戯れ(※)

※性的な表現があります。

五感はいずれかが欠けるとそれを補うように他の感覚が鋭くなるという。暗い室内でほぼ視覚が役に立たない今、それを実感している。

ぼんやりと暗闇に浮かぶ鍛え抜かれた体の輪郭に手を這わせれば、彼が生きていると実感出来るぬくもり。

忙しなく繰り返される呼吸との合間、途切れながら混じる甘くて高い声。

むせ返りそうになるほど強く香る、最早どちらのものとも分からない汗と体液の匂い。

耐えきれずに歯を立てたうなじの味。

そのどれもが私を煽り立てる。もう全てを曝け出せば良いと。

雲が晴れ、月光が窓から私たちの逢瀬を覗きにくる。冴えざえとした光で頭は冷えたが、幾分か見えやすくなった彼のあられもない姿に芯がなおも高まる。

噛みつかれた痛みにか、それとも遠慮なく増長する私にか。抗議の視線を送っている彼を宥めるようにそうっと頬に手を添えると、いつもより熱い肌を擦りよせてくる。

ぐ、と喉奥が締めつけられるような衝動に身を任せることが出来ればどんなに。

彼を愛おしいと思ってはいけない、伝えてはいけない。

何度目か分からない二人の逢瀬は私たちの英雄が立ち続けるために必要な、ただの戯れ。

大罪喰いの討伐を重ねる度に体内のエーテルが乱れているからだろう、眠ることが難しくなってきたと相談を受けたのは確かホルミンスターから帰った数日後だった。

長く生きてきた中で身につけた長い一日を過ごす方法をいくつか教授させてもらっても解決出来ない不眠に、表立っては普段通りの彼が夜な夜な星見の間を訪れるようになるまでそう時間はかからなかった。もしかして過剰なエネルギーの発散が必要なのかもしれないと、その最も効率的な手段を思い至ったのは、私だったのかそれとも彼だったのか今となっては思い出せない。

未だに現実味のない光景に意識を過去に飛ばしていたようだ。彼のすべらかな頬を撫でていた手をそのまま顎に滑らせ、掬い上げて口を寄せる。手入れされていない乾燥しがちな唇をちろりと舐めると、その奥へ入ることを許された。熱い口内を嬲ると同時に、一旦止めていた腰も大きく揺らしてやる。予想外の動きに漏れる彼の苦しげな呼吸が今は耳に心地良い。四つん這いの体勢を取らせているから、こちらに腕を伸ばすことも出来ないのだろう。抵抗のしようがないまま好き勝手に揺すられ、高みへと押し上げられる感覚にまだ彼は慣れていないらしい。

焦らすようにゆっくりと浅く、そして不意に奥へと。緩急と強弱をつけて、たまに彼の厚い舌を噛んだりして徐々にだが確実に今夜の最期を手繰り寄せていく。

一層鋭く息を引いた彼の背が大きくしなり、水音が響いた。やわらかい唇が離れていくと同時にガクリと体重を支えきれなくなった腕が崩れ落ちて、その拍子に中から抜け出した私のそれが傷だらけの背中に白い雨を降らせる。顔から沈んだ彼の長い髪がシーツに散らばって、戦場とは違う扇情的な彼を引き立てていた。その束のいくつかを軽く梳いていると、寝物語をするでもなくすでに彼は微睡みに片足を突っ込んでいるようだ。もう一押しとばかりに、まだ上気したままの頬を撫でる。
「おやすみ」

その光の名を呼べば、彼は小さく息を吐いて私の手に擦り寄ってから眠りへと落ちていった。完全に寝入るのを待ってから、自分がつけたうなじの傷に治癒の術をかけつつ、被ったままだったフードをずらし落とす。

夜が明ければ英雄と水晶公に戻る。だから今、彼が眠るこの時だけはただ寄り添う者でありたい。