Day061~070

Day061:身嗜みと作法

※ペンダント居住館の入り口にいる修理屋さんと冒険者の身嗜みについてのお話。

外は快晴、絶好の冒険日和だ。

久し振りにふかふかのベッドで休んだ体は新しい発見の予感に疼いて仕方がない。しっかり戸締まりだけはして、そわそわ浮足立ったまま水晶公にもらった部屋を飛び出した。

こんなにお天気なら始まりの湖で釣りに挑戦してもいいかも。あと、コルシア島の海で泳ぎたいし、ラケティカで植物採集もしたいし、アム・アレーンで鉱石を掘るのも楽しそうだ。妖精郷で羊たちと戯れるのも捨てがたい。

出かける前、頭の中でぐるぐると楽しいことが駆け巡るこの時間が大好きだ。すぐにでも走り出しそうになる足を何とか抑えて、いつも通り管理人さんに挨拶を投げかける。
「いってきます、管理人さん!」
「いってらっしゃいませ、お気をつけて」

彼に微笑みを返して、いよいよ都市内エーテライトに駆け寄ろうとしたその時。
「ちょっとお待ちよ」
「うぐっ」

ぐいっと襟首を掴まれて足が空回った。何事かと振り向くと管理人さんはカウンターの向こうで苦笑いしていて、少し視線をずらすと煉瓦色の髪が特長的なミステルが私の首根っこを掴んでいた。
「ハンギ・ルアさん!おはようございます」
「おはよ。あんたね、この上着はどうしたんだい」
「上着?……あ」

ミステルらしいしなやかな指先が摘んだのは、私のコートの裾。ほんの少しだけ破れて糸がほつれていた。

このお気に入りのコートは、出掛ける時はいつも羽織っているお陰で随分と年季が入ってきている。思い出深いから捨てることはせず、時には繕ったり、染めてみたりしていたけれど、どうやら見落としがあったらしい。

出かける前に繕っておこうか。でも、今は冒険に出たい気持ちが勝っている。今日はこのコートは辞めて、違う装備を出そうか。思考が揺れていると、ハンギ・ルアがコートを脱がしにかかってきた。
「な、何……?!」
「ほら脱いで。すぐに済むから」
「で、でも自分で直せますし……」
「修理屋の目の前をボロい装備でうろつかれちゃ困るんだよ。ほら、早く冒険に行きたいんだろう?」

彼女はミーン工芸館に所属する、プロの修理屋さんだ。年中ペンダント居住館の住人たちが持ち込む依頼をこなしているから、冒険の片手間で製作業している私と比べるまでもなく、仕事は早くて確実だ。
「……じゃあ、お願いします」
「毎度あり!」

早速、ごそごそ脱いだコートを片手に商売道具を広げると、たちまち彼女の工房が展開される。
「強い人ほど、道具を大事にするもんだ」
「う……耳が、痛いです……」
「……帰ってくる度にボロボロになって。前線には出られないあたしらは、せめてあんたの身を護る手伝いをしたいんだよ」

レザーをなめす音に混ぜて、ぽそりと呟かれた言葉がすっと胸に刺さる。何かを言わなければいけないような、でも、今の私にはその言葉は持ちえていなくて。
「はい、出来上がり」

仕上がったと同時に広げて見せてくれたコートはまるで新品のような見事な出来だ。流石職人だと溜め息が漏れると、満足そうにハンギ・ルアさんは笑ってくれた。

受け取ったコートを出来る限り格好良く羽織って、彼女の前で一回転してみせる。あなたの仕事はこんなに素晴らしいのだと全身で伝えるために。
「うん、最高に格好良いよ」
「ありがとう、ハンギ・ルアさん!」
「はい、いってらっしゃい!気をつけてね!」

