05__今、出来ること

見渡す限りの焼け野原をただ歩き続ける。

呼吸をする者はいない。見覚えのある紋章が描かれた旗、持ち主を失った武器、全てが焼け落ちている中をオレは歩き続ける。

何度も繰り返し見た夢だが、今回は何故か鮮明な色がついていた。灰色だった大地と空は赤と黒で染まりきっていて、むしろ色がない方がよかったとさえ思えるほどの惨状が彩りを持ってオレに突きつけられる。

だから、初めて気付けてしまった。重なるようにして倒れる人々の中に、赤い衣を護り抱くあいつの背中があることを。

「っは……!」

ここ数年で最悪の目覚めだ。

床にうつ伏せになって落ちていた体を溜め息を吐く呼吸の勢いに乗せて、いつもの調子で起こそうとして思い留まる。

オレの体は今、どうなっている。

そうっと右手を動かしてみると特に問題なく動くし、目視では傷もなさそうだ。酷い音を立てていた体にはかすかに鈍痛が残るばかりで、なんなら今までよりも少し調子がいいくらいの軽さを感じる。そのまま右手で体中にふれて状態を確認すると、胸の真ん中に違和感があった。そういえば、バキバキという音は胸の奥で響いていたような気がしたことを思い出し、ごろりと体を仰向けに転がしてから上着をくつろがせ自分の胸のあたりを覗き見る。

丁度心臓の真上あたり、本来肌色であるべきそこはクリスタルの碧に覆われていた。

自分には有り得ない肌の色に一瞬驚きすぎて胃がひっくり返る心地を味わったが、なんとか酸っぱいものを飲み下して、むしろ計画の第一歩目の成功を確認出来たことに喜びが湧き上がってくる。まさか目に見える形で変化が起きるとは思わなかったけれど、これでオレは無事に塔と繋がったはずだ。

探究心に背中を押されて指先で碧いところをつついてみると、本物のクリスタルのようで硬くてキラキラしている。完全に結晶化しているようだが、体の中は一体どうなっているのか。位置的には心臓の真上だから、もしかして塔と交感したことで心臓──要はオレの核にあたる部分が真っ先に取り込まれたのか。

目を閉じて内側に意識を向ければ、底の見えない淵を覗き込んでいるような、何か大きな流れがすぐ近くにあるような気がする。この先が多分、クリスタルタワーと繋がり、その根源へと至る道なのだろう。
「……あいつが見たらびっくりするだろうな……」

何にでも興味を持って接していたあいつなら、最初は驚きこそすれ、どういう構造になっているのか、どういう原理でオレの体と同化しているのか質問責めにしてくるだろう。いや、扉の前に幻影を遺すほど後悔していたあいつは怒るかもしれない。有り得ない未来を想って漏らした笑みを連れてオレは鏡の前から起き上がり、毎朝のように部屋を出てみんなの元へと赴いていった。

外は相変わらず肌を焼かれている錯覚を覚えるほど強い光に満ちていて、いくらか塔に近づいたテントの村に向かって歩く最中もフードを被っていないと眩しくて辛く感じる程だった。みんなは特に眩しそうにはしていなかったけれど、光の氾濫以降の数年である程度適応しているということなのだろうか。

思考が巡りだす直前、丁度テントから出てきたルネを見つけた。誰が見ても寝起きだと分かるほどの気怠さを醸し、無精髭まで生やしている騎士はなんだか見ていて面白かった。
「おはよう、ルネ」
「青年!? よかった、無事だったのだな」
「ん? オレはなんともないけど……?」

ルネの声に他のみんなも集まってきて、「良かった」とか「安心した」とか口々に呟いていたり、深くふかく安堵の息を吐いている様子に違和感を覚える。オレが塔に入って交感したのは昨日の夜、そこから普段通りの時間に起き出してきたのにも関わらずここまで心配されているのは少し妙だ。
「兄ちゃんがふらっと散歩に行ってから、急に塔が光ってさ! 三日も戻ってこねぇから何かあったのかと思って心配したんだぞ?」
「み、三日?!」

ウィルの言葉に今朝二回目の驚きをぶつけられた。時計はいつもオレが起きる時間を指していたから気付かなかったが、三日も姿を消していたのならみんなの反応もよく理解出来る。意外と体への負担がかかっていたらしいことをこんな形で突きつけられるとは。でも、これからはもうこんなことも起こらない。オレの仮説、そして感覚が正しければオレの体は塔からのエネルギー供給を受けている状態だから、きっと今までよりも体力やエーテルの消費が少ないはずだ。つまり、負担の大きい技を使ってもダメージは軽減出来るし、ある程度は休まなくても大丈夫だということだ。
「もしや中で倒れているのかと様子を伺いに行こうとしていたのだが……」
「あー……ちょっとだけ研究に集中しすぎちまった! ごめん、ひとまず一区切りついたからもう大丈夫だぜ」

