いつもの場所
十人に聞けば十人が首を縦に振るだろう、眉目秀麗という言葉が人の形になって歩いていた。
さらりとした上質な絹のような銀髪、すらりと引き締まった四肢、幼さがありつつもエルフ族特有の神秘的な深い森のような雰囲気の漂う容貌が、なんとお二人もいらっしゃるとなれば自然とマーケットの視線はそちらへと集まってしまう。確かあの美しいお二人も水晶公のご同郷の方のはず。
更にただでさえお一人でいらっしゃっても人目を引く水晶公のお客様を両側から引っ張り合いながらお出ましとなれば、気にならない者はいないだろう。きっと今日明日は御一行の話題でマーケットは持ちきりになる。
少しだけ羨ましいと思ってしまったが、美しいお二人の間で困った様子でおろおろされているお客様を見ると、流石に口に出すのは憚られた。
かすかに聞こえる会話を繋ぎ合わせると、どうやら久し振りにゆっくり過ごせる時間が出来た御一行が今日の過ごし方について意見が割れてしまっているようだ。なんとも仲が良くて微笑ましい、と少々見すぎてしまったのだろうか。はたとお客様との視線が交わる。何故だろう、藁をも掴む思いという言葉が思い浮かんでしまった。
「ほ、ほら!アリゼー、アルフィノ。あそこ、私のおすすめのお店なんだ。ちょっと寄ってもいいかな?」
そう言いながらお二人の腕を両脇に抱えて半ば引きずるようにして、御一行は私の店へと近づいていらっしゃった。
「あら、何よ。行きたいところ、あったんじゃない」
「ふふ、もう馴染みの店を作ったんだね。なんだかイシュガルドにいた頃を思い出してしまったよ」
急に動き出したお客様のやや後ろのお二人は、慣れた様子でお客様の後ろについていらっしゃる。先程まで言い争いになりかけていた雰囲気は何処に行ってしまったのか、お二人とも足取りはとても軽い。
「日用品を買いに来ることが多いんだけどね、美味しいお菓子も置いてるんだ。こんにちは、店長さん」
「いらっしゃいませ、お客様。本日はお友達もお連れいただいたんですね」
「はい。私の仲間で、友人です」
お客様はそう言ってふんわりと微笑みながら、両の手に抱えた細い腕をそっと抱き寄せられた。少し気恥ずかしそうでいて、どこまでも果てしない海原のような。そう、これまでにお見せいただいたどんな笑顔とも違う。まだ出会って日が浅いただの馴染みの店の店長などが見せていただいてもいいものなのか、とんでもないものを見てしまったのではないかと罪悪感すら覚える。
やや混乱している私をよそに、腕を抱かれたお二人も特長的なお耳を少しばかり赤く染めて、赤いお衣装がよくお似合いのお嬢様はそっぽを向かれつつもほんの少しだけお客様との距離を詰められ、青いお衣装が凛々しい若君は恥ずかしそうに、しかしお客様と微笑み合われていた。
ああ、この気持ちを何と言い表せばいいのだろうか。
「店長さん?」
「は、あ、申し訳ございません……!さあ、本日はどういったものをお求めでしょうか?」
いけない、お客様を前にして呆けてしまうなんて。気を取り直して接客の態勢に移ると、お客様はすっと長い指で背後の棚を示された。
「いつものクッキーの小瓶を三つ。アルフィノ、アリゼー。何か要るものある?」
「あ、私はこのオイル。丁度手入れ用のが切れたのよね」
「じゃあ、私は……おや、綺麗な色のインクだ。これをいただこうかな」
「かしこまりました、少々お待ちください」
御一行がそれぞれ指し示されたものの準備を整えようと、しばし背を向けて棚と向き合う。肩越しに聞こえる会話も声も和やかで、お客様は本当にご友人が大切で何より心を許されているのだと少しばかり安心してしまった。
「お待たせいたしました」