バンっと背中に張り手をもらって、勢いづいた足はそのまま駆け出して、エーテライトを通り過ぎざまに高らかな指笛で相棒を呼び出す。

すぐさま空から降ってきたチョコボに跨って、職人の快活な笑い声と何処からか飛んできた叱声を追い風に、私たちは新しい冒険へと飛び出していった。

Day062:一過

※ラールガーズリーチ襲撃後。仲間を斬られてびびっている冒険者のお話。
※冒険者は男性、ジョブは戦士です。

まるで嵐のようだった。

あいつが居るだけで、ただ軽く刀を振るっただけで全てがひっくり返った。圧倒的な力になす術なく薙ぎ倒されて、残ったのは恐怖だけ。

ヤ・シュトラの障壁が砕け散る、あの瞬間を何度も反芻してしまう頭を振って、適当な石に腰を下ろすと途端に震えが止まらなくなる。

抑え込もうと両の手で斧の柄を握っても一向に収まらない。

次は必ずあの首を獲る。

もう関わらないでくれ。

仲間の、みんなの仇は俺が取ってやる。

逃げ出したい。

ごうごうと吹き荒れる暴風の向こう、遠くから自分を探す声が聞こえる。そろそろ行かなくては。立ち上がろうと足に力を込めようとするが、どうにも上手くいかない。怪我でもなければエーテル切れでもない。
「何処かで死ぬつもりですか、そんな体たらくで」

いつの間にか目の前に立っていた影が、俺の肩を踏みつけている。痛みはない、重さもない。だが、決して立ち上がることを許さない圧を以て、影は俺の体を征服していた。
「死ぬつもりはないし、死なない。だって、俺は」
「ただの冒険者が随分と大口を叩くものですね」

ぐ、と強制力を感じさせず、影は俺を後ろに踏み倒す。背中に砂利が入ったらしくチクチクと痛んで、表情の見えない顔に見下される状況も相まってひどく不愉快だ。
「いいですか。あなた一人で何もかも護れるだなんて思い上がり、ここで捨てなさい。笑いたくない時に嘘っぽく笑うのも、です」
「でも、俺は──」
「忠告はしました。その甘さ、いつか足元をすくわれますよ」

言いたい放題して揺らぎだした影に手を伸ばすも何も掴むことは出来ず、ただ空を掻く手と軽くなったはずの体だけが残された。

宙を彷徨った手で顔を覆い、ゆっくりと呼吸をする。

思い上がりだと。嘘っぽいだと。

そんなことは俺が一番分かっている。

そんなことを俺に言えるのは、君しかいない。
「なあ、」

吐息にしかなれなかった彼の名は空に消え、代わりに四肢に力が入るようになった。

もう一度、そこで見ていろ。胸の内に投げかけて、俺は勢いよく体を起こし、名を呼ぶ声を目指して駆けていく。

Day063:小さな手

※アルフィノに手を差し伸べられるお話。
※冒険者はアウラ族の男性、ジョブは戦士です。

「っ!!」

ガラッと何かが崩れる音が背後で響くと、考えるより先に体は翻って宙に浮きかけていた痩身を掴んでいた。
「おっと。大丈夫?」
「あ、ああ……すまない、ありがとう」

手を差し伸べるのはいつも俺からだ。往々にして俺が護り手であり、仲間が魔法に長けているなら俺が先頭を歩くのは当然。

険しい山道や足場の悪い場所で後ろをついてくるアルフィノやヤ・シュトラの手を引くなんて場面はいくらでもあった。特にアルフィノはそれこそ旅慣れない時から一緒にいることが多く、手を引くのが当たり前だと思っている節が俺の中にあるかもしれない。稀に尻尾を掴まれる時もあったが、今となっては慣れたものだ。

そういえば、アリゼーには最初の何度かは断られたが、いつしか素直に手を取ってくれるようになって、彼女の信用を得られたと嬉しくなったものだ。
「だ、大丈夫かい?」
「あ、ああ……ありがとう、アルフィノ」
「どういたしまして。転ばなくて良かったよ。流石に君でもこんな岩だらけの道は痛いだろうからね」

だが、今、俺は差し出されたアルフィノの手を握っている。

砂利に足を取られて少し体勢が崩れた俺に、アルフィノが咄嗟に手を伸ばしたのだ。太陽を背にしたアルフィノはひどく驚いた表情で、まんまるの目を更に丸くしていた。
「……」
「うわっ!ちょ、どうしたんだ急に!?ふふ、もう、気紛れだなぁ」

衝動のまま、わしわしと細くて手ざわりの良い銀糸をかき混ぜると、アルフィノはくすぐったそうに笑ってくれる。いつだったか俺の大きな手は安心する、と言ったことを彼は覚えているだろうか。
「ありがと、アルフィノ」
「いいや、君がいつも私にしてくれるじゃないか。なんだかいつもと逆で新鮮だね」

