一日ヒナチョコボ

※「800words,100days」シリーズにて短期連載していたもののまとめです。

ぽかぽかとやわらかな日差しがペンを握る手の甲をあたためる。

一定のリズムで捲られる紙の音が心地よい。

ふと書類から視線を上げると、向かいには焦がれ続けたその人が熱心に本を読んでいる。

この幸せで、いつもとは違う執務の風景は今朝の星見の間に発端する。

朝一番にクリスタルタワーを駆け上ってきたノルヴラントの救世主は、私以外に誰も星見の間にいないことを確認してから「今日は君が仕事をしている側にいるように依頼されたから、そのつもりで」と宣った。一体誰の差し金かと問うても、匿名の依頼だから言えないの一点張り。冒険者稼業は信用第一、依頼人の希望には最大限応えるのが基本中の基本だという。

大方、ライナや顔役たちが依頼をしたのだろうとは予想がつく。テンペストからの凱旋後、特に忙しくしていたからどうにかして休息をとってほしいのだろう。気持ちはとてもありがたいし、痛いほど分かる。だが、私にとっては今が正念場。どうにか理解してほしいものだ。

しかし、仕事をしている側にいるという依頼内容が引っかかる。今までなら、たとえば医療館まで担いできてほしいとか、闇色シロップを無理矢理飲ませてほしいとか、もっと直球な依頼をしそうなものだが。
「すぐ横にいると邪魔になるなら気付かれないくらいの距離で見ているけど、どうする?」
「その方が逆に気になってしまうから近くにいてくれ。私はあなたがいても嬉しいと思うこそすれ、困ったり邪魔に思ったりすることなんてないよ」

嘘を半分織り交ぜた了承の言葉で以って、英雄と私の奇妙な一日が始まった。

いつも通り過ごしてほしいということだったので、当初の予定通り、街の見回りに出ることにした。主に各施設の顔役たちから報告や軽い相談を受けるためだが、報告書では分かりにくい現場の空気を見にいくことも目的になっていた。通りすがりの衛兵に声をかけ、子どもたちには最近の流行を訊く。

ちなみに今はオカワリ亭のコーヒークッキーが大流行しているらしい。それを聞いた背後の影は何故か満足げな笑顔を浮かべていた。

しかし、私の後ろをついて歩く英雄の姿は何とも、チョコボのヒナに見えて仕方ない。お陰で視界に入る度、だらしなく緩みそうになる口角を引き締めるのが大変だ。まだ始まったばかりだというのに、今日一日が波乱に満ちたものになる予感ばかりが胸をくすぐっていった。
「水晶公、そこの木が何だか気になるなぁ」
「ん?木?」

エクセドラ大広場を一回りして、マーケットに行こうとペンダント居住館前を通りがかった時、急に英雄が私のローブの裾を引く。指さす先には二つの居住館の間に植わっている木があった。住人の子どもたちが木陰で追いかけっこをして遊んでいる。
「うん、ちょっと下から覗いたら分かるかも」

私には何の変哲もない木に見えるが、冒険者として類稀な観察眼を持つこの人は何かを察知したのかもしれない。世界中の美しいものや珍しいものを目にしてきた戦士の直感は、決して無視出来ない。

正直、頭の中は疑問符でいっぱいだが、袖を引っ張られるままついて行き、そのまま木の根元に腰を下ろす。うんうん唸って木を見上げている英雄と一緒になって、何かあるのかと寄ってきた子どもたちの頭を撫でながら視線を上げると、赤く熟れた果実がたわわに実っていた。ああ、もうそんな時期なのか。
「さて、気になることは分かっただろうか」
「うーん……あ、見て」

今度は少し上をさした指に従って視線を巡らせると、柵の向こうに先程まで私たちがいたクリスタルタワーが見えた。朝の澄んだ空気のお陰か、その碧い姿はいつもより輝きが増しているようだ。
「ここから塔が見えるんだね。今日は一段ときれいだなぁ」
「あ、ああ……それで、気になることとは?」
「んー……ごめんね。気のせいだったみたいだ」
「そうなのか?なら、良いのだが……」
「折角だから休憩して行こうよ。ここ、風が気持ち良いよ」