これ以上心配をかけまいと笑顔を見せると、ほっと頬を緩めたルネはその背中に隠れていたミコッテの少女を前に差し出してきた。たくさん文字が書きつけられた紙を持ってもじもじしている少女は、緊張が混じる面持ちでオレにそれを渡してくれる。書いては消しを繰り返して少し皺の残るそれを両手で受け取って目を滑らせると、丁寧に書こうという気持ちが見える文字がきっちり列をなしていた。
「これって?」
「お兄ちゃんがいない間ね、みんなでどんな街にしたいか考えてたの」
「国や郷を護る経験はあれど、創るのは誰もが初めてだからな。意見を出し合ってみた。それでな、君に見せたいとこの子が議事録を取ってくれたのだ。参考になるだろう」
「そうか、ありがとな!」

ぴぴ、と得意げに耳を揺らす少女の頭を思わず撫でてみると、笑窪を深くしてくれた。ここにいるみんなが不安を抱えながらも前を向こうと、オレの言葉を信じてくれている。その思いが形となって手の中にあるようで、もう熱を感じることのない胸が温度を持ったような気がした。
「じゃあ、早速話し合いを始めようぜ。こういうのは早い方が良いんだ」
「ああ、そうしよう。みんな、広場へ行こう!」

ルネの大音声に導かれるように彼を先頭にして人々がテントに囲まれた、三日前の宴の会場へと集まっていく。オレはすぐについては行かずに、渡された紙をもう一度眺めていた。やっぱり、読めない。

次元を超えて危惧していたことの一つに、言葉の問題があった。ルネと出会った時に話し言葉は音が似ているから何とか通じることが分かって安心していたが、やはり文字は別だったらしい。古い文献に似た文字を見たことがあるような気がするが、アラグが専門だったオレにはどうしても読めないものだった。
「そんなに熱心に見つめなくても、みんな集会で話してくれると思うぞ、塔の君」

足を止めていたのが気になったのか、先に子どもたちと行ったイヴが戻ってきていた。イヴは光耀教の司祭。エオルゼアでも教会は教育の場になっていたから、もしこちらでも同じならと期待を込めて問いかける。
「イヴ、お願いがあるんだけど……オレに、読み書きを教えてくれねーかな」
「……てっきり君はどこぞの学者だと思っていたのだが……どうしてまた読み書きを?」
「その、オレのいたところとは言葉が違うらしくってさ……忙しいのは分かってるから、たまにでいいし本を貸してもらうだけでもいい! 頼む!」

なんとか必死なことが伝わるようにと顔の前でパンッと手を合わせてお願いの姿勢を取ってみた。しばしの沈黙の後、ふっと息が吐き出される音がしたかと思うと肩に手が置かれる。顔を上げて伺い見たイヴはやさしい笑みに少しの呆れを覗かせていた。
「……ディアミド様とは違って、半人前の私が教えられることは少ないだろう。それでもよければ、君の力となろう」
「っありがとう!」

肩に置かれていた手に握手を求められ、オレは迷わずその手を取った。嬉しさから握った手をぶんぶんと振っている間もイヴは我がことのように笑顔を綻ばせてくれていた。オレは何処にいたって誰かに生かされているのだと感じる。
「さあ、みんな君を待っている。行こう、私たちのこれからを話しに」
「ああ!」

オレたちは二人並んで広場へと歩き出した。正真正銘、これからオレの計画が動き始める。そう思えばこそ、手の中にある知恵を握る力も強くつよくなっていった。

すでに全員集まっていた広場の中心には紙の束が置かれていて、みんなはその周りを囲むように円になって座っていた。空けてくれていたルネの両隣りにオレとイヴが座るとざっと視線が集まる。正直なところ、視線を集めるのは苦手だ。幼い頃は兄弟たちとも、自分の左目とも違う紅い目が他人の視線と好奇心を集めて碌な目に遭わなかった。でも今、この場においてはあの時のような嫌な感じはなくて、それがオレもここにいて良いのだと言ってくれているようでなんだか慣れない。