すっかり心配が要らないと見てとった彼は俺の手をそうっと離して、乱れきった髪を指で梳かし始めた。穏やかな笑みを裏打ちする瞳の光が今日は一際眩しく思えてならない。

あの日、雪の家で縮こまっていた、俺がこの手で何からも護り通すと誓った少年は、もう立派に立っている。

Day064:瑞雨の折

※雨降りの中、グ・ラハが冒険者をお迎えに行くお話。
※パッチ5.4のネタバレがあります。

「あ、降ってきた」

朝から肌寒くて、尻尾の毛並みもぶわぶわ広がりきってしまっていて、おまけに遠くに機嫌の悪そうな雲が見えていたから今日は雨が降るだろうと予想していたが、見事に的中した。

さあさあと静かに降り始めた雨は徐々に勢いを増して、傘がなければ歩きづらいほどになってくる。居間の大窓から外を覗くと、駆け足で屋根の下に逃げ込む人がいた。

そういえば、あの人は傘を持っていただろうか。いや、十中八九持っていないだろう。

念のために玄関を確認すると、いつだったかイシュガルドの復興支援の折に貰ったと嬉しそうに見せてくれた青い傘が所在なさげに佇んでいた。
「仕方ねぇなぁ」

あの人は今日何処に行くと言っていただろう。昨日の会話を思い出しつつ、通りそうなルートを頭の中に描く。

玄関先に備えてある二人分の黄色のレインコート──あの人のチョコボと揃いらしい──を一つ取って被って、青い傘を手に地脈のエーテル流に身を溶かした。

あの人の目的地を順に遡って辿る内に叩きつけるような雨足はやや弱まってきていた。それでも大きく枝を伸ばす樹の下や、店の軒先に雨宿りをする人の姿はちらほら見かける。

あの人は雨に打たれていないだろうか。むしろ、ちゃんと雨宿りしているだろうか。

雨の中、楽しそうに採集をしていたら流石に一言言ってやろうと思いつつ、フォールゴウドに差しかかったところで、あの人が製作業をする時に似た光がちらつく。

光に導かれて近付くと、宿屋の軒先で薬の調合をしている冒険者がいた。足元だけ濡れている様子に少し安心する。随分と長時間ここで作業していたのだろう、水薬の瓶がずらりと並んで店でも始まるのかと思うくらいだ。
「ちゃんと天気予報は見ろって言っただろ」

丁度手が止まったタイミングで声をかけると、雨宿り中の職人は肩を強張らせてこちらを振り仰いだ。頻繁にまばたきをする丸い目が俺を捉えると、更に目が大きく見開かれる。
「うわっ!?グ・ラハ?なんでここに?」
「傘をお忘れの英雄殿をお迎えに上がりました……なんてな」
「おお、なんと慈悲深き殿下……!」
「殿下は止めろって、ふふ」

軽口を叩き合いつつ、二人で広げた道具を片付ける。水薬は一人で持ちきれないと言い出したから、オレと半分こしてカバンに詰め込んだ。
「さあ、帰ろう」
「ああ!……なあ、グ・ラハの分の傘は?」
「……レインコートだから大丈夫だ。傘はあんたが使ってくれ」
「駄目だって。ほら、寄ってよって」
「うわ、狭い……」
「グリダニアに着くまでの間、我慢して」

本来、一人分の空間しかないところにぎゅうぎゅうと大の大人が二人肩を寄せ合っていると流石に狭い。それでも、肩を濡らしてあの人と他愛もない話をしながら森を歩く時間は、何物にも代えがたいものだ。

たまには雨も悪くない。

Day065:救出劇

※はしゃぎすぎた冒険者がグ・ラハに救出されるお話
※冒険者は男性です。

冒険者たる者、自分の実力を正しく把握し、無茶はせず、驕らず、だが好奇心に従って生きるものだ。たくさんの願いを背負ったこの身は決して無駄死にしていいものじゃない。それを重荷に感じることもあったけれど、今は良き隣人として俺は祈りと共に冒険を続けている。