言うや否や肩にかけていた荷物を置いて、その人は思い切りよく背中から芝生へ飛び込む。そのままごろごろ転がって、体中草まみれになっていた。

その無邪気な仕草には子どもたちも大いに笑い、もっと面白くなるからとその辺に落ちていた花弁を乗せられている。大人しく全身を花で飾られている間、暇だったのか器用に顔だけこちらに向けてきた。
「水晶公はこの赤い果物食べたことある?」
「ああ、甘酸っぱくて美味しいよ。丁度この時期が食べ頃でね、また収穫したら届けさせよう」
「本当?やった!」
「そのままでも美味しいが、あなたなら菓子にも出来るだろう。また何かレシピを思いついたら食薬科に教えてあげておくれ」
「はぁい」

そろそろ行こう、と花畑になっていたその人に声をかけると、また気の抜けたソーダ水のような返事を寄越す。体を起こした時に落ちた花々はちゃんと集めて、膝を折って目線を合わせてから子どもたちに手渡していた。
「あのね、このお花はジャムにすると美味しいよ。大人に頼んでみてね」

きゃあきゃあと黄色い鈴の音を響かせて、子どもたちは居住館へと戻って行った。きっと明日、あの子たちの食卓には闇の戦士様お墨付きのジャムが並ぶことだろう。
「お待たせ、行こうか」

よいしょ、と腰を上げたその人は数歩の距離をゆっくり歩いて、私の少し後ろにまた並んでくれた。

芝生から立ち上がってからも英雄は水路の中を覗き込んだり、都市内エーテライトの光が綺麗だと観察し始めたり、マーケットの店の看板やその辺に飛んでいる蝶など、いろいろなものが気になったと言っては、つついたり座ったり寝転んでみたり……先程まで大人しく後ろをついてきていたヒナチョコボの影はどこへやら。まるで幼子をつれている錯覚を覚えるほど、あちこちに興味を持ってはその度に私のローブの裾を引っ張る。

いつもは他人のことばかり優先する英雄殿の小さな『我侭』を叶えてあげられるのだから、決して嫌な気はしない。むしろ嬉しい。
「こんにちは、水晶公。今日は闇の戦士様がお供ですか」

あちこち歩き回ってそろそろ昼頃、巡回の最終地点であるテメノスルカリー牧場に入るとゼム・ジェンマイが声をかけてくれた。

各々会釈をしたり手を振ったりしてくれている飼育員たちへ手を振り返すと、隣りに立っていた我が英雄もそれに倣って大きく手を振る。
「ご苦労様。今日は一日私についてくれているそうだ」
「それはそれは……ご同輩、水晶公をよろしく頼む」
「はい、任されました」

何となく引っかかる遣り取りから始まったが、ゼム・ジェンマイはいつもの調子でアマロやチョコボたちの様子を聞かせてくれた。

先日、牧場で生まれたアマロたちがそろそろ人を乗せる練習を始めるそうだ。その話題の時は熟練のチョコボ使いでもあるこの人も、目をキラキラさせてその時はぜひ呼んでほしいと頼んでいた。勿論そのつもりだったと微笑むゼム・ジェンマイにこの人がいかに街に馴染みきっているかを見てとって、何とも言い難い、胸の中にじわりと広がるものを感じる。
「そうだ!公、スキップに会いに行こう」
「スキップ?……ああ、確かあなたが食薬科と一緒に世話をしてくれているアマロだったか」
「そう!可愛いよ、キュルキュル鳴く声が綺麗なんだ」

そう言ってミーン工芸館の救世主は少々強引に私の碧い手を取ると、馴染みのアマロが休んでいる方へと駆け出していった。揺れる髪も跳ねる靴音も、めいっぱい楽しいと叫んでいるようでひどく胸が痛んだ。本来なら失われていた私たちの星が今、確かに生きていることがこんなにも嬉しいだなんて。
「スキップ、来たよ」

テメノスルカリー牧場の片隅でしっとりと横たわるアマロへ、その人は自らの愛鳥に話しかける時と同じ声音で声をかけた。すぐには近付かずあちらが私たちを見つけて、体勢を整えるのをしばし待つ。

