいた。

討伐対象とその辺から寄ってきたドラゴンに囲まれ、命の終わり悟った俺の前に青年は颯爽と現れた。次の瞬間には目にも留まらぬ大立ち回りを演じて、あっという間に俺たち以外に呼吸をしている生き物はいなくなってしまった。

一瞥するだけでエイビスの動きを止めた青年は、さては名のある勇士なのだろうと訊くと、なんとキャンプ・ドラゴンヘッドに身を寄せている冒険者だという。確かに騎士にしてはいささか技の一つ一つが荒削りで、いかにも実戦の中で磨かれたものだという印象だったから納得だ。
「奇遇だなぁ、俺も今日からドラゴンヘッドでご厄介になるんですよ」
「そうだったんですか。ドラゴンヘッドは良いですよ、みんな良い人だしご飯も美味しい」

降りてくる時はあんなに恐ろしく長く感じたウィッチドロップの大穴も、誰かと一緒なら上り坂でも足取り軽く感じる。

俺はリーヴ目当てにホワイトブリム、青年はアドネール占星台へキャンプを経由して向かうと分かり、途中まで一緒に歩いていくことになった。さっきのようにエイビスに囲まれるかもしれないが、鬼のように強い青年が一緒ならどんな道でも心強い。
「じゃあ、私はここで。またいつか」
「本当にありがとうございました。またどこかで」

手を振って南の方へ去っていく青年の背中を見えなくなるまで見送った。

俺たち冒険者は一度きりの出会いを重ねて生きている。その中で目標となるような輝く光を見つけたのなら、それは最大の幸運だと駆け出しの時に教わったものだ。まさかそんな出会いは自分にあるはずないと思っていた。

いつか、俺も誰かを守れる冒険者になれるだろうか。