Day091~100

Day091:蒼天街の小さな舞踏会

※冒険者が蒼天街で踊りに誘われるお話
※冒険者は男性です。

フランセルとの見回りが終わっても俺はなんとなくまだ真新しい街を歩いていたくて、街並みを眺めながらふらふら宛もない散歩を続けていた。普段ならあまり浴びたくない頬を切り裂くような寒風も今は気持ち良いくらいに感じる。
「ダンスって楽しいのね!私、全然知らなかったわ」

住宅街に差し掛かった頃、近くから楽しげな声が聞こえてきて誘われるように足が向く。他の家と同じように備えられている庭
で男女が数人集まり、手を取り合って踊っていた。

優雅にイシュガルド風ドレスの裾を揺らして余裕たっぷりに踊る女性に対して、その手を取る職人風の男は精一杯にたどたどしい足取りで、でもとても楽しげにステップを踏んでいた。
「お兄さんも一緒にどう?」

足を止めて微笑ましい光景を眺めていると、踊る二人の側にいた男がこちらに気付いたようで手を振って俺に呼びかけてくれる。きっと普段なら丁寧に断っていただろう、その申し出に俺は小さなダンスパーティーが開かれている庭へ足を踏み入れていた。
「じゃあ、少しだけ」

突然の来訪者にも慌てることなく、むしろ楽しみが増えたと言わんばかりに蒼天街の住人たちは俺を迎え入れてくれた。あたたかい雰囲気に頬がまた少し赤くなっていくのを感じる。

さっきまで職人風の男と踊っていた女性が俺に手を差し出してくれた。そっとイシュガルド風のお辞儀をして彼女の手を取れば、こういう時の作法を教えてくれた彼の面影とかつて皇都で過ごした日々の思い出が脳裏に蘇る。

小さな手を取り、細い腰に手を添え、呼吸を合わせて一歩踏み込む。
「あら、上手いのね」
「前にイシュガルドの騎士様からちょっとだけ教わったんだ」
「ふふ、良い先生だったのね」

そう言いつつゆったりとしたステップで呼吸を合わせてくれるパートナーもまた随分と踊り慣れている様子だった。やわらかい物腰とひっそりと俺の抱えるものを推し量る知性に高貴な生まれを感じさせる。
「ああ、イイ人だったよ」

あの人の残したことを褒められるのは嬉しいと、素直に笑っていられるようになったと気付いたのはつい最近のことだ。旅路の果てにようやく向き合えた感情の変化をあの人はきっと喜んでくれるだろう。
「お兄さん!次、私と踊って!」
「ああ、勿論だ」

側で見ていた女性が手を上げているのを見て、共に踊るパートナーに目配せをしつつ、互いを新たな相手へと送り出す。

素直に手を取って攫われてくれた新しいパートナーは楽しげに笑っていて、俺も笑みを見せればもっと嬉しそうに笑みを深くしてくれる。ゆっくりと繰り返すターンに合わせてドレスと俺のコートの裾がひらひらと揺れていた。

アイメリクやフランセルが作り出そうともがく新しいイシュガルドの片隅で、芽吹きのひとときは緩やかに過ぎていく。

Day092:恋の話

※エスティニアンと英雄が昔の恋バナしてるお話
※割と人を選ぶ感じの死ネタです。
※冒険者は男性です。

「いつかの恋の話をしようか」
「……なんだって?」

琥珀色の酒を二人で舐めながら話し込んでいた夜。しばしの、しかし心地よい沈黙を破ったのは突拍子もない台詞だった。ひと所に留まらないこいつが人並みに情を交わすことがあったとは俄には信じがたく、思わず手にしていたガラスの酒器を取り落としそうになる。