くりくりとした瞳が私たちを捉えて、キュウとひと鳴き。

ゆっくりと歩み寄る私たちに見てほしいと言うように、スキップは近くに置いてあった空の皿をこちらに向かって鼻先で押した。
「あ、ご飯食べたんだね。よかったぁ」

少し誇らしげなスキップと我が身のことのように喜ぶ英雄。眩しい光景を微笑ましく見守っていると、またキュルリと先程とは少々違った鳴き声が響いた。パッとお腹を手で押さえたその人の頬がみるみるう内に赤く染まっていく。
「……お腹鳴っちゃった」
「ふふ、私たちも昼食にしよう」

アマロと同じくらい可愛らしい鳴き声を持つ腹の虫を飼っているその人を昼食に誘うと、恥ずかしげな表情は引っ込めて誇らしげに、肩にかけていたカバンの口を開けて中を見せてくれる。
「実は今日お弁当を作ってきました!」

カバンの中身を覗き込むと、そこにはさまざまな種類の料理で彩られた保存容器がぎっしり詰め込まれていた。まだ蓋を開けてすらいないのに芳しい匂いが鼻を掠めていき、大変食欲を誘う。
「もしかして、朝からこれを持ち運んでいたのか?すまない、重かっただろうに……」
「全然平気!折角なら景色の良いところへ行こう」

そう手を取られて向かったのは、果樹園にほど近い物見台だった。レイクランドとクリスタリウムを一望出来るここがお気に入りなのだとその人は言う。かつて偽造神殿から帰還した後もここで考え事をしたものだ、とも。

第一世界の光の戦士との思い出の場所、我が友人にしてこの人の美しい枝との語らいの場所。その横顔に見える薄い陰りは見間違いではないだろう。

縁に座って足をぶらつかせながら、カバンの中から次々と取り出される料理の数々に舌鼓を打ち、一口ごとに感想を述べると我が英雄は少し恥ずかしそうにしながらも嬉しいとはにかんでいた。いつもより軽装ということも相まって、目の奥で煌々と輝く強い光にさえ気付かなければ、まるで戦人には見えない。

未だに暁のみんなを元の世界に戻すための術の構築は難航しているし、今だってまさに職務の合間だというのに、こんなにも穏やかな時間を過ごしていても良いのだろうか。
「ご馳走様、とても美味しかったよ」
「お粗末様でした。ふふ、お腹いっぱいだ」
「食べ過ぎてしまったかな、少し苦しい……」
「いっぱい食べてくれたもんね……そうだ!まだ次の予定まで余裕があるでしょう?お昼寝しよう」
「ひ、昼寝?ここで?」
「そう!はい、おやすみー」

そういうや否や、左腕を引かれて芝生での時と同じようにバタンと勢いよく背中から倒れてしまった。一応ふんばってはみたが抵抗虚しく、私の体もろともに。床に背中をぶつけないよう、しっかり腕でクッションをしてくれるところは流石の一言だ。
「ちゃんと起こしてあげるから、ゆっくりしてね」

遠い日に天幕で寝付けないとあなたがごねた時のように、頑張りすぎて寝込んだいつかのように、やさしい力であやすように肩を叩いてくる。不慣れな手つきは力の入れ方を探って、弱くなったり強くなったり、行きつ戻りつを繰り返して眠りの波を呼び寄せようとしている。
「お昼寝は午後からの作業効率も上がる頭の栄養なんだって、ウリエンジェが言ってたんだ」

だから安心して、とにっこり微笑んだ英雄が耳の毛並みを整えるように梳いてくれた。眠気よりも別な何かが押し寄せて、ぶわりと尻尾が太くなる。こんな状態で眠れるはずがない。

そのはずだった。

「起きて、水晶公」
「……っは!」

ガバリと起き上がると同時に、確かに自分がさっきまで深く寝入っていたことを教えてくれるように頭がぽわぽわする。あんな状態だったのに自分はすぐに寝落ちたというのか。もしかして自覚がないだけですごく疲れていたのだろうか、と半分覚醒しかけている思考が回り始める。だが、どこか自然に寝落ちたというには違和感……何故かエーテルの残滓が耳の辺りを漂っている気がする。
「……あなたの今日の装備。白魔導士だな」
「……ばれたか。怒っている?」

まだ寝転んだままのその人をじっとり見下ろしてやると、悪戯がばれたこの人は少し目を細めた。謝意を伝えるように横たえたままの体の影に隠していた、未だエーテルが香る杖が差し出される。

