02__残り火

クリスタルタワーを中心に付近を歩き回って分かったことがいくつかあった。

まず、街や集落など人の住んでいる気配がない。もしかしてとんでもない僻地に飛んできたのか、と少し焦りを覚えたがここで足を止めるなんてあり得ない。ひとまず目的地とした石造りの建物にならきっと人か、もし誰もいなくてもその痕跡や手がかりがあるはずだ。

あともう一つはまだ確証がないが、恐らく現地の人間に聞けば分かるだろう。

初めて人に出会ったら何を話そうか、と期待に胸を膨らませて小石を蹴りながら進む。岩と砂が多い道にも植物が見えるようになってきて、踏み出す足の感触も違ったものになってきた。地面に生えている草も周りの木々と同じ紫色をしていて、エオルゼアでは見たことのない幻想的な風景が美しい。

しばらく静かな景色を楽しみつつ無心で歩き進めていると、ふと遠くから何かが反響する音が聞こえてきた。これは第八霊災を生きたオレにとって身近になりすぎた、戦いの音。しかも出所は恐らく目的地の建物の近くだ。

何が起こっているかは分からない。けれど確かにそこには人が、生き物がいる。それだけでオレにとっては全速力で駆け出すために十分な理由になった。

途中、背中から弓を下ろして矢を番えたまま走っていくと、徐々に剣戟、爆発、怒号、悲鳴が大きくなっていく。戦闘の音は激しさを増すばかりで収まる気配がない。

建物の入口らしきところまで辿り着いてやっと目指していた建物が崩れかけた砦だと知った。その中央、広場になっている場所にたくさんの人影が固まり、そこへ群がるようにして白い何かが襲いかかっている。

考えるより先に体が動く。状況も、どちらに義があるのかも分からない。だけど、泣いている子どもがいた。
「大丈夫か!」

オレの声とほぼ同時に誰かが放った破壊の術式が炸裂した。好機と取ったその爆炎に紛れるようにオレは駆け出して、一団を守り武器を構えていたエレゼン族とヒューラン族に似た戦士たちと肩を並べる。ギラついた輝きを湛える瞳に驚きと戸惑いの色が差す。でも次元を超えて初めて現地の人間に出会えたことが嬉しくて、オレは痛いほどの視線が気にならないほど興奮していた。
「あんた、誰だ?!」
「それより今はこいつらをどうにかしねーと! オレも戦う!」

困惑の色は消えないままでも男たちは頷いて、突然現れたオレを受け入れてくれた。一呼吸合わせて、突撃してくる四足歩行の一体を屠る。いける。

前衛に剣と盾を持つ騎士たち、後衛にさっき強烈な破壊術式を食らわせていた術士たちが控え、しっかり連携して背後に隠した人たちを守っていた。特に前衛の戦士たちは十分な訓練を受けているのだだろう、まるでイシュガルドの騎士たちのように剣と盾、戦斧を操る体捌きは安定感があり、白い奴らへ正確に技を打ち込んでいく。

オレの勘は外れていなかったらしい。戦う誰もの瞳には必死に生きたいと願う、オレが置いてきたみんなと同じ光が宿っていた。

なら、オレも負けていられない。
「こっちだ!!」

身軽さを活かしてみんなの対面まで一気に駆け抜け、敵の群れの背後を取る。声と走りながら打った鏑矢の音に釣られて振り向いた白い奴らに向かって、騎士と術士たちが一気にありったけの技を、術を打ち込んでいる姿が白い影越しに見えた。オレの意図をちゃんと汲んでくれたみたいだ。こっちに手を伸ばす奴はギリギリまで引きつけて、強烈な一撃を眉間にお見舞いしていく。

オレの矢は空を飛ぶ細い体を正しく撃ち落としたはずだが、血が出ない代わりに白い煙、否、粒子になって空気に散り不気味な光に肌がざらつく感覚を覚える。

この白い奴らは一体何だ。これまで見聞きしてきたどんな生き物にも当てはまらない。姿形はいろいろ種類があるようだが、基本的に無機質。生物の形をしているのに、感情の起伏が全く感じられない。まるで無が形を成して襲ってくるようだ。
「危ない!」

白い奴らは無機質だからか気配を感じにくいせいで接近に気付くのが遅れた。死角からの一撃がオレに当たる直前、大きな影が滑り込んでガンッと重い音が響く。対面にいた騎士の一人がオレの側に駆け込んで加勢に来てくれたようだ。盾で弾き飛ばした白をオレが矢で貫く。良い連携だ。騎士もそう思ってくれたのか視線が交わり、頷き合う。

白い奴らは数が多いものの統率が取れているわけではなく、単純に個々がその欲のまま襲いかかってきている。治療士たちの支援もあって、騎士と術士たちは着実に攻勢を強め、やがて白い奴らは残りわずかとなった。もう一息。
「こいつで、最後だ!」