割ると煩いのは目に見えていたそれを机の上に避難させて、一応訊き返してやっても出てくる台詞は同じだった。
「俺、冒険者になってすぐの頃に女の人を助けたんだ」

依頼終わりに拠点へと報告に急ぐ道すがら、野良モンスターに追われる女を見つけたこいつは何の迷いもなしにモンスターを狩り獲った。女は月の光のような白に近い金髪、武器さえ握ったことのなさそうな華奢な四肢で、何より可憐な笑顔がこいつの心を掴んで離さなかったそうだ。
「そのままその娘が働いてるっていう酒場に送り届けてあげてさ。店主さんにもたくさんありがとうって言ってもらって、ご飯と宿まで奢ってもらったんだよな」
「……それだけか?」
「急かすなよ、これからなんだから」

看板娘を助けた礼とはいえ一宿一飯の恩を受けたこいつは、しばしばその酒場に立ち寄っては近くのモンスターを狩ったり、護衛についてやったり、何かと用を訊いては店主、ひいては看板娘との仲を深めていった。

互いに惹かれていく二人を阻むものはなく、もしかすると終の棲家を見つけたのかも知れないとさえ錯覚したとこいつは笑って語っている。
「君は知っていると思うけど、時間には限りがある。楽しいことも悲しいこともね」

酒場に出入りし始めた頃は駆け出しだったこいつは、やがて帝国への反攻作戦マーチ・オブ・アルコンズへと身を投じていくことになる。たくさんの兵士がエオルゼア各地から召喚されて明日へ命を繋ぎ、同時に多くの兵が地に伏していった。当時、邪竜の完全な覚醒に備えてクルザスと周辺地域に潜伏していた俺は後から話に聞くばかりだが、かなり熾烈な戦いだったという。

そして、作戦が無事に完遂され、英雄となったこいつが久し振りに馴染みの酒場に顔を出すと、そこで待っていたのは焦がれて止まなかった看板娘の可憐な笑顔ではなく、変わり果てた女の躯だった。

咄嗟に抱き上げたそれはぞっとするほど美しかった、とその姿を脳裏に蘇らせているこいつの声音を俺は忘れられないだろう。

彼女の手には黒渦団軍令部から酒場の店主、元は高名な海賊へと宛てられた依頼書が握られていたという。
「それで、その後どうしたんだ」
「丁寧に葬ったさ。ちなみに、店主は作戦中に戦死」

帰る者が居なくなった酒場は近くのイエロージャケットの駐留所に報告して、それ以降建物がどうなっているのか調べることも、近寄ることもなくなった。
「墓参りくらいしてやらないのか」
「今はな。でも、いつか……俺の中で整理がついたら、必ず」

最後は呟くように零した言葉と思い出をもう一度飲み込むように、手の中でいじっていたグラスを一気に呷る。その顔は普段、英雄として見せているものとは違う、恋情を失った時に巻き戻っていた。
「……きっと、変わらないものがほしかったんだ」

Day093:眠れない夜に

※ウリエンジェがリーンに英雄譚を語るお話

はらり、と頁を捲る音に紛れて小さな気配の揺らぎを感じて顔を上げる。時計はとうに真夜中を過ぎており、肉体のない身なれど蝋燭の要らない夜にも慣れたものだと自らの変化に気付かされた。

そして、いつの間にかうず高く積まれていた本の山の向こうに視線を向ける。そこには毛布が、否、頭から毛布に包まったままの少女が所在なさげに佇んでいた。
「ウリエンジェ……」
「ミンフィリア、眠れませんか?」

こちらへ、と本に占領されていた椅子を明けて勧めれば、本を踏まないように跳ねつつ近付いてくる足音に人馴れしていない猫が脳裏にちらつく。
「あの、お邪魔していませんか……?」
「ええ、丁度休憩を取るところでした」
「そっか」

多少安堵出来たのか少女はほっと息をつき、近くに残っていた本に手を伸ばす。そこでようやく気付いたが、足の踏み場もないほど史料が散らばってしまっている。熱中している間に妖精たちの悪戯にでも遭ったのだろう、誰かに声をかけられない限り、周りが見えなくなるほど集中してしまうのは私の長所であり、弱点だと認識している。
「これ、読んでもいいですか?」
「ええ、勿論。分からないところがあれば、遠慮なく訊いてください」
「ありがとう、ウリエンジェ」