むず痒さを誤魔化すように手近にあった紙を持ち上げると、そこでやっと紙片がいろんな色を持っていることに気付いた。草を織って作られたものから上等な羊皮紙、綺麗な便箋まである。種類も大きさもバラバラだが物資が少ないのにも関わらず何冊も分厚い本が作れそうな量の紙片は一体何処から調達したのかと問えば、塔に集ったそれぞれが手元に保管していたものを持ち寄ったのだという。自分たちがすることを書き残しておけばきっと未来で役に立つだろうから、と。

きっと大切に仕舞っておきたいものもあっただろう。それでも、先の時代へと繋ぐという一心だけで今を差し出せる強さをここに集う人々はすでに持っているのだ。そう、オレは今、前へ進もうともがく人々が手繰る歴史の只中にいる。
「まずは現状、必要なものを確認しよう」

オレたちの前に立ちはだかる大きな壁、その一つは物資不足だ。光の氾濫以降、今を生きるのに必死だったレイクランドの経済はほぼ壊滅していると言っていい。

特に食料問題はすぐにでも解決しないといけない。今、塔の下に集っている人数ならしばらくは狩りや備蓄を崩すことで食い繋ぐことも出来るだろうけれど、それでは先細りするばかりだし塔を目指してくる人がこれからも増えることが予想出来る今、早急な食料の確保──ゆくゆくはこの街だけでの自給自足の安定が目標だ。

だが、光の反乱がもたらした環境エーテルの変化によって、それまでレイクランドで自生していたり栽培されていた既存の作物の多くは実をつけることすら難しく、収穫出来たとしても毒性を持ってしまい、安心して食べることが出来なくなっているものが大半だった。

幸い水に関してはシルクスの塔の地下にあった水脈が一緒に転移してきているらしい。原初世界にあった時と変わらず塔の内部には水が絶え間なく流れ続けていて、試しに口に含んでみたけれど飲み水に使っても問題がないくらい澄んでいた。
「やっぱり手っ取り早いのは既存の作物の品種改良、かな」
「それでも何年かかるか分からないぞ?」
「やらないよりはいいさ!」

早速、ウィルや彼と同じ村、それに他の土地で元々農業を生業にしていた人々が集まって農作物の改良とすぐにでも栽培出来そうな植物の選定に乗り出すことになった。土地に詳しい専門家たちがいればきっと近い将来、食料の確保が出来るようになるだろう。
「じゃあ、食料チームが安心して研究出来るように、安定するまで繋ぐ方法も考えなきゃな」

何もないところに街を創るのだから話題は二転三転、さまざまな分野に飛んでは戻って、また補足をしてを繰り返しているが、それでも向いている方向が一つだという事実が結束感を生み出していた。口々に挙げられていく街を創り上げていくための事業、それに携わりたいと各々が手を挙げて着々とチームが組まれていく。それを持ち寄った紙に書き残してくれるのはさっきオレに昨日までの議事録を見せてくれた少女だった。漏れがないように必死に手を動かして、大人たちの言葉を丁寧に拾って書き連ねられていく文字列はきっと将来、街で生きる人々にとってかけがえのない財産になる。そうやって歴史は紡がれていくのだから。
「他の地域との交易で物資を手に入れる、というのはどうだろう」

すぐにでも必要な衣食住の整備に関わる話題は必ず物資不足という大きな壁にぶち当たり、その解決策を打ち立てることに難航していた中、基本は話の聞き手に徹していたルネが顎に手を当ててぽつりと呟く。それまで手持ちの物資をやりくりすることばかりを考えていたが、内側で何ともならないのなら外に解決策を求めればよかったのだ。
「物資が安定して手に入れば、作れるものも増えるし効率も上がる」
「ぼく、おうちがほしい!」
「そうだな、いつまでもテントは困るし」
「おい、誰か地図持ってないか!」
「ディアミド様のものがテントにあるから持ってくる」

外の世界に『物資不足』という壁を乗り越えるための光明が見えてきて、みんな一様に沸き立っている。議事録の紙を一旦避けて、広場の中心にはイヴがディアミドから引き継いだという世界地図が広げられる。

改めて地図を見ても、馴染みのある地形は見つけられなかった。構成するものに見覚えがあるものがあったとしても、シャーレアンもエオルゼアも帝国もなく、オレは確かに違う世界にいるのだとまた実感する。じっと地図を見つめていると、ルネがオレの肩を軽く叩いて地図の上に指を滑らせた。
「青年、ここが我らが居るレイクランドだ」