良き隣人を受け容れてから心がもっと軽くなって、冒険がもっともっと楽しくなった。特にグ・ラハと一緒に出かけると、知識にもとづく視点が俺に新しい世界を見せてくれる。

そう、ちょっとだけはしゃぎすぎたんだ。
「左から俺が行く!!」
「応!オレも、ぶちかますぜ!」

端的に言えばリスキーモブに絡まれていた。逃げるにも逃げられず、かと言ってまあまあ手練れの俺たち二人であっても倒すのは難しい。

これは長期戦になる。ならば、俺が護り手、グ・ラハは癒し手でしばらく様子見をした方が良いだろう。
「ラハ!俺の専属ヒーラーしてくれ!」
「あっはは!勿論!」

杖を器用にくるくると回して、構えを変えたグ・ラハはすぐにオレに光のヴェールをかけてくれる。流石、場数を踏んでいる癒し手は仕事が早い。

速攻で敵との距離を詰めて、連続で大技を叩き込む。倒せるとは思っていないが、こうも手応えがないと傷つく。明日からの鍛錬は少し考えた方が良いかもしれない。

随時飛んでくるヒールと炸裂する魔法、そして手を緩めずに打ち続ける斧の斬撃。そのどれもが上手く噛み合っていて気持ちが良い。早く倒して帰りたいと思う反面、この時間が永遠に続けばどんなに楽しいだろうと願わずにいられない。だって、俺たちは好奇心に生かされているのだから。
「っ危ない!」
「うわっ」

ぐんっと体を後ろへ引っ張られる感覚と同時に、景色が凄まじい速度で駆け出していく。力強くもやさしい引力に抗うことはせず、背中から終着点の腕の中に飛び込んだ。
「あんたなぁ!!突っ込むならちゃんと周り見ろよな!」
「君がいるから、つい」
「ったくもう、仕方ねぇなぁ!」

小柄なミコッテの腕には余る俺の体を抱いたまま、グ・ラハはまた器用に杖を片手で振り回して大量のエーテルを掻き混ぜ始めた。どさくさに紛れて俺のエーテルまで取っていくあたり、俺への遠慮がなくなってきたらしい。良いことだ。
「行くぞ、とっておきだ!」

二人のエーテルで作られた小さな隕石がリスキーモブの頭上に落ちる。肉が焼けるにおいと音、断末魔が混ざって、さながら地獄のようだ。

炎に焼かれた巨体が完全に沈黙したことを確認し、俺たちは静かに拳を合わせた。
「……討伐完了、だな」
「お疲れ。ふふ、二人ともはしゃぎ過ぎたな」
「なあ、グ・ラハ。あのぐいって引っ張るやつ、またやってくれ」
「……さては反省してないな?」

へらへらと勝利の余韻に浸る俺たちは、グ・ラハの大技の影響でしばらく立ち上がることすら出来なかった。ひとまず、美味そうな匂いをさせている焼き肉を二人で頂いてから帰ろう。

Day066:倉庫番は知らない

※光の戦士のリテイナーたちのお話

僕の雇い主はとんでもない大物冒険者らしい。

らしい、と言うのはご主人は自分やもう一人の倉庫番の前でそういった面のたった一片すらも見せないから実感がないのだ。だから、行く先々で聞く神殺しの英雄の噂がまさか自分のご主人の話だなんて全然、これっぽっちも知らなかった。

噂の英雄とご主人を結びつけたのも、たまたま出くわしたリテイナー仲間と立ち話をしていた時、偶然ご主人がベルを鳴らしたからだった。
「お呼びかな?」

いつものように一言二言要件を話して、汚れた装備とどうやって稼いでくるのか分からない額のお金を預けて、ご主人はまた笑顔で手を振って駆け出して行った。近すぎず遠すぎない、丁度良い塩梅の信頼関係を僕は結構気に入っていたりする。
「な、なあ!!なんで教えてくれなかったんだよっ!?」
「何を?」

ご主人が去ったのを見計らって、さっきまで話していた同業がすごく興奮しながら僕のご主人がどんなに素晴らしい戦人なのかを熱弁してくれた。暁の血盟というよく分からないけれどすごい組織と協力して次々に蛮神を倒したり、帝国の侵略を食い止める最前線に立ったり、かと思えば大昔の遺跡の謎を解き明かしたり。
「まさに八面六臂!あっ、今度サイン貰ってきてくれよ!俺のご主人も英雄が大好きなんだ」
「はあ……まあ、時間があったらな」

ぶんぶんと犬みたいに尻尾を振り回して、同業は自分のご主人の元へ戻っていった。あんなに嬉しそうなミコッテの尻尾は初めて見た。
「ってことがあったんだ」
「……君、気付いてなかったのか」
「いや、あいつの主人が英雄好きなんてどうやって知るんだよ」
「違う。うちの主のことだ」