細かい傷がそこかしこについているものの、美しくてしなやかな木の杖だ。じっと見惚れている内に、もう今日は魔法を使わないというように一瞬で装備を細身の軍装へ換装しながら、その人は上体を起こす。
「怒っていないさ。むしろ……」

サア、と素直な風が私たちの髪をかき乱すように吹き抜けていく。高い場所にいるから少しだけ勢いを持った清風は重みのある鎧をも揺らし、金属同士の擦れる音を微かに響かせた。
「むしろ、ここで昼寝するのはこんなにも気持ち良い……ずっとこの街にいるのにあなたから教えられるなんて、私もまだまだだな」

にこり、と笑って見せれば心配そうな表情はやわらかくほぐれ、また誇らしげな色が混じる。
「君とみんなが造ったんだ。知らないことがあるなんて、何だか勿体ないよ」

だから、と腰を上げたその人に見下ろされながら、今度は差し出された手を握る。立ち上がるとより近くなる視線がこそばゆい。
「今日のお仕事が終わったら一緒にご飯食べに行こう。私が探検した君の街のこと、いっぱい聞いてよ」
「!……ははっ、こんなにやる気が出る誘い文句は初めてだ」

やる気を示すように、掌と拳を胸の前で当てるこの人がよくやる仕草を真似ると、嬉しそうでいて少し恥ずかしそうにその人は笑みを漏らすのだった。

「水晶公、ここにいらっしゃいましたか。あら、今日は本当に闇の戦士様とご一緒だったんですね」
「ライナさん、こんにちは」

今までで一等贅沢な休憩時間を過ごした高台から降りると、丁度ライナに声をかけられた。その口振りでどうやら探させてしまったことと、背後にぴったりとくっついているこの人が想定外だったことを知る。
「ライナがこの人に依頼をしたのではなかったのか?」
「依頼?いいえ、街中で噂になっていて知ったくらいですよ」
「そうか……いや、待ってくれ。噂になっているとは」
「お二人が一緒にいらっしゃると、それだけで目立つということですよ」

当たり前のことを言わせないでほしい、というように呆れた様子で肩を落とす孫娘はすぐに切り替えて凛々しい衛兵隊長の顔に戻り、大事そうに抱えていた書類を差し出した。
「こちら、先日の会議で議題に上がった居住館についてです。急ぎ目を通していただきたいのですが……」

そこまで言ってライナはちらり、と背後の人に視線を送る。私たちが二人でいればきっと何か用事をしていると想像したのだろう、でもそれ杞憂だと示すように差し出された書類の束を受け取って早速数枚に目を通す。内容は住民の増加とそれに伴う居住館の増設、老朽化している居室の改修と管理人の増員。
「ありがとう。過去の資料も確認したいから、博物陳列館で読ませてもらうことにしよう。確認次第、返事を寄越すよ」
「承知しました……あの、闇の戦士様。どうか公をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せあれ」

綺麗な敬礼を残したライナは赤いマントを翻して、次の職務へと向かって行った。今日で何度、街の者たちがこの人に私を頼むという旨の言葉のかけただろう。もしかして、この人といると相当頼りなく見えるのだろうか。
「公、行こう」
「あ、ああ……」

午前中と同じようにその人はまた私のローブの裾を引く。さっきまでならきっと気になったと足を止めただろう店の看板、蝶や芝生にも目をくれず、真っ直ぐに博物陳列館へと向かうのだった。

光の脅威が払われた今、クリスタリウムは再び人が集いつつある。夜によって運ばれた希望が足を止めていた人々にも今日とは違う景色を望む力を与えたのだ。そういった人々をあたたかく迎え入れ、共に在ろうとするのがクリスタリウムという街だ。

かつて自分の祖先がクリスタルタワーに導かれ、世代を超えて街を守り育てたように、再び変革を迎えた世界で塔を目指し集った人々はまた力強く飛び立つ。

だが、どんなに勇猛果敢な英雄であっても、どんなに心強い仲間がいたとしても、心と体を休める止まり木がなければいつかは折れてしまう。

二つの居住館はこれまでもこれからも、明日を望む者たちの帰る場所としての役割を果たし続けるだろう。だからこそ、私は居住館に関わる事業は特に大切に考えたいと思ってやってきた。