初めてサンクレッドと妖精郷にやって来た時、壁一面、床一面の本の山を見て瞳を輝かせたことは今もよく覚えている。もう一年も前のことだ。

ここに来てすぐの頃は環境の変化もあってか、先行きの見えない不安のせいか、なかなか寝つけない日も多く、こうして本棚の間に埋もれている私の側に来ては話をしたり、妖精語講座を開いたものだった。

最近ではそういった夜もなかったが、明日から再開される旅を前に不安で眠れなくなっているのだろう。それを払拭するのが彼でないという現状は私にも暗雲を運んでくる。果たして、彼は向き合うことが出来るのだろうか、と。
「……ウリエンジェ、またお話聞かせてくれませんか?」
「良いですとも。さて、どのような物語が良いでしょうか……」

頭の中の本棚を探る時間が心地よいと教えてくれたのは、物語をせがむこの少女だった。そこには手の届かないことへの苛立ちも焦燥もなく、穏やかな水の流れに揺蕩うような心地よさだけがある。

その感覚が呼び水となったのか、一つの冒険譚を思い出す。偉業をなしたばかりの英雄がその衣を脱ぎ捨て、ただの冒険者として飛び込んだあの深い水の底に没した遺構の冒険。
「では、かの英雄とその仲間が出会った水底の遺跡の物語を」

少女は瞳を輝かせ、まだ見ぬ英雄の光を物語の中に追っていた。

明日から始まる彼女たちの冒険が光に溢れるものであるように願いを込めて、一つ一つの言葉を語る。どうか、どうかやさしい結末が誰もに訪れるように。

Day094:夢から覚めたなら

※若い冒険者夫婦が夢を掴む話
※二人は光の戦士ではありません。
※冒険者夫婦シリーズ(一旦の)完結編です。

彼女は夢を見ていた。

蒼の名を冠する戦士が鳥、否、竜のように空を舞い戦う姿を自分の目に焼きつける日を。堅い門に阻まれ、一度は褪せた夢は彼女の隣りに居続ける男に支えられて再び色を取り戻しつつあった。
「ダーリン、どうしたの?」

今夜の夕食は忘れられた騎士亭に行こうと薄暮の山都を歩く途中、男はふと立ち止まる。会話の途中で何処かへ視線を遣りながら立ち止まるなんて珍しい、と女は愛しい男に振り向いて声をかけるが返ってきたのはいつものやさしい返事ではなく、強い力で彼女の細い腕を引く手だった。ドラゴンヘッドで彼女を引き留めた時と同じ剣幕に女は只事ではないと伺い知る。

だが、理由が分からない。問を投げようと口を開いた瞬間、伏せられていた男の顔が上がる。笑顔ではあったが、そこには高揚と苦悶、期待と恐怖がないまぜに存在していた。
「俺の稲妻、我が愛。どうか、走って」

それだけを何とか絞り出した男は女の腕を引き、その体を押し出す。訳も分からないまま送り出された女はそのまま神殿騎士団本部の方へと走り出し、ようやくそこに出来ている人だかりを認める。

騎士団本部の前には総長とその取り巻きたち、そしてイシュガルドの精鋭、竜騎士の証であるドラケンメイルをまとった騎士たちが誰かを囲んでいるようだった。

人の影に隠れていたその人が垣間見えた時、女は自身の血が全て沸騰しきってしまうほどの熱──生死の境界でせめぎ合う戦場と同質のそれに支配される。

まるで雲の上を走るような心地で、しかし足取りはしっかりと、その背を愛する男に見守られてその人へと向かっていく。

肖像画でその姿を見た時、描かれている容貌に思わず溜め息を吐いて愛しい男に少しばかりの嫉妬の火をつけてしまったことを女は頭の片隅で思い出した。
「っ蒼の、竜騎士様!」