その日は同僚と手分けしてご主人から預かった品々を手入れしつつ、倉庫に収納していた。数日前の同業との出来事を話すと、苦虫を噛み潰したような顔を向けられてしまった。折角の美形が台無しだ。
「主が家になかなか帰らないこと、損傷の激しい装備、謎の素材や収入源、それと英雄の容姿の噂……少し考えたら分かることだ」
「ふぅん、あんたは周りをよく見てるな」
「君が無関心すぎる。情報は力だ。主は勿論、私たちの身を守ってくれる武器になる」
「そっかぁ」

確かに市場では見たことのない謎の装備品や武器の数々も、ご主人が英雄と呼ばれていろんな場所を転々としているなら納得がいく。それでも、あのふにゃふにゃとした人が噂の英雄だなんて、やっぱり僕には現実味のある話じゃなかった。
「でも、ご主人はご主人だしなぁ」
「……君のその無関心さ、良いところでもあるのかもな」

同僚が零した言葉に、厳めしいアーメットを磨く手が止まる。当の本人は何事もなかったように手入れの終わった装飾品を小箱に詰めて、倉庫へと姿を消した。

あの人が恥ずかしがったり照れたりする時、ゆるゆると尻尾が揺れていることをいつ教えようか。僕はその時期を逃し続けている。

Day067:倉庫番の居場所

※家を買った光の戦士とリテイナーのお話

カラリとした太陽の光が注ぐウルダハはゴブレットビュート。陽当りの良い海沿いの一角にご主人が念願の個人宅を購入した。

こぢんまりとした家の玄関には、引っ越したその日にご主人が手作りした街灯が置かれていて、夜遅く帰ってくる家人をやさしい光で迎えてくれる。

だが、引っ越しの片付けもそこそこに、ご主人は昨日の朝早く誰かに呼ばれて飛び出していってしまった。

何かの集まりに行くんだった、とひどく慌てて駆け出した背中を見送った僕と同僚は、昨日と今日との丸二日を使ってご主人の装備品を虫干ししてから倉庫に整頓することにした。

それまで仕舞い込まれていた品々をずらりと庭先に並べると、なかなか壮観な眺めだった。そのどれもに大なり小なり傷がついていて、同僚が愚痴を言いながらもご主人から預かった装備を修理していた背中を思い出す。なるほど、これは骨が折れそうだ。

開け放った窓の外から聞こえる空高く飛ぶ鳥の鳴き声を背景に、やることは多くても、のんびりとした時間が流れていく。同僚の眉間の皺も取れて、くつろいだ表情をしていて何だか僕が嬉しくなった。

きっとこの先、たくさんの思い出がここで出来るのだろうと考えると、この仕事をしていてご主人や同僚と出会えて良かったと思える。

僕らはご主人が作り置いてくれたサンドイッチを摘みつつ、倉庫の配置を決めるために計画図を引いた。こういう時にきっちりと決めることが得意な同僚がいてくれて本当に良かったと思う。僕だけではきっとその時の気分と片付ける物でふらふらと場所を変えてしまうだろうからご主人を困らせてしまうだろう。

そろそろ実行か、というところでリンクパールがご主人からの着信を知らせた。集会からの帰りかな、と同僚が手をこめかみにあてて応答する。
「もしもし?主、何か」
『っ逃げろ!今すぐに!』

ひどい雑音、いや何かが爆ぜる音と金属が擦れる音に混じって、ご主人の声がリンクパールから割れんばかりの大きさで僕らの家に響いた。

Day068:倉庫番だった人

※光の戦士のリテイナーに転機が訪れるお話

「え?」

同僚が怪訝そうな表情を浮かべるのと、ドアが激しく叩かれるのは同時だった。乱暴すぎる来訪者はどうやら複数人いるらしく、大きな音に肩を揺らすばかりの僕の目を、まだご主人と通信中の同僚は安心させようとしているのかまっすぐ見てくれていた。
「主、こちらにも追手が来ています。帰ってこないで」
『ごめん……!君たちは姿を変えて、しばらく隠れていて。必ず迎えに──』
「主?主!」

同僚は通信が途絶するとすぐに大きな家具をドアの前に固めだした。大きな音はまだ鳴り止まない。
「ね、ねぇ……一体何が……」
「主は追われる身となった。理由は分からない。倉庫番の僕らも危ない。指示通り、姿を変えてしばらく隠れる」
「ま、待って!よく分からないよ」
「待てない。私のカバンから青い瓶を二本取って。早く」

