問答
※暴力表現があります。
再び夜を手放した世界はまたしても忌々しい光に溢れている。なんて素晴らしい世界だ、吐き気がする。
その点、私が手ずから創ったアーモロートは最高だ。無尽光すら届かない深海は闇に染まりきった我が身は勿論、許容量の光を抱えた体にも心地良いだろう。
だが、過ぎたものはどのような場合でも毒だ。作り物のアーモロートよりも更に深い闇を湛える祭壇、恐らく只人ならばすぐに気が狂うだろうそこに招待客を転がしたのは決してわざとではない。
「おや、お目覚めだったか。いやはや反抗都市の管理者たる偉大なる水晶公をこのような質素な場所にお招きすることとなり、誠に申し訳ない限り。全てが急造故、平にご容赦願いたい」
皇帝を演じていた時にも度々使ったその大仰な仕草は、どうやらお気に召さなかったようだ。こいつを慕う街の者には見せられない目で私を睨めつける水晶公は、拘束された体をぐっり横たえつつもまだ心までは折れきっていない様子だった。爛々とした瞳にはこいつを形作る意志が灯っている。なんて面倒な。
「あの人をどうした」
「この期に及んで他人の心配とは恐れ入る。自分の状況が分かっていない訳でもないのだろう?」
悠々と近付いて、あのなりそこないにしたようにしゃがみ込んで、髪を引っ掴んで顔を上げてやる。これで憎きアシエンたる私の顔を見やすくなっただろう、光栄に思ってほしいものだ。ぐ、と眉根を寄せたのは私が撃ち抜いた傷を耐えているだけではないはずだ。
「……何故、すぐに私を殺さなかった」
「ふむ、問えば答えると約束したものな……良いだろう、お前の愚問にも答えてやろうじゃないか」
人の頭とは意外と重いもので持っているのもなかなかに疲れる。掴んだ髪を離してやると重力に従って、ついぞ街の者たちには見せなかった水晶公の顔が地に落ちていった。微かな呻き声が漏れるが、なお涙一つ見せやしない。
どうせしばらくはこいつとの問答になるだろう。虫のように地面を這う反抗都市の管理者の前にかんたんな椅子を創って腰かける。何もないところから出てきた椅子にも驚かないとは、可愛げのない奴だ。
「かんたんな話だ、水晶公。お前の持つその次元も時間も超える術、それがほしい」
「……お前たちもあらゆる次元に現れ、世界に混沌をもたらしているだろう……今更、どうして……」
「何、我々としては方法が一つでも多い方が安心出来るというだけだ。有用ならば全て利用する。たとえ『なりそこない』共が生み出したものだろうとな」
足を組み替えるついでに爪先で顎を持ち上げてやる。この紅い瞳はアラグの皇族に見られるものだ。なるほど、この瞳を持つ者ならばシルクスの塔を管理出来ていることにも得心がいく。始皇帝の血を継ぐ者は塔と一緒に全員地中深くに消えたかと思っていたがしぶとい奴がいたようだ。
「さあ、ご教授いただこう。お前の言う、人の歴史と執念が成した秘術の全てを」
「お前に話すことなど、何一つない…!必ず、必ずオレがお前の企みを阻止してみせる!」
ギリギリと歯を食いしばって私の足から逃れた皇血の末裔は、余程ここの床が気に入ったのか、またクリスタルに覆われた頬を地面へ強かに打ちつける。どれほど打ちのめされても、絶望を突きつけられても、こういう手合いはなかなか折れることがない。
「……全く、どいつもこいつも……」
もう何度目か分からない大きな溜め息が漏れていく。しかし、今の状況を作ったのは自分の詰めの甘さか、それともそういう巡り合わせなのか。今となってはもうどうでも良い。いずれにせよ第一世界は終わる。
「なら、趣向を変えよう。水晶公、私がどうやってただの『ソル』を皇帝へと引き上げたと思う?」
伏せたままでも鋭く睨みつけ続けていた忘れ形見の色に困惑が混じる。存外若かった見た目に釣り合う素直な反応に口元が弧を描くのを自覚する。
散々こいつらの前でも披露してきた指を鳴らす動きで、ようやく私が何をしようとしているのか察したようだ。紅い瞳から困惑は消え、少しの恐怖、そして何かを覚悟する色がまたたく。全く、厭になる。
「化け物に成り果てたあいつが来るまで……ゆっくり、話を聞かせてもらおうじゃないか」