熊のような姿の白い奴の脳天を撃ち抜くと、断末魔を上げてその白い体は光の粒子となって弾け飛んでいった。生き物の姿をした生き物でないもの。魔物ともヴォイドの妖異とも違う散り様に不気味さが残る。

久し振りの集団戦闘が成功して、ほっと息を吐いていると、すぐ隣りで戦っていたエレゼン族の騎士が拳をこちらに向けてくる。一瞬意図が読めなかったが、すぐに理解してオレより一回り以上大きなそれに自分の拳を当てる。一時の共闘でも心は通じ合う、たとえそれが異郷の者たちでも。
「協力、感謝する。怪我はないか?」
「ああ、オレは大丈夫だ。そっちこそ、信じてくれてありがとう」
「いいや、礼を言うのは私たちの方だ。何か出来ることはないだろうか?」
「お礼なんか良いよ。あ、じゃあさ、いろいろ教えてくれよ。オレ、田舎から出てきたから知らないことだらけなんだ」
「田舎?……ああ、私たちが知り得ることであれば力になろう」
「ありがとな!じゃあ、まずは」

ちょうどのタイミングでオレのきゅるる、と腹から切ない音が鳴る。

戦闘中には凛々しい横顔を見せていた騎士はきょとんとして、そして耐えきれないとばかりにその長躯に相応しい大きな笑い声を上げた。
「……あっははは! そうだな、まずは休息を取ろう。怪我人は治療を、他の者で野営の支度をしよう」
「悪いな……」
「なに、恥じることではない。私たちは生きているのだから」

周りでこちらの様子を伺っていた人たちも、騎士の笑い声に安心したように緊張を解いていくのが分かる。それを表すように、小さなヒューランの子どもが駆け寄ってきて、使い込まれた騎士の外套の裾を握った。大きな体の影からオレを覗き見ているようだ。騎士はというと、側に控えていた術士にいくつか言葉をかけ、足にくっついている子どもの頭を撫でながら改めてオレに向き直った。
「申し遅れた。私はルネ、レイクランド連邦の騎士だ。この子や他の者たちも同郷なのだ」
「ルネ、よろしくな!あと、その……悪いんだけどさ、ちょっと理由があってオレは今、名乗れねーんだ」
「ほう、訳ありか。まあいい、今時珍しくもない。さて、恩人に頼むのも申し訳ないのだが、君も少し手を貸してくれないだろうか。見ての通り、人手が足りないものでな」
「勿論だ!」

ルネとちびっこにニッと笑いかけて、オレたちは一緒にひとときの休息へ向かった。

少なくない怪我人の手当てを終えた後は、ルネたち一行と一緒に食事を共にさせてもらった。久し振りに誰かと食べる飯はあたたかくて美味しくて、じんわりと目頭が熱くなる。これからは一人で計画をこなさなきゃいけないのに、序盤も序盤で寂しがってるようでは先が思い遣られるぞ、と心の内で情けない自分を叱咤する。

食事の後は約束通り、ルネにあれこれと質問を投げる時間をもらった。焚き火の近くで話そうという誘いに乗って二人でいると、さっきまでは警戒して近づいてこなかったちびっこもいつの間にか膝の上に乗ってくるまで懐いてくれて、最初は一緒になって話を聞いていたが、疲れが出たのか今は大人しくオレの膝で眠っている。
「そろそろ眠くなる時分だったか。すまない、青年。重いだろう、引き取ろう」
「大丈夫だ、起こしちゃ悪いしさ」

明るい空を見上げてから、眉を下げて引き取ろうとするルネを制して、そのまま小さなあたたかい塊を膝に乗せたまま話を続けることにした。

ルネたちの状況や故郷の話、そして今この世界に起こっていること。話は多岐に渡ったが遂にオレが一番知りたかったことの一つに至ることが出来た。
「全て光の氾濫が起きてから、か……」

この世界において数年前、光の氾濫は起こっている。

これでようやくここが第一世界だと確信出来た。シドたちの研究は何も間違っちゃいなかったんだ。ひっそりと気付かれないように安堵の息を吐く。
「ああ。あの白い敵の正体はよく分かっていないが、人や動物を喰らい、仲間を増やすようだ。お陰で家畜たちも……」
「生き物を食って? もしかして、あの白い奴らは……」
「恐らく、君の推察の通りだ。奴らが増える方法は『捕食』だけではないようだが、いかんせんこんな状況では情報の集約すら難しいものでな」
「……辛いな」

思わず音にしてしまった言葉にハッとする。何も知らないオレが言ってもいい台詞ではない。だが、ルネはやさしい笑みを絶やしてはいなかった。その胸中には一体どれほどの痛みがあるのか計り知れない。
「……さて、光の氾濫についてだったな。あの日、突如として輝く光の波がいずこからか現れ、全てを飲み込んだのだ。内地たるレイクランドには波は届かなかったものの、環境の均衡は崩れ、これまでと同じ暮らしを営むことは出来なくなった」
「……他の土地はどうなったんだ? もしかして、全部その波に飲み込まれたのか?」
「いいや、ある女性によって食い止められたそうだ。その救世主の名は、光の巫女ミンフィリア……誰が初めに呼んだのかも分からないが、皆そう呼んでいる」