ありったけの棚、チェストやソファなど重い調度品が同僚の手で無秩序に積み重ねられていく。震える指で指示された通り、僕は同僚のカバンを漁って何本か入っていた青い瓶を二本だけ取り出した。
「こ、これ?」
「そう、ありがとう」

受け取るとすぐに中身を飲み干した同僚は今まで見たことないくらい、眉間に皺を寄せていた。すると、みるみるうちに硬質な尻尾を持つ同僚が褐色の肌とそれに映える白銀の髪を持つエレゼンに姿を変えていた。
「君も。今の自分からは想像出来ないくらい遠い姿になって」

姿に合った低い声でさっきまでと同じように指示をする彼は確かに同僚だ。無言で頷いて、僕も瓶の中身を煽る。

今と遠い姿。脳裏に閃いたのは昔マーケットで見かけた女の子。自慢だったふさふさの尻尾は白い鱗へ、肌も雪みたいに白くて身長もうんと小さく。そうして、僕はアウラの女の子に変身していた。

僕の見た目を確認した同僚は大きな体で勝手口まで僕を引きずって、そのまま外へ出る。表から聞こえる声はどんどん増えているけれど、僕らには気付いていないみたいだった。

勝手口は隠れた船着き場のすぐ近くに通じているとご主人が楽しそうに話していたことを思い出した。もしかして、ご主人はこういうことが起こると予想していたのかもしれない。

同僚はその辺に停めてあった小舟に僕を放り投げた。自分は桟橋に立ったまま。
「主はまた迎えに来る。君は信じて待っていて」
「ま、待って!一緒に行こうよ、バラバラは嫌だよ!」
「私……俺は後処理がある。必ず追いつくから、大丈夫」

こんこん、とこめかみに指を当てる仕草をして見せる同僚につられて、僕も自分のリンクパールにふれる。繋がる手段があったとしても、それでも心配せずにはいられない。だって、こんなに仕事が楽しいと思えたご主人も同僚もいなかったのに。
「また会おう、約束だ」
「待って……!」

きっと渾身の力を込めたのだ。同僚に蹴り出された小舟はどんどん岸からも大きな背中からも遠ざかって、泳げない僕にはもうどうしようもなくなってしまった。

だだっ広い海のど真ん中、ここには沈む夕陽と僕が知らない僕しかいない。

Day069:海辺の彼女

※元光の戦士のリテイナーと海の男のお話

無心で依頼された植物を採集する。

納品をしてお金を貰う。

ご主人がいた時と何も変わらない。なのに毎日がなんだか味気なく感じる。
「おーい、姉ちゃん!そろそろ昼にするぞー」
「はぁい」

寄る辺のない小舟はどこまで流されるのかと不安が最高潮に達した時、僕は通りがかった漁船に拾ってもらった。

名前も何も答えない僕を怪しむどころか心配してくれて、住むところと仕事をくれた親方には感謝してもしきれない。

小舟に積まれていた荷物の中にはご主人からもらった鎌と斧も混ざっていた。漁に出られない僕は園芸師として植物の収集に励んでいた。
「あ、そういや。姉ちゃん、最近エレゼンの男から依頼ってあったか?」
「エレゼン?……いえ、特に?」
「そっか」

今日は親方特製の魚介スープが昼食だ。少し肌寒い海沿いの風に冷やされた体に染みる。
「なあ、姉ちゃんは神殺しの英雄って知ってるか」

一緒に昼食をとっていた親方がふと思い出したように話し出した。知っているも何も、その人は僕のご主人です、とは口が裂けても言えない。
「……確か、ものすごく強い冒険者、ですっけ」
「そう!なんでもウルダハの王家転覆に噛んでたって噂でな」

それを聞くやいなや、カッと目の前が赤と黒で点滅した。怒りか困惑か、そのどちらもか。僕は決して親方に悟られないように、机の下で手の平に爪を立ててじっと話に耳を傾ける。
「それがよ、その英雄も嵌められてたんだと」
「……っほ、んとに……?」
「いやぁ、有名になると大変……おいおい、姉ちゃん!どうした!?泣くほど英雄が好きだったのか!」

言われてやっと、自分の両目から驚くほどの量の涙が流れ出ているのに気付いた。

そうだ、僕は大好きだったんだ。ご主人と、同僚と過ごす日々が。

たとえ毎日会えなくても、ご主人は旅先からリンクパールで声をかけてくれた。難しい課題も同僚は一緒に解決しようとしてくれた。たくさんの思い出が涙になって溢れてあふれて、親方まで泣きそうになっていても止められなかった。

