小さくてあたたかい

今までいろんな依頼やお使いをこなしてきたものだ。迷子の猫探しから蛮神討伐、町興しや伝説の武器の打ち直し。

だけど、さっき星見の間から出てきてすぐに衛兵団に所属する夫婦から請け負った今日の依頼は初めての類かもしれない。ゆらゆらと一定のリズムで体を揺らしながら、ひとまず人の往来が少ないホルトリウム園芸館の隅に座って今日の過ごし方を考えることにしよう。

すると、博物陳列館から夕陽色の髪と空色のリボンを靡かせて少女が本を両手に抱えて出てくる。すぐに私に気付いた彼女はパッと笑顔を咲かせて、こちらに軽やかに駆け寄ってくれた。
「あ!こんにちは、今日はクリスタリウムにいらっしゃるんですね」
「しー……こんにちは、リーン。ごめん、ちょっとだけ声小さくしてね」

しぃ、と人差し指を口の前で立てて、声のトーンを抑えるように仕草で伝えると、好奇心が見え隠れする不思議そうな表情を浮かべて、私の腕の中を覗き込んだ。
「?あっ赤ちゃん!ハッ……ご、ごめんなさい……」

リーンが慌てて口を塞ぐが、すぴすぴと健やかな寝息を立てる赤ちゃんを確認して、安心したように息を吐く。そんな彼女のやさしさがくすぐったくて微笑ましい。
「勉強していたの?」
「あ、はい。ウリエンジェから課題をもらったので、参考になる本を借りに来たんです」

そわそわ、気もそぞろな様子のリーンは珍しいものを見るように、おくるみに包まれて大人しく眠る赤ちゃんと私とを交互に見ている。
「あ、抱っこしたい?」
「したいです!じゃなくて、あの……いつの間に赤ちゃんを……?」
「……リーン?私の子じゃないよ?」
「えっ!あっ!ご、ごめんなさい!」

慌てたからだろう、少し大きくなってしまった鈴の音にとうとう腕の中の小さなかたまりがもぞもぞ身動ぎしたかと思うと、そんな小さな体の何処からそんなに大きな声が出せるのか、耳がキーンと鳴るほどの咆哮を響かせた。フェンリルパップは小さくてもフェンリルということか。

赤くなった顔が今度は真っ青に転じて大慌てのリーンと、近くを通りがかった園芸館の職員さんが微笑むのどかな雰囲気が真逆でまた面白い。とはいえ、私も相当慌てていて変な笑いがこみ上げてきた。赤ちゃんの泣きやませ方なんて旅の中でふれてこなかったせいで、全く分からない。
「ごっ!ごめんなさい!」
「大丈夫大丈夫。ほら、ちょっとびっくりしたんだねぇ」

腕に抱いてゆらゆらと揺らしてみたり、高い高いをしてみても全く泣きやまない。おろおろとしたリーンまで泣きそうになっていて、私も少し泣きそうだ。こうなったらハイジャンプで本当の高い高いを見せるしかないのか。
「流石の英雄殿と光の巫女でも赤ん坊には形無しだな。ふふ、この老人に任せておくれ」
「っ水晶公……!」

槍を背負う直前に颯爽とローブをはためかせて、碧い光が腕の中から熱をさらっていった。さらりと流れるような所作にリーンすら何も出来ず、突然の助っ人に固まっている。
「良い子だな」

まるで魔法のようだった。ローブに包むように腕の中で寝かせると、火がついたように全力で泣いていた赤ちゃんはすっと泣き止み、それどころか上機嫌で水晶公の頬に手を伸ばして遊び始めていた。
「すごいです、水晶公!」
「流石はクリスタリウムのおじいちゃん」
「ふふ、街で生まれる子は一度は抱かせてもらっているからな。赤ん坊をあやすなんて慣れたものだ」

そうだよな?と水晶公は機嫌良く腕に収まっている赤ちゃんにやさしい眼差しを向ける。
「この子は衛兵団の夫婦の子だな。どうしてあなたが子守りを?あちらへ渡っていただろう?」
「帰ったらたまたま困っていた二人に会ったんだ。頼んでいた人が急に来れなくなったんだって」
「そうか。ふふ、あなたは本当に何でも引き受けてしまうな」

仕方ないなと言いたげに彼の眉尻が下がる。彼にとっては私もリーンもその腕の中にいる小さな熱と同じ、護るべきものなのだろうと分かるやさしい眼差しを添えて。
「そろそろ昼時だな……この子の食事も用意して、みんなでランチでもどうかな?」
「嬉しい……!どうしようかと考えていたんだ。そうだ、リーンは何が食べたい?」
「私も良いんですか……?」
「もちろん!」
「ああ。それに、赤ん坊とゆっくり接する機会は初めてだろう?きっと良い経験になる」

ぱっと表情が華やぐリーンに私と公も胸があたたまる。私とリーンで水晶公を挟んで三人でムジカ・ユニバーサリスへと買い出しに向かう道すがら、仲の良い兄妹だとからかわれるがそれすらも楽しいと少女は足取りを軽くする。
「微笑ましいね」
「おや、私から見ればあなたも十分微笑ましいのだが」

ちょっと意地悪な笑みを覗かせる水晶公の肩を小突いて、先を行くリーンへと駆けていく。

はじめての子守りは、どうやら楽しい思い出になりそうだ。