彼女は愛槍を携えて手を伸ばした。まるで黒い稲妻のような一筋はその人、彼女の夢であり旅の目標、蒼の竜騎士へと真っ直ぐに奔る。

だが、山都の英雄は渾身の一撃を徒手で難なくいなし、その勢いを利用して女の体を石畳に転がした。そこでようやく総長とその護衛はようやく事を理解し、守備を固める。はあ、と後輩たちの不出来に大きな嘆息をつきつつも蒼の竜騎士は女を抑え込む手を緩めることはない。
「良い技と度胸だ、女。だが、俺やそこの総長殿を殺るには殺気が足りないぞ」

命を取るための技ではないと判断した蒼の竜騎士は転がした女の体の上から呆気なく退き、腕を引いて立たせてやる。やや目を回した様子の女を懐かしいもののように見て、山の都の英雄は女を待ち人の方へ押し戻す。
「アドネール占星台のアルベリクというヒューランを訪ねろ。俺の名を出せば稽古をつけてくれるはずだ」

それだけを女に伝え、蒼の竜騎士は未だ困惑する面々を連れて建物の中へ姿を消した。

騒然とした広場がすぐに静けさを取り戻す中、女はただ呆然と男の隣りへと戻る道を辿る。やがて駆け寄ってきた男の腕の中に帰り着くと、掴んだものの実感からか肩を揺らす。男も黙して、衆目など気にせず女の細い体をただ抱き締めるばかり。

もう夢を見ない二人は、旅の始まりの誓いが果たされた瞬間にいる。

Day095:君の帰る場所で在ろう

※討伐へ出る冒険者を見送る水晶公のお話
※冒険者は男性です。

彼はよくエーテライトを見上げている。

仲間たちよりも早く準備を済ませてしまい、出立まで時間を持て余した時。何かを始めるには短く、ただ何もせずにいるには長い。そんな隙間の時間に彼はエーテライト・プラザ、円蓋の座で地脈の錨を眺めていることが多いようだった。

原初世界とは異なり、第一世界のエーテライトクリスタルは根元にいくにつれ、まるで無尽蔵の光を降らせる空のようにクリスタル本来の色を失っていく。原因は何かと彼から訊かれたことはないが、きっと好奇心が人の形をとって歩いているような彼のことだから気になっているのだろう。

私から声をかけることはない。戦いの前に集中する時間も必要だし、何より他人といる時には見られない静かな表情を眺めていたかったから。
「水晶公、おはよう」

だが、彼はどんなに私が気配を殺し、遠くにいたとしても見つけてしまう。行き交う人々の向こうからでもすっと耳に入る彼の声を聞けば、セイレーンに魅入られた船乗りのように我が身は吸い寄せられる。
「おはよう、今日も出掛けるのか?」
「ああ、セツルメントから依頼を受けたから討伐へ」
「そうだったか。あなたなら軽いものだろうが、どうか怪我には気をつけて」
「ありがとう。公も、あまり無茶はしないでくれよ」
「……努力する」

不満げに膨れる彼の頬に思わずくっくと喉奥から殺しきれなかった笑みが漏れる。それを見て更にふすりと機嫌を傾かせる英雄をもっと見ていたいと思う私は、きっと欲深すぎて地獄に堕ちてしまうのだろう。
「時間だ、そろそろ行かなきゃ」
「すまない、邪魔してしまったな」
「いや、会えてよかった」

彼はやわらかく微笑んで、肩にかけている荷物を背負い直す。転移に巻き込まれないように私は一歩分だけ彼から遠ざかると、ただ任務で外へ出ていくだけ、そんなひととき別れにも名残惜しさを感じている自分に気付いた。今までいくつもの時代が巡るほど待っていたというのに、本当に欲深くなってしまった。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「行ってきます」

そうして、彼は地脈へと身を躍らせる。残された強く、しかしやさしい眼差しと淡いエーテルの粒子を胸の内に焼きつけ、私もまた自らの戦場へと戻るべく踵を返した。

Day096:日射しが強い

※冒険者とグ・ラハが海辺でビール飲んでるお話
※冒険者は男性です。

石の家が置かれているモードゥナは本来、特段暑くも寒くもない地域のはずだ。だが、今日は何もしていなくてもじっとり汗をかくほど気温が高く、夜になっても寝苦しい熱波に見舞われていた。