指は北から時計回りにフッブート王国、古代文明が栄えたというラケティカ大森林、大国ナバスアレンがあったアム・アレーン、そしてユールモアという都市国家が治めるコルシア島へと順々に滑り、位置関係とそれぞれの概略を教えてくれた。
「交易相手となると、やっぱりナバスアレンか?」
「でも砂漠の方はもうほとんど人が残ってないって噂だぜ?」
「私、フッブートから来たの。残念だけど、あっちにもう国は残っていないわ……」
「じゃあコルシア島かぁ」

塔に集う人たちはレイクランドの中で移動をしてきた難民が大半だが、ルネの説明にもあった隣接する地域の出身者も少なからずいる。ノルヴラントは種族間の仲があまり良くないらしく、塔に集った人たちの中でも喧嘩が起こって仲裁に入ることもしょっちゅうだった。特にレイクランド連邦出身者とヒューラン以外の種族は犬猿と言っても差し支えないほどに険悪で、人が集まり始めた頃は顔を合わせる度に暴発するなんてことも多々あった。

だから、連邦の騎士だったルネの口から他の地域、つまり多種族との交流を提案されて少なくともオレは驚いた。もしかしたら連邦の中と外で何かあったのかもしれないな、と機会を見て聞いておこうと思っていたのを今更思い出してしまったけど、ここで聞くわけにもいかないし困った。
「私は反対です!!」

各地の状況の整理をしている中、高い声が広場の真ん中を突っ切っていき、誰もがその声の方向を振り向く。そこには手をぐっと握り、わなわなと口を引き結んだ男が立ち上がってルネをキッと睨みつけていた。ルネと同じ装備と腰に帯びた剣が彼の部下、レイクランド連邦の騎士だと周りに知らせてしまう。
「大声を出すな、みっともない」
「しかし……! フッブートもユールモアも、ロンゾもドランも! 我らエルフ族から領土を奪った輩どもではないですか! そんな、そんな奴らと今更……!」
「今は我らの歴史よりも──」
「待てよ、兄ちゃん。今のは聞き捨てならねぇ」

青年の強い言葉に立ち上がったのは頻繁に喧嘩の相手になっていたアウラ族とロスガル族の男たちだった。みんな大人だ、まさか子どもたちも見ている前でこのまま喧嘩を始めるなんてことない、と思いたいが。
「元はと言えばノルヴラントは我らエルフ族が覇を唱えた土地。貴様ら異種族に大きな顔をさせるはずがない!」
「いつまでそんな大昔のことを引きずっているんだ? いい加減、そんな古臭い過去なんか死んだ国と一緒に捨てちまえ!」
「なっ貴様!!」
「はいはいはい!! そこまでだ!! どっちも落ち着け、みんな怖がってるぜ」

文字通り、鼻を突き合わせていた渦中の男たちの間に割って入り、物理的な距離を取らせる。ハッと周りを見回して一応黙りはしたが、オレの頭上ではなおも唸り声と睨み合いが続いていた。双方から振り上げたまま収めきれない怒りが漏れている。このまま抑えつけて解決した風に見せることは簡単だろう。だけど、この怒りの根源──恐らく、歴史的な背景を持つ根深いものをどうにかしないとオレたちの街を創り上げていく上で、それ以前にこの限界に近い世界で共に生きていくためにあまりに不安定で危ない。
「座れ、それでも民を護る騎士か」

オレが口を開くより先に自分の部下に向かって投げられるルネの言葉はその意味以上に重く、冷水を浴びせているように感じられた。それを諸に被った青年はビクリと肩を揺らし、押し黙ってしまい動きすらしない。さっきまで人々の間でにこやかに話を聞いて、求められれば意見を述べていた穏やかな騎士の姿は残っていない。ふれればこちらを凍てつかせてしまうような冷たさ、容赦ない圧。彼の戦人としての側面。人の上に立つ人間、特に部下という命を預かる立場だから決して乱れを許さない厳しさを持っているのだろう。

戦場では命令を聞けない奴から死んでいく、歴史上にも英雄譚の中にもそうやって命を落としていった人物は履いて捨てるほどいた。だが、ここは戦場じゃない。自分の家では歯を食いしばって感情を殺す必要なんてないのだから。
「みんなの話をオレが聞く。静かなところに行こうぜ」
「……あなたも外から来た異邦人だ。信用出来ない」

自らに注がれる圧に押し潰されそうになりながらも低く唸る青年は家族を守ろうと必死な手負いの獣のようだ。大事なものが踏み荒らされるかもしれないという恐怖と青年は戦い続けていたのだ。それがきっかけを得て、言葉になって溢れてきただけ。ずっとずっと耐えてきたのだ。