ミンフィリア。

エオルゼアに残された資料の中で、あいつが聞かせてくれた物語の中で幾度も出会った名前。暁の血盟の盟主。あいつが英雄と呼ばれるきっかけを与えた人。そして、星の代弁者となった人。

いくつもの物語を内包するその人が第一世界に渡ったというのは、あいつの遺した手記の中にも書かれていたから知っていた。ただ、その先にあった彼女の足跡をこんなところで聞くことになるだなんて。

数年前、光の氾濫に今にも飲み込まれようとするナバスアレンの宮殿上空に、彼女はあたたかい輝きをまとって現れた。他にもいくつかの影を見たという声もあったらしいが、詳しいことは分からずじまいだという。
「ここから南にあるナバスアレンなら光の波によって抉られた大地が見られるそうだ。そこが人の住める土地と外側の境界ということになる」
「そうか……機会があったら見に行ってくる。いろいろ聞かせてくれて本当にありがとな。話しづらいこともあったろ」
「いいや、気にするな。語り継ぐことも生者たる我らの役目だ」

戦場の勇ましさからは到底想像出来ない、やわらかい表情を向けてくれるルネは物語に登場するような理想の騎士そのものだと思った。揺蕩うような栗色の長髪、厳しさとやさしさが同居する整った容貌もそうだが、戦場やその後の休息の時間にもルネの周りにはずっと誰かがいて、彼が人として慕われている様子がよく分かる。 
「あとさ、今って何時頃だ?時計が壊れててさ」
「それは難儀だな。どれ、待っていてくれ」

懐を探って時計を取り出したルネの様子には、怪訝そうな色も疑いの眼差しもなかった。ものすごく遠い場所から来たからレイクランド付近の情報に疎くてほぼ何も知らない、という説明が幸いしてか名前も出身も目的すら明かせなくても今のところは怪しまれていないみたいだ。
「ええと、今は夜の十時頃だ」
「……よ、る……こんなに、明るいのに?」
「ああ、そうだが?」

至極当然というルネの顔に嘘ではないことを悟った。

この世界に来て、いくつか気になったことがある。人の気配が少ないこと。これは光の氾濫のせいで人が住める土地が少なくなったことと、白い奴らから隠れているからだ。そして、もう一つは時間が経っても空の色が変わらないこと。今、疑問は確信になった。

この世界は闇そのものが失われている。

光の氾濫、属性の偏りが夜を奪うだなんて信じがたい形で顕れたのだと気付いて目眩がした。あまりに大きい、世界という規模。これをあいつは一人で、背負って。
「……ありがとう、ルネ。この子、お願いな」
「あ、ああ……」

頭の中を駆け巡る思考で、鼓動が速くなっていく。震える手でオレの膝の上にいる小さな塊を抱き上げてそっと手渡すと、急な動きに戸惑いながらもルネはちゃんと引き取ってくれた。そのまま側に置いていた弓矢とマントを引っ提げるオレを見て、焚き火の向こうの騎士は少し慌てだした。
「待ってくれ、こんな遅くに何処へ行くんだ。故郷は遠いのだろう?」
「ああ、故郷には帰れねー。だから、オレはあの塔に戻るよ」
「塔……? 君は一体……いや、何にせよもう少し休んで行った方が良いだろう」
「ありがとう。でも、オレはオレのやるべきことをやんなくちゃ。あんたに会えていろいろ教わって、分かったことがたくさんあるからな!」

本物の騎士には敵わないけれど少しでも優雅になるように意識して、胸に手を当てて軽く頭を下げる。感謝を伝えるとルネはそれ以上、引き止めるようなことは言わなかった。
「青年、もし答えられるなら教えてほしい。あの塔は一体何だ?危険なものではないのか?」
「ああ、あれはクリスタルタワー……オレが喚び出した、希望だ」

山々の向こう、空高くそびえ立つ水晶の塔を二人で見上げて少しだけ沈黙に身を任せる。そう、あれは希望だ。この世界、そしてオレたちの大事な人の滅びの運命を覆す。必ずやり遂げてみせる、大いなる計画のための希望の灯火。
「ルネ、あんたと仲間のみんなの戦いっぷり、すげーカッコ良かったぜ。じゃあ、またな!」
「っまた会おう、青年!」

駆け出したオレの背中にめいっぱい張り上げたルネの声が追いかけてくる。逸る鼓動を抱えたまま振り返ると、騎士は片手に子どもを抱えて大きく手を振ってくれていた。オレも同じように手を振って、何度となく口にした祝福の言葉を贈る。
「オレたちの旅路に、クリスタルの加護があらんことを!」