明日は賢人のみんなと原因の調査に行く予定だから、異常な暑さに参ってしまった体を早く休ませようとブリザガで凍らせたタオルを目の上に乗せて、ベッドに転がった。

だが、凄まじい地響きが近付いてくる音が聞こえてしまった。なんだか知っているような感覚は無視して、オレはさっさと眠ってしまおうと目を閉じた。

その瞬間。
「グ・ラハ・ティア!これに着替えろ!」

バンッと勢いよく扉をぶち開けて英雄がベッドに寝転がるオレの枕元まで飛び込んできた。今回はアルフィノは抱えていないみたいだが、代わりに派手な色と柄のシャツとズボンを押し付けてくる。地味に痛い。
「……なあ、オレの一番の憧れの英雄様。オレ、明日朝一からフィールドワークなんだけど」
「知ってる。ちなみにそれはなくなりました。原因は俺が解決したので」
「はあ?!ちょ、おい、なんで置いていっ……じゃなくて!んぶっ」

寝間着代わりにしているタンクトップの上から雑にシャツを被せた英雄はそのままあの日のアルフィノみたいにオレを軽々肩に担いで、そのまま転移魔法を発動させ始める。もうこうなったらこの人は止まらないし止められない。諦めて枕元に置いておいた杖だけは引き寄せて、なすがままにされることにしてやる。

「暑い……」
「まあ、海だからな」

転移してきた先はラノシアは輝く海の行楽地、コスタ・デル・ソルだった。夜も深いというのに煌々と明かりが灯りまるで昼間のような様相、そして楽しげな笑い声が響いている。元々温暖なコスタも日が落ちきっているのに肌にまとわりつくようなぬるい暑さが残っているせいか、夜の海にはあちこちで飛沫が上がっていた。

ぼんやりと遠ざかっていた非日常を眺めていたら、ふと気付いた時には隣りにいたはずの英雄の影がなくなっていた。ここに来てまで置いていかれるとは思わず、大きなおおきな溜め息と欠伸をついてしまう。それでも、先に帰ってやろうとは思えないのがオレの甘いところだ。何もすることもなければ行く宛もなく、なんとなく汀で波と戯れる。靴も脱いで素足を水に浸けると火照った体にはひんやりしていて気持ち良い。
「お待たせ」
「わっ?!」

気が抜けていたのか、頬に冷たいものを当てられるまで背後の気配に気づけなかった。何が面白いのかくっくと笑うその人を恨めしげに睨むと、流石に申し訳なさそうにしおらしい顔を見せてくる。
「ごめんごめん、飲み物買いに行ったら捕まっちゃった」

頬に当てられた瓶ビールをとりあえず無言で受け取ってしまえば、もう嬉しそうに栓を開けようとしていた。
「はい、乾杯」
「乾杯」

互いに掲げた瓶がカンッと小気味いい音を立て、そしてまずは一息に半分ほどを飲み干す。暑さでカラカラに乾いた喉に流し込むビールは世界一美味い。これだけでもう今夜のあらゆることを許してもいいかなと思えてしまった。つくづくオレはこの人に甘い。
「海、グ・ラハと来れて良かった」
「……オレも」

ふっと笑って、オレたちはもう一回乾杯をした。

二人で波に足を遊ばせながら飲むビールの味も、キラキラ光るライトの色もきっとオレはこの先も忘れることは出来ないだろう。

Day097:金色の海原

※冒険者とグ・ラハがナマイ村を訪ねるお話
※冒険者は多分男性です。

木漏れ日が時折吹く穏やかな風で揺れている。

カラリとした乾いた土の匂いと一緒に頬を撫ぜていくそれに、季節の移ろいを感じた。
「グ・ラハ?」

そよぐ風が気持ち良くて思わず足を止めていたオレに英雄は好奇心に満ちた視線を寄越している。前は気付いてすらいなかった何でもないことにばかり、最近は後ろ髪を引かれる。ちゃんと目に焼き付けておけと誰かに言われているようで、でもそんな感覚を悪くないと思っている自分もいた。
「ん、風が気持ちいいなぁって」
「ああ……そうだな。ヤンサの辺りはこの季節、過ごしやすいから」