今、必要なことは何だろうかと考えながら、真っ直ぐに事実だけの言葉をかける。
「そうだ、あんたの言う通り、オレを含めてここはもう異邦人だらけだ」
「っそうやってまた! 押し寄せてきた外の人間ばかりが良い思いをするように丸め込むつもりだろう!!」
「いいや、そんなことはしないし、させねぇ。あのさ、オレはうんと遠いところから来たんだ。素性も知れねぇ胡散くせぇ奴だけど、逆に言えばしがらみが一切ない。分かるか? 今、誰かに肩入れする意味がねぇんだよ」

ぐっと押し黙った青年から、アウラとロスガルの男たちに視線を移す。オレなんかが見ただけでびくりと肩を震わせる血気盛んな奴らも、決して悪い奴じゃない。連邦のみんなと同じように大事なものを守りたいだけだ。ただそんな単純で素朴な願いさえ、生まれや歴史が歪めて難しくしてしまう。

なら、ここにいる奴らだけでもそんな当たり前の願いを持って、叶えられるようになってほしい。そのために共に歩いてほしいと、そう思えた。
「あんたらも。歴史、風土、他にもいろいろな話を聞きてぇんだ。みんながもう勘弁してくれって言いたくなるくらいな。そうしたらさ、きっとみんなでみんなの大切なものを守れる方法が見つかる、なくっても編み出せる。オレは、そう信じているよ」

最後、駄目押しとばかりにニッと笑ってやるとアウラとロスガルの男たちは顔を見合わせ、やがてその場に静かに座ってくれた。ありがとう、と彼らに届くよう小さく呟いてから、ぐずついているエレゼンの青年に真っ直ぐ見つめる。ルネの鋭い視線はまだ彼に注がれているがお構いなしに語りかけた。
「なあ、あんたの大切な故郷のこと、教えてくれないか?」

予想出来なかっただろうオレの言葉に青年は少し迷っている様子だった。まごつく姿に思わず小さく吹き出してしまい、ひりついた空気にオレの呑気な笑い声だけが響いていて滑稽だった。きっとあいつもこういう時に真面目にはいられないだろうし、追いかけてる内にちょっと似てきたかな、なんてまた笑みが深まる。

ひとまず、空気を切り替えるためにパンッと一度手を叩いて心配そうな顔が並ぶ広場を見回す。
「丁度話し合いも長くなってきたから休憩にしよう! 一時間後、集合な!」

急な切り返しに戸惑いながらもあちこちで肯定の声が上がり、座りっぱなしで凝っていた体を解す人やお茶を淹れようとテントに戻る人もいた。子どもたちは窮屈な雰囲気から逃げ出すように早速遊びに行こうと元気に走り回っている。

オレは泣きそうな顔の青年に近寄って肩を押して一緒に広場を離れ、塔へ向かった。オレとそんなに年は離れていない気がするが、今まで大事なものを守ろうと鍛えてきたこととエレゼンらしい長身痩躯という特長もあってか随分と年上に見える。塔の門に至るまでの階段に並んで腰掛ける頃には気持ちが落ち着いたようで、彼は少し恥ずかしそうに手元を見つめていた。
「取り乱してしまって、すみませんでした……」
「いいや、オレこそ知らないことが多くてごめんな。さっきも言ったけど、あんたの話、聞かせてくれねぇかな。さっき、他の奴らが領土を奪ったって言ってただろ?」
「……レイクランド連邦のことを知らないなんて、本当に遠くから来たんですね」
「ああ。だから、これからもいろいろ聞いちまうかも。許してほしい」
「あ、いえ……異国の人なら仕方ないと思います、多分」

剣を抱えて座る青年は大きな体を丸め、少し逡巡しながら一つ息を吐く。記憶の中から引き上げてくるものを探すように、青年は言葉を少しずつ紡ぎだした。
「……レイクランド連邦は、かつてノルヴランド中から追い立てられた私たちの祖先が作った小さな国の集まりです」

青年はかつて自分の祖父から聞いたという、レイクランド連邦の成り立ちについて語ってくれた。

王道を歩んでいたはずのエレゼン族はノルヴランド各地で追い立てられ、聖地である始まりの湖を守るために逃げ込むようにやってきたレイクランドで王を立て、それまで持ったことがなかった『国』を作った。苦しくても、落ちぶれたと謗られそうと、民が幸せに笑い合っている平和の時代だったそうだ。

そして、光の氾濫より数年前に守旧派──かつての栄光を取り戻さんとする一派がとある力ある者の元に集い起こした騒乱によって苦難を乗り越え、やっと手にした平穏は崩れる。
「僕らの国は光の氾濫なんかなくたって、とっくに滅びかけてたんです……僕の両親も、その戦乱の中で亡くしました」