ようやく泣き止んだ頃には昼食のスープは冷めきっていて、ごめんなさいと謝ると親方は笑って許してくれた。やさしい眼差しはきっと何もかも分かっていて、それでも何も聞かずに僕をここに置いてくれた彼の根っこのところを感じさせる。

親方はおもむろに僕の手に少ない荷物を握らせて、椅子から立ち上がらせてくれた。
「姉ちゃん、あんたが何者かは聞かねぇ。大事なモンが見つかったんなら、ちゃあんと手を伸ばさなきゃなんねぇよ」
「親方……」

この時を待っていたように、親方の小屋にノックの音が響く。返事を待たずに開けられた扉の先には、あの日僕を海に蹴り出したエレゼンの男が立っていた。
「やっぱり、姉ちゃんの知り合いか。ここ最近、アウラの女を探してる奴がいるって聞いてたんだ。見つかってよかった」

目を見開くばかりで何も言えない僕の背中を親方はそっと戸口へ押してくれる。
「また気が向いたら顔出せよ。今度は友達と一緒に飯でも食いに来い」

そう言って、親方は海の男らしい目をしわくちゃにする豪快な笑顔を見せてくれた。
「親方、私を……僕をここに置いてくれて、守ってくれてありがとうございました」
「……行きな、元気でな」

頷いて同僚の隣りに立った僕は一度だけ振り返り、そして今度は二人で駆け出した。

Day070:リテイナーアドベンチャー

※光の戦士のリテイナーたちが冒険から帰るお話

何かに追い立てられているように走った。

もう僕らを追いかける怖い人たちはいないのに、僕も同僚も休むことが惜しいとばかりに家路を急ぐ。

ご主人ももう追いかけられることがなくなって、今は僕らと合流するために一旦ゴブレットビュートの家に帰っているらしい。

逃げ出した時はとんでもなく遠くに逃げたつもりだったのに、意外と家までの道のりは短く感じて。それでも途中、どうしても体力の限界が来て宿に泊まった僕らは、やっとこれまでの出来事をお互いに物語りだした。
「そうか……良い縁に恵まれたようでよかった」
「なあ、あんたは?」

僕はふかふかのベッドに寝転がって頬杖をついて、宿の部屋に備え付けてあった椅子に座る同僚が話し出すのを待つ。ちらりとすぐ横に流した彼の視線を追うと、長い槍が置かれていた。

そういえば、合流した時から背負っていた気がする。ここまでずっと嬉しくて、必死で何も見えていなかったからあまり自信がない。
「主に教わった槍術で用心棒をしながら、主と君との足取りを探していた」
「……ずっと一人で?」
「ああ」

ぼんやりとしたろうそくの明かりに照らされる同僚の横顔に差す影は、エレゼン特有の彫りの深さのせいだけではないだろう。

僕はごろりと転がってベッドから降り、同僚に歩いて近づいていく。少し遠くなった視線も今なら前と同じくらいの距離になれた。きっと彼の旅の途中に負ったのだろう、左頬についた大きな傷に手をふれる。
「……ごめん」
「君が謝ることじゃない。それに、俺は楽しかったよ。主が武芸に勤しむ理由が分かった」
「そっかぁ」

傷をなぞる僕の小さな手を同僚はそうっと握ってくれて。無我夢中で走り続けていた僕らは、ようやくお互いの無事と再会を喜ぶことが出来た気がする。
「明日には到着出来る。今夜はもう寝よう」
「うん、おやすみなさい」

日の出と共にまた駆け出した僕らの旅路。夕陽が落ちかけた頃に居住区に入れた僕らは徐々に無言になって、家のある一角へと急ぐ。

最後の曲がり角を擦り抜けると、僕らの家が確かにあった。戸口の街灯にはやさしい光が灯っていて、家人の帰りを迎えてくれている。

二人揃って緊張した面持ちで来訪を伝えるベルを鳴らす。やがて足音が近づいてきて、勢いよく扉が開かれた。

安堵、罪悪感、喜び、心配。色んな感情がない混ぜになっているのだろう、ご主人の形の良い唇が震えている。ようやくまろび出た言葉は僕らが待ち望んでやまないものだった。
「ただいま……それと、おかえり」
「っただいま、帰ってまいりました!」