ドマの若君の元へ行くという英雄の後ろにくっついて各地を回った後、オレたちはクガネを拠点にオサードをしばらく旅することにしていた。呼び出しがかかればすぐに英雄と賢人に戻らなければいけないけれど、このひととき、オレたちはただの冒険者だ。
「オレ、水田って初めて見るから楽しみだ」
「そうなのか?じゃあきっと驚く」

まず旅先に選んだのはドマ町人町からほど近いナマイ村だ。知り合いの顔を見がてら、ちょっと良いものがあると言っていたが、驚くなんて一体何を見せてくれるのだろう。それより美味しいと話していた干し柿が気になる。どんな味がするんだろう、とぼんやり考えていると英雄が少し強めに肩を叩いてくる。

背の高い岩山の間、なだらかな川縁の小道を抜ければすぐそこが目的地だと、まるで昨日も来た道のように語る英雄の笑顔が何よりこの旅路を楽しんでいるのだと教えてくれて、胸の奥があたたかくなった。あんたが楽しいなら何よりだ、とは直接言わないけれど。
「あっちの木人まで競争な!スタート!」
「あっ!ずりぃ!」

時折横道にいる人やヤンサトラを驚かせつつ下り坂を、バンブーで出来た橋を、ナマイ村のエーテライトを横目に上り坂を年甲斐もなく大笑いしながら駆け抜ける。足の速さならオレだって負けてない、とぐんぐん速度を上げていよいよ追い抜いた瞬間。

一足先に木人に手をふれ、勝利宣言をしようと振り返ったその景色は、金色の海原のようだった。たわわに実った稲穂が風に揺れる度にまるで海のように波打っていて、それでようやくこの景色をこの人は見せたかったのだろうと気がついた。

はくはく、と言葉が出なくなったオレに少し遅れて追いついた英雄もまた来た道を振り返り、ほう、と感嘆の息を漏らした。
「今年もきれいに実ったなぁ」
「なあ、これ……すっげーきれいだ……」
「そうだろう?」

きっと驚くという予告は伊達ではなかった。鮮やかな色彩にオレたちはただ言葉を捨てて、今この時にしかない景色を目に焼きつける。また来ような、と約束をしたい気持ちを抱えたまま、ちらりと気付かれないように横にいる人を盗み見て辞めた。そんなこと約束しなくたってこの人となら必ず次を迎えられる、そんな気がしたから今はただこの色を覚えていたい。

やがて、遠くから英雄の名を呼ぶ声が聞こえた。大きく手を振る影がいくつも見える。
「イッセだ。行こうか」

差し伸べてくれた手を取って、オレたちは解放者の戦いを知る人たちの元へと駆けていった。

Day098:雪降れば

※グ・ラハと冒険者が気ままな旅の途中、宿に泊まった翌朝のお話
※冒険者はアウラの男性です。

すん、と鼻を啜ると冷たい空気の匂いが目頭をつついてくる。嫌だ嫌だと駄々をこねる体をなんとか毛布を巻きつけて宥めて、ひんやりする床を爪先立ちで移動して窓に近付いた。

曇っているガラスに白い息を吹きかけてから毛布で拭いて外を見ると、一面が真新しい白に塗り潰されている。今日もよく冷えそうだ。

自分の寝床の隣りを振り返ると、こんもりと毛布の山がゆっくり微かに上下していた。いつも朝が早いこの人でもこの寒さは堪えるようで、まだ毛布の中から顔を出せないらしい。
「おーい、そろそろ起きねぇとあんたの好きな朝市、終わっちまうぞ」

ぴくり、と山が身動ぎするがまだ動かない。そろりと這い出てきた尻尾もすぐに縮み上がって姿を隠してしまった。まるで雪解けを待つ新芽、うっかり冬眠中に起きてしまった小動物のようだ。本人はオレよりはるかに背の高い奴だけど。