声は出さず、ただ頷く。彼が言葉を探しながら話していることは感じ取れていたから、その流れを邪魔したくなかった。それ以上に、何を言えばいいのか今のオレには分からない。
「本当は分かってるんです。こんな世界でずっと僕らエルフだけで生きていくなんて無理だって……でも、どうしても許せない……こんな気持ちを抱えた奴らが僕らの国を滅ぼしたんだってことも分かってるんですけどね」

青年は物心ついた時から聞かされていた言葉が旧く、暗い呪詛だと知らずに抱えて生きてきたのだ。もしかしたら、ルネや他のみんなの中にも同じ思いを持っている奴がいるかもしれない。それを今すぐ全て捨て去ってみんな仲良くするなんてことは難しいし、必ずしもそれが正しいとは思えない。ただ、方法がまずかったというだけで故郷を求めることが悪ではないから。矛盾することだと分かっていたから、彼は広場で戸惑いの中、否と叫ぶことしか出来なかったのだ。

整理しきれない気持ちを言葉に形作ったことで分かったことがあったのだろう。はあ、と大きく深く息を吐いた青年は幾分かすっきりしたような面持ちをしていた。
「オレの故郷でもさ、種族間での争いってのはたくさんあったんだ。支配したり、略奪したり、戦は長い間続いた。睨み合いになったし、終わったと思ったら騙し打ちで再燃なんてことも起こった」

塔を見上げながら、オレも一つ一つ言葉を選ぶ。エオルゼアだけじゃない、シャーレアンの外では戦火が広がり続けていた。手を取り合うべき人たちが憎み合ってより泥沼に身を埋めていくところを何度も見てきたし、本が語る歴史でも蛮族と呼ばれる異種族との、そして人同士の争いは絶えなかった。

だが、そんな暗い時代にも星は輝く。物理的な力だけじゃない、強い意志が人を結びつけて未来を紡ぐのだ。
「でも、どうしようもない窮地に陥った時、最後には敵同士だと思ってた奴らが手を組むんだ。今よりもましになるならってな」

青年と同じ、エレゼン族とヒューラン族の諍いが絶えなかった森の都の歴史を語れば、かつて勝手に競争を仕掛けた時に感じた風が鼻腔を擽っていく。姿が見えない声に戸惑いながらもしっかり後を追ってきたあいつの足音が聞こえた気がした。
「……すぐに許せなんて言わない。でも、いがみ合って歩きにくくなるよりは、自分で納得いくように変えていく方が楽しくねぇかな?」

それが一つ一つ撚り合わさっていくことが人の紡ぐ歴史だと、オレは信じている。

塔から視線を戻すと青年は目を丸くして、一際強く剣を抱き締めていた。話が分かりにくかったか、少し詩的すぎたかと内心慌てていると彼はふっと肩の力が抜けたように微笑む。
「……驚いた。そんな風に考えてたなんて知らなかったです」
「あ、悪ぃ……その、説教するつもりとかはなくて……」
「いいえ、話してくれて、それと僕の話を聞いてくれて……放っておかないでくれて、ありがとう。お陰ですっきりしました」

軽く頭を下げてもう一度微笑みを深くした彼からはもう呪詛の匂いはしなかった。
「きっと、全部許すことは難しくても……でも、認めて抱えていくことは出来ると思うから。だから、僕も僕らの街が大きくなれるように頑張ります」

そう言って笑う彼もルネとは違う強さを持っていて、きっとそういう彼だからこそ理解出来ることもたくさんあるんじゃないかと身勝手にも街の行く末に明るい光を見たような気がした。きっと彼がいれば、背中を追いかけていく途中で置いていかれそうな人にも手を伸ばすことが出来る。
「さあ、みんなのところに戻りましょう。そろそろ休憩時間も終わりですから」
「そうだな、戻ろうか」

来た時とは違って、オレたちは肩を並べて話し合いの会場になっている広場へと歩いて戻っていく。もうじき到着というところで一人、見慣れた騎士が誰かを待つように切り株に腰掛けていた。
「ルネ様!」
「二人とも、戻ったか」

駆け寄るオレたちを立って迎えたルネは、きっと尻尾がある種族なら萎びているだろうと幻覚が見えるほど眉を下げて落ち込みきっていた。付き合いの短いオレはともかく、同郷で部下である青年にとってもそんな姿は珍しかったみたいで彼も隣りで目を丸くしている。
「さっきはすまなかった。広場にいた皆や青年にも迷惑をかけてしまった」
「……私も、すみませんでした。声を上げるにしても、もっと方法があるはずだったのに……」

