幕間__積み重ねる意味

息を潜め、狙いを定めて弓矢を引き絞る。もう少し、獲物がそっぽを向いた瞬間を狙って、今。
「痛ぇっ!?」

バツンと大きな音が耳元で響いたと同時に指先に痛みが走る。

ハッとして茂みから顔を出すと、狩りの途中にも関わらず驚いて声を上げてしまったせいで気付かれた獲物の背中が見えた。叫ばなくてもあんなに大きな音が鳴ってしまえば、どちらにせよ逃げられていただろうけど、今夜の夕飯に肉がないのは残念だ。溜め息を吐きながら今から追いかけても仕方がないと諦めて茂みの中にしゃがみこんで、状況の確認をすることにした。

音の正体はオレの弓の弦が切れてしまったのと、弓も矢も真っ二つに折れたせいだった。弦が切れるのはよくあることだから分かるが、弓も矢も折れているのは解せない。あいつと違って、流石にそんな怪力は持ち合わせていないはずだ。
「どうした、青年」

オレの叫び声を聞きつけてきたルネが茂みに分け入ってくる。口で説明するより見せた方が早いかと思って、バラバラになった得物を見せると騎士はその端正な顔を顰めた。
「派手に壊したな、怪我はないか」
「ああ、大丈夫」

無惨な姿になった弓矢の欠片をルネと拾い集めながら、頭の中では疑問と仮定が渦巻いていた。

ここ最近、ずっと体の調子が良い。ミコッテ、特にサンシーカーの男は本来オレくらいの年代で家族を持つものだから、そのくらいの時期に体の調子が良くなるとは聞いたことがあるが、多分そんな類のものじゃない。恐らく、塔と交感をしたあの日からだ。やっぱり、仮説は正しかったんだ。

クリスタルタワーは本来、エネルギーを溜め込む機構だから、謂わば生体端末のオレにもその恩恵があって体の調子が良くなっているのだろうと考えるのが自然だ。それが今までよりも強い力となって表れているのだろう。そう、例えばいつもの力加減で弓を絞ったつもりでも弦どころか弓自体が耐えられなかったり、矢も折れたり。

ただ、このままじゃまともに戦えないかもしれない。頭を抱えかけた時、脳裏に浮かんだのはあいつや冒険者たちの早着替えだった。あいつらは冒険者の嗜みとか言って謎の技で武器や装備を一瞬で切り替えていた。それと同じことが出来るようになればいいんだ。
「なあ、ルネ。頼みがあるんだけどさ」
「なんだ? 弓の修繕なら得意な者がいるぞ」
「オレに剣を教えてほしいんだ」
「ほう! 私でよければいくらでも稽古相手になろう。しかし、弓からの転向とは思い切ったな」
「こんなに力加減が難しくなったんなら、そっちの方がいいかなって。それに……あー、やっぱこれはいいや」

気持ちの良い返答に勢いづいて出ていきそうになった言葉は飲み込む。

こんな幼い理由は集め終わった大事な弓矢の欠片ごとカバンに仕舞い込もうと口を閉ざすが、それを引き留めるようにオレの肩にルネの長い腕が回された。この体格差でガッチリ掴まれてしまっては抜け出して逃げることも出来ない。
「……青年、言わねば今日の夕飯で君の肉を全て奪う」
「い、言うって……」

なんて脅し文句だ、それでも騎士のすることか、と口を尖らせても決してルネの力は弱まらない。本当に、こういう強引さにはほとほと弱い。
「……オレ、なんでも一通り出来るようになろうと思ってさ」
「その心は?」
「……憧れてる奴が、いるから……」
「なんだ、最初からそう言えば良いものを! よしよし、ならば我が隊の魔術士にも声をかけよう。一通りというなら、魔術にもふれると良い!」
「本当か!」

腕の力はますます強まるばかり、嬉しそうにぐりぐりと頭を掻き回す手にもいつも以上の力がこもっていて、この騎士の人の好さを実感したような気がした。名も目的も正体も、何もかもを明かせないオレにどうしてここまでしてくれるんだろう。その問いこそ胸の奥に仕舞い込んで、代わりにめいっぱいの笑顔で礼の言葉を述べる。
「ありがとう、ルネ」
「良いのだ、それを以て余りある恩義が君にはあるのだから。しかし、我らレイクランド式の稽古は厳しいぞ? 共に励もう、青年」
「おう!」

この血の定めがなければ知り得なかったはずの異世界の術技は一体どんなものだろう。新しいことを知ったり学んだりする瞬間はいつでもわくわくする。ニッと至極楽しげに笑う騎士に引き上げられて、オレは再び立ち上がった。