さて、折角の気ままな旅だからゆっくり寝かせてやりたいところだが、そろそろ起きてもらわないと本当に朝飯を食いっぱぐれてしまう。前に面白がって引っ張ったら大変な目に遭ったからもう尻尾にはさわれないし、どう起こしたものか。

思案しつつ、また寝息を立て始めた毛布の山があるベッドに腰かけると、ギシリと古い木が耐え難い重さに悲鳴を上げる。そのまま毛布の山にもたれかかってみると、しばらくは何も起こらなかったが、やがてくぐもった声と一緒に腕が伸びてきた。

ろくすっぽ周りを見ていないくせに、大きな手はオレの耳めがけて真っ直ぐ飛んできてわしわしと掻き混ぜるように髪を乱していく。身支度の前で良かった。
「……おもい……」
「こうでもしねぇと起きねーだろ」

もぞもぞと身動ぎを繰り返し、ころころと毛布を巻きつけた体を転がして、毛布の山は徐々にその標高を下げていく。じきに雪が溶けて、花が咲くだろう。

やがて、眠気との激しい戦いを制した英雄が毛布から顔を出す。しょぼつく目を擦ってへらりと笑むその人へ、オレもまた微笑みかける。
「おはよう」
「……おはよ、グ・ラハ」

Day099:光のどけき

※グ・ラハと冒険者がお花見するお話、あるいは花より団子なグ・ラハの見つけたものについて
※冒険者はアウラの男性(東方にルーツ有)です。

冒険者に開かれている三都市の居住区の一角。

同じ区画に居を構える冒険者たちが示し合わせて庭先に同じ花をつける樹を植えているらしい、と聞きつけた彼と一緒にオレは一番近場だったミストヴィレッジを訪れていた。潮風もやわらかい南風がそよいでいて、リムサ・ロミンサからレッドルースター農場を経由して徒歩で居住区に来たオレたちには少し暑いくらいだ。

住宅地に入ると間もなく人の話し声が聞こえてきて、二人で人の集まっている方へ歩みを進める。
「どんな花が咲く樹なんだ?」
「東方由来の花だ。俺も二回しか見たことがないんだけれど、エオルゼアではなかなか見られないからきっと驚くぞ」

そう言いつつ進んでいく彼の歩みはいつもより少し速い。こういうところで正直なのは、前からちっとも変わらないみたいだ。
「お、見えてきた」

オレより背の高い彼がピッと指差した先、人だかりが一様に見上げる先には薄く霧がかかっていた。いや、樹の枝に小ぶりの花がたくさん咲いていて霧のように見えているのだ。
「すっげー……」
「こんなにたくさん……はは、ここまでとは思わなかった」

樹の真下から見上げると小さな花の一つ一つまでがよく見えて、潮風に揺れる花びらがひらひらとあちこちで散り落ちてきてくるのも間近で観察出来る。

連れてきてくれた礼を伝えようと隣りを見遣ると、オレよりも樹に近いからか、彼の肩や頭にたくさんの花びらが降りてきていた。

花に夢中で気付いていない様子にふすりと笑いながら取ってやろう、と動きかけた体は不意に止まる。

戦士の証だという紺色の長髪に落ちた花びらが波間に揺れる小舟のようで綺麗だったから、もう少し見ていたくて。なにより、花を見上げるその面差しに見たことのない瞳の色を宿していたから、それを邪魔したくなくて。

ざわつく人の波間でも、オレたちの間には心地よいしじまがあった。

故郷の花を眺める人をじっと見ていたら、ようやく視線に気付いて少し照れくさそうにはにかむ。そんな仕草はただ年相応の青年で、神殺しや救国を成した英雄だとは微塵も感じられない。
「俺じゃなくて花を見ろよ」
「見てるみてる。すっげー綺麗でびっくりした」
「そうだな、俺もびっくりした」

視線を戻したこの人からはもうさっきの色は見えなくて、ああ、もう少し見ていたかったなと少しだけ残念な気持ちがちらついた。だが、そんな気持ちも耳を掠めていく話し声と甘い香りに塗り替えられてしまう。
「なあ、あっちで東方の菓子が売ってるって。行ってみようぜ」
「ふふ、グ・ラハは『花より団子』か」
「花より……?なんだそれ」
「内緒だ。ほら、団子買いに行くんだろう?」