潔く頭を下げ合う二人の騎士の間にはもう冷たい水の流れはなく、ただ少しの気恥ずかしさが漂っていた。これまで積み上げてきた信頼があるからこそ、二人はまた新しい関係性を作っていけるのだろう。少し、羨ましい。
「ルネにも思うことがあってのことだってオレたち分かってるから。でもさ、これからは一人一人の声が明日を作っていくんだ。だから、今日みたいに押さえつけるのは止めようぜ」
「ああ、我が名に誓って」

二人の肩に手を置いて顔を上げさせるといつもより距離の近くなっていた二人はそれに気付いてはにかみ合い、どちらともなく握手を交わす。三人並んで広場に帰ると、状況を察しているのかルネを指して呆れた表情を浮かべるイヴに出迎えられ、オレたちはまた輪の中に戻っていくのだった。

話し合いは夕飯までと定めた今日、意見の出し合いは一旦控えて明日からの指針をまとめる方向へと舵をきることにした。

食料関連はすぐにでも進めるが、交易については地盤もなければ相手の益になるものが何かも分からないまま動くのは得策ではないとして、しばらく様子を見ることになった。それに、内側の結束を高めきれていない今は時季ではない。
「大方は方向性が決まったな。家や施設の建築も急ぐとして、あとは何が必要だ?」
「みんなが安心して眠れるように、と言うなら……やはり、防衛する策は必要だろうな」

頭の中ではずっと考えていたけれど、やっぱり上手くいく方法はすぐに思いつかない。冒険者ギルドみたいなものがこっちにもあれば手っ取り早かったのかもしれないけど、そういうものは絶えて久しいか、そもそもないみたいだった。
「防衛って言っても、いろいろあるだろ?」
「兵力、設備、街自体を要塞化するとか!」
「でっかい壁でも作れたら楽なんだろうがなぁ」
「壁か……罪喰いもいつまた襲ってくるか分かんねーしな……」

兵力と聞いて、反応したのはさっき話していたルネの部下だった。そっとルネの籠手をつつき、言葉を促している。
「ここに集った者のうち、今すぐに戦力となるのはレイクランド連邦の騎士団が中心となる。ならば、護り手の役目は我らが担おう」
「……ルネたちばっかりに負担がかかるようなことはしたくねぇんだけど」
「今だけを耐えれば良いのだ。後輩の育成も我らが担おう。訓練を積めば、じきに街を守れる立派な衛兵になるだろう」
「……なあ、俺たちもそれ、入れてくれるのか?」

声を上げたのはさっきも喧嘩の渦中に飛び込んできたアウラとロスガルの青年だった。彼らだけではない。何人かの若者たちがルネをじっと見て、答えを待っている。
「勿論だ。新しい故郷を守るため、共に鍛錬に励もう」
「……ああ、頼むぜ大将!」

ニッと明るく笑むルネに周りの面々は嬉しそうに、そしてほっと安堵したように立ち上がったり、手を取り合って喜んでいた。

きっとルネだけの言葉ではオレも他の住人たちも、この提案を良しとはしなかっただろう。でも、自然と出てきた声や騎士団のみんなの空気に一度は預けてみてもいいのかもしれないと思えた。
「うん、他に適任もいないしみんな納得してるし、ルネを中心に衛兵団を組織しよう。ただ、オレからお願いがある」

ルネやレイクランド騎士団の面々を中心に防衛力を高めるのは自然な流れだ。だけど、さっきレイクランド連邦の成り立ちの話を聞いたからこそ、均衡を保つためにあえて言葉にしなきゃいけない。本当はこんなこと言いたくないし誰かに譲りたいけど、でもきっと外から来たオレだから言えることもあるはずだ。
「専守防衛、戦力が整うまではこれを徹底してほしい。だから、後輩指導を中心に……街を護りたいと思う誰もが力を持てるように、頼む」
「勿論だ。即戦力という意味で我らがいるだけのこと。この後すぐにでも、街を護る志を持つ者を募ろう」
「ありがとう」

ほっと胸を撫で下ろしたオレにルネは一瞬、ウインクをしてみせた。意図は分かってくれていたみたいで更に安心だ。まだ緊張が混じる面持ちだった一部の住人たちにもやっと緩みが見えて、たとえ嫌なことでも言ってよかったと思えた。