博物陳列館の窓際の席を陣取ってライナから預かった書類と過去の改修時の資料を見比べると、今回の改修に携わる者たちも同じ気持ちを抱いていることがよく伝わる。現状の人口増加の記録と予測、設計図の線の一本一本、工事の計画の一つ一つに至るまで丁寧で緻密に描かれている。苦労して練り上げたのだろう、過去のものに勝るとも劣らない。

過去資料を見て思い出したことをいくつか書き出していると、ぽかぽかとやわらかな日差しがペンを握る手の甲をあたためる。一定のリズムで捲られる紙の音が心地よい。

ふと書類から視線を上げると、向かいには焦がれ続けたその人が熱心に本を読んでいる。退屈していないようで何よりだ。
「……良いことあった?」
「ああ……子どもたちの成長を感じることほど嬉しいことはない、と」
「そう」

視線に気付いたその人は本から目を離さず、ひそやかな声で短い言葉を交わす。私の返答が余程気に入ったのか、それとも本が面白いところなのか満足げに浮かべられた笑顔を糧にもう一頑張りと視線を書類に戻した。

結局、目を通した書類とメモとをライナに渡せたのはとっぷり日も暮れた頃だった。もうこの時間から何を始めても今日中にきりをつけることは難しいだろう。
「お疲れ様、今日の業務はおしまいだ」
「はぁい。お疲れ様、水晶公」
「あなたも、今日はありがとう……それで、ヒントだけでも聞かせてくれないか?一体誰の依頼だったのだ?」

私の問いを聞くなりその人はぱちくり、と目を丸くして驚いていた。一日中気になっていたのだ、依頼は完遂したのだから聞かせてくれてもいいだろう。せめてヒントだけでも。
「……気付いてなかったんだ?」
「は?」
「いいよ、答えを教えてあげる。私だよ、水晶公」
「……は?」

同じ音しか声にならない程度に、思考が止まってしまっているのが分かる。
「君、根を詰めすぎるからどうしたら休んでくれるか考えていたんだ。でも、頑張ってくれているのを邪魔したくないし……それで、一緒にいたら休憩もこまめに取ってくれるかなぁと思って」

スッキリした、というようにぐっと伸びをして満面の笑みを浮かべるその人は、まるで悪戯が大成功したピクシーのようだった。無邪気で、ある意味で身勝手で、とてもやさしくあたたかい。

普段から突飛な行動をすることはあるが、確かに今日は輪をかけて謎な行動が多かった。昼食のお弁当がやたらと手の込んだものばかりだったのは、数日前に依頼を受けて準備をしたのかと思っていたがどうやら見当違いだったらしい。
「それで?今日の依頼は満足いただけたのかな、我が英雄殿?」
「……まだだよ」

はて、何か取りこぼしがあっただろうかと首をひねっていると、ご不満な様子の英雄殿はくすくすと愉快そうに噛み殺しきれなかった笑みを漏らして、今日は何度となくしてくれたように手を差し出してくれる。
「晩ご飯は一緒に食べるって約束したでしょう。忘れちゃった?」

いくつもいつくも押し寄せる驚きと歓喜の波に水晶公がさらわれていきそうになった。覚えていてくれた、オレだけが楽しみにしていたのではなかった、とただのミコッテの青年が胸の中で踊りだす。だが、それをおくびにも出さず、極めて冷静に私たちの希望の手を取る。
「忘れるものか。今日は疲れただろう、たくさん食べてくれ。もちろん、私の奢りだ」
「本当に?やった!」

私の手を取っていることは忘れている英雄殿は軽やかなステップを刻んで、先へ先へと私を連れて行く。もつれる老人の脚もじきにペースに馴染み、彷徨う階段亭に着く頃には素面なのに街で一番愉快な二人組が出来上がっていた。

席につくなり麦酒の到着も待ちきれない様子で、街の中で見つけお気に入りスポットを挙げはじめる。それが今日一日を共に過ごした中でも一等楽しそうで。やはり、この人は冒険の中に身を置いている時が一番美しい。

ここからは麦酒と闇の戦士様に着想を得たという新作メニューを新たなお供に、長い夜を過ごすこととしよう。