聞き慣れない言葉と何とも言えない笑みを浮かべたあの人に手を引かれ、オレたちは一際賑わう商店街の方へと歩き出す。

きっとさっきの言葉の意味も、あの瞳の色もこれから一緒にいればまた出会うことがあるだろう。その日を楽しみに、ひとまずオレは団子を頬張るのだった。

Day100:冒険者の心得

※光の戦士ではない戦士とお侍が窮地に陥っているお話

人が集まるところに情報は集まる。

殊にエオルゼア三大都市国家の一つ、海の都リムサ・ロミンサは冒険者ギルドなら玉石混交。一発引き当てて名を揚げようとする冒険者たちを手招きするようにさまざまな旨い話、旨すぎる話が転がっては拾われている。寄せては返す波のように絶え間ない情報の中から自分の必要なものを見つけ出す慧眼、これと思ったものに手を伸ばせる決断力と行動力が実力と伴ってこそ、冒険者は一人前と認められるものだ。
「あのクソ下っ端め!!騙された!!」
「やっぱり怪し過ぎるって!!言っただろう!!」
「あーもうっ!ごめんってば!!」

どこからもどこまでも湧いてくるモンスターを前にして、刀を振るいながら流石に冷や汗が背中を伝っていく。敵の猛攻を受け流している相棒も斧を振る速度が徐々に落ちてきている気がする。このまま死ぬにはあまりにも心残りがありすぎて、諦めきれない生を掴みたくて僕は柄を握り直した。

洞窟の中の忘れ物を取りに行くだけで五万ギルの報酬だなんて、やたらと旨すぎる話だと思ったんだ。怪しさしかないと分かっていて、罠だとしても二人なら乗り越えられる、と相棒の言葉にまんまと乗せられてしまった僕が愚かだった。

一度刃を鞘に納め、一呼吸の内に思いきり踏み込んだ勢いに任せて刀を抜き放つ。両断されて散っていく妖異たちの断末魔がひどく耳障りだ。大きく移動したことで敵を挟んで対面にいたはずの相棒の体がすぐ隣りにあった。一瞬目を合わせて背中同士を引き寄せ合う。少し休憩といこう。
「……帰ったら肉だ、お前の奢りでな」
「えー……仕方ないな、帰ったらね」

周りは完全に囲まれている。逃げ道を見つける方が先か、僕らの体力が尽きるのが先か。楽天的な彼女もそれは察しているのか、普段は重いだけのお守りになっているポーションの蓋を開けてがぶ飲みしている。

相棒の甲冑に僕の汗まみれの戦装束がくっついて嫌な冷たさが伝わってくる。だが、それも火照りすぎている今は心地良く感じて、戦闘中の自分の狂いっぷりには嫌になる。そんな僕でも背中の彼女は気にせず、むしろもっと熱くなれと言ってくるのだろうけれど。
「あ、ねえ。こっち向いて」
「なん──」

呼ばれて一瞬、振り向いた時に言葉は飲み込まれた。

僕はポーションの味が嫌いだ。薬草独特の匂いが鼻に抜ける感じがどうしても好きになれない。それを彼女は知っているはずなのに、酷い女だ。
「良い顔」

ふれただけの余韻を楽しむように舌舐めずりをして、離れていく瞳には強くギラつく光が灯っていた。
「……肉に酒もつけてもらおうか」
「帰ったら、ね!」

そう言いつつ快活な笑い声を上げて斧を地面に振り下ろす腕には失われつつあった速度も力も取り戻されていた。ただのポーションのくせに効果絶大だったらしい。敵の最中に駆け込んでいく彼女の背中を見送る僕もきっと笑んでいるのだろう。笑いながら斧を振り回す紅い影を眺めつつ、もう一度鞘に刀を納める。このひと薙ぎで全て斬り伏せてみせよう。