お客様にはいつもご愛顧いただいているクッキーの小瓶を、お嬢様には武具の手入れ用オイル、若君にはインクをそれぞれささやかなおまけも一緒に店の印を捺した紙袋に入れてお渡しする。
「この紙袋の印……君のクッキーの瓶のものと同じかい?よく食べていたのはここのお菓子だったのだね」
「そうそう。クリスタリウムに着いてすぐ、水晶公に連れてきてもらったんだ」
「ふぅん……もっと早く私たちにも教えてくれて良かったのに」
少し拗ねた様子のお嬢様を宥めるように、ほわりと微笑みを浮かべられるお客様はそんな遣り取りもひどく楽しそうでいらっしゃった。
「ところで、店長さん。今日のお代はいつものあれからじゃなくて、私が出します。二人の分も」
「ちょっと!駄目よ、何言ってるのよ!」
「そうだよ。私たちだって子どもではないのだから」
「いいから、いいから。また今度お願いね」
そう言ってお客様は割り込もうとするお嬢様との間に体で壁を作って、ささっと素早い動作で私の手に硬貨を握らせてしまわれた。いつもの穏やかなご様子とは違って、むきになってお嬢様を『妨害』されている姿に、お支払いの手続きを進める間にも思わず口角が上がってしまう。それに気付かれたのか、とっくに説得を諦めてしまわれた青い若君がふとこちらへ向き直られる。やさしく涼やかな瞳に真っ直ぐ射抜かれると、その美貌も相まって些か気恥ずかしい。
「お店のことはよく聞いています。とても良くしてくれる店長さんがいる、と嬉しそうに話していたのでお会い出来て良かったです。いつもありがとうございます」
「それは、光栄な……!こちらこそ、いつもご愛顧賜りましてありがとうございます」
お客様から面と向かってお褒めいただいたり喜んでいただいたりする機会は、ありがたいことに店を構えてから数え切れないほど経験させていただいているものの、未だに慣れないその幸いで顔に熱が集まり、じわりと目頭が熱くなってしまうことに耐えられない。赤くなりつつあるだろう目を隠すためにも、しっかりと深めに頭を下げて最上級の礼を尽くす。
「何話してたの?」
ようやく納得されたお嬢様を右腕にくっつけて、お客様がこちらの会話へと参戦して来られた。言葉と仕草の隙間に御一行の繋がりを、否、こういったものは絆と呼ぶのだろうか、無尽光とは違った眩しさに目を細める。
「君のことをよろしく、とお願いしていたんだよ。さあ、行こうか」
「あ、おまけ付けてくれてありがとう。手入れ用オイルに使えるキルトはとっても嬉しいわ」
ひょこりとお客様の体の陰からお顔を出されたお嬢様は先程までの拗ねた様子を微塵も感じさせない、それは清々しい青空のような笑顔を見せてくださった。
「また来ます、今日はお騒がせしました」
「いいえ。私どもは、皆様のお越しをいつでもお待ちしております」
再びお辞儀でお見送りをして、雑踏の中に紛れても何故か目立つ御一行のお姿がエーテライトプラザから霊脈へと溶け込むまでその三者三様の背中を見詰めていた。御三方それぞれがまとう空気は異なるが、どうしてだろう、その奥底にある根源は似ていらっしゃるような不思議な方々。
最後に見た足取りの軽さを思い出して、不意に安堵の息が漏れた。ここ数日、街中で囁かれている噂ではお客様も水晶公もひどく疲れている様子を心配する声ばかりだったから、心休まる時を過ごされていて良かった。ただの顔馴染みには過ぎたる想いだろう、だから決して明かすことはない。
「ごめんください」
「あ。はい。ただいま」
私に出来ることは、水晶公やお客様がいらっしゃった時に『いつもの風景』を提供することなのだろう。それはきっとこの街に住む多くの者たちが思うことだ。
去り往く人々の旅路に祝福を、巣に戻った人々には安息を。少なくとも私はそういった場所が、時間がここに在り続けるように毎日を生きていこう。