ルネの部下が外との交易に始めは抵抗を示したように、後進を育成するとは言っているものの、衛兵団をレイクランド連邦という一つの集団が作ることに不安を覚える人がいてもおかしくはない。もしかしたら今度は自分たちが弱者になるのではないか、と。

でも、この光に侵され、今まさに壊れかけている世界で同族同士で争っている時間はない。過去の歪みはあって当然だからすぐに許さなくてもいい、許せなくてもいい。ただ、今は理解をしようと歩み寄ることが必要だ。共に生きる仲間なのだから。
「さて、と……今日はこんなもんにしようか。何か言い残したことはあるか?」
「はい!」

やや疲れが見え始め、締めの空気になりかけていたところに飛び込んできたのは、書記役を務めてくれていた少女だった。手を真っ直ぐに上げて、猛アピールをしているその子を無視出来るはずなんてなかった。
「はい、どうぞ。お嬢ちゃん」
「えっと……街のお名前、ちゃんと決めてないです!」
「……あ」

盲点だった。この場にいる誰もが近い将来を語ることが楽しくて、足元を疎かにしてしまっていたことに気付かされた。

名は本質を表す。これから創る街の名はそのまま、この世界の希望の名となるだろう。第八霊災の最中、あいつの名が希望を意味となったように。
「青年、君が決めるといい」
「えっ? だって、みんなの街なんだぜ? オレだけが決めちゃ駄目だろう……」
「いいや、私たちに立ち上がる希望を見せてくれた君だからこそだ」

それが当然だと言わんばかりに期待に満ちた視線がオレに注がれている。正直、物凄く困っているけれどそれを表に出すわけにもいかない。困った。
「そ、うだな……じゃあ……」

困り果てて背後のクリスタルタワーに助けを求めるように、その勇壮な姿を見上げる。すると、不意に内側から音が湧き上がる。その衝動のまま、音を舌で転がせばその名はもうずっとオレの中にあったような、懐かしい隣人に再会したような響きを持っていた。

ああ、確かにこの名前しか考えられない。
「どう、かな……?」
「いいんじゃないか?この塔に導かれた私たちらしい」

満足げに頷くイヴを筆頭に名を馴染ませるように、染み渡らせるように名を呟く声があちこちで挙がっている。どうやら名付けの問題は解決したらしい。こっそり胸を撫で下ろしていることには恐らく誰も気付いていないだろう。
「ありがとな、みんな……さあ、明日から忙しくなる。ゆっくり休んでくれ、お疲れさん!」

綴りを考えながらその名を議事録に落とし込んでいた書記役の手が止まった頃合いを見計らって声を上げると、ほっと空気が緩む。広場に集まった住人たちがそれぞれのテントへ戻っていく背中を眺めながら、オレも立ち上がって服についた土を払いつつ歩き出す。
「……でっけぇ壁か……」

防衛策の話題で出てきた言葉が何故か引っかかる。昔読んだ文献の中にそういった記述があったような、それとも映像記録を見たのか。思い出せそうで思い出せない気持ち悪さを抱えて、散じていくみんなに紛れてオレは一人塔への道を歩き出した。
「お兄ちゃん、これ!」
「お、ありがとな。いっぱい書くの大変だったろ?」

塔に戻ろうとするオレを追いかけてきてくれたのは書記役を勤め上げたミコッテの少女だった。彼女は両手いっぱいに抱えた今日の議事録を届けにきてくれたのだ。震える手からそれを受け取り、大人でも根を上げてしまいそうな仕事を成し遂げたことへ心の底からの労いを込めて言葉をかけ、ぴくぴく動く耳を巻き込むように頭を撫でてみる。少女は嬉しそうにくすくすと笑って、オレの手を受け入れてくれていた。
「あのね、みんなのお話聞いて書くの楽しかった! ちょっとだけ手が痛いけど……でも、またやりたい!」
「そうか。じゃあ、また会議の時はお願いするぜ」
「うん!」
「あ、そうだ。ちょっと教えてくれないか?」

こそこそと耳打ちをすると少女は一瞬驚きの表情を見せたがすぐに嬉しそうに、誇らしげにその言葉を指し示してくれた。
「そっか……ありがとな」

満足気に少女は手を振って元来た道を駆け戻って行った。途中何度も振り返っては手を振る元気な後ろ姿が見えなくなるまでオレは小さな背中を見送ってやる。やがてびっしり文字で埋めつくされた中からオレたちの街の名──『クリスタリウム』と綴られているらしい箇所を撫で、議事録を抱え直したオレは鏡の小部屋への帰路についた。