冒険者稼業
「お客さん、東方の侍ってやつかい?」
手渡された麦酒に口をつけたばかりだった男は問が自らにかけられたことを認めると、ひとまず喉を潤してから酒場の店主に向き直った。
東方風の笠と着物、七フルムに満たないくらいの背丈、そして黒い鱗に覆われた大きな角と尻尾。人の往来が盛んなラノシア地方とはいえ、常連ばかりが入り浸る片田舎の酒場では確かに目立つ風体だろう。男は海賊上がり風の店主に愛想良く笑いかけながら、首を横にゆるりと振った。
「今日は特別です。いつもはもっと大きな得物なんですけど、任務に合わなかったから」
「なるほど、冒険者ギルドの人か。あんたらが毎日害虫駆除やら厄介事を引き受けてくれるお陰で、俺たちみたいなのが安心して暮らせるんだぜ」
これはサービスだ、と店主は男にリーキを使った自家製ピクルスをおまけに出してくれた。
「ありがとう、嬉しいです」
「そういや知ってるか? あのエオルゼアの英雄様は駆け出しの頃、冒険者ギルドで身を立てていたんだとさ」
「へえ、そうなんですか」
「いつか会ってみたいよなぁ……英雄なんて呼ばれるんだ、きっとルカディンよりも屈強な戦士なんだろうな。あんたもそう思うだろ?」
「そうですね……意外と細い人かもしれませんよ、アウラとかヴィエラとか」
「ガッハッハ! それも面白いなぁ!」
店主が豪快に笑いながら別の客のところへ行く背中を見送って、男は早速ピクルスに手をつける。一度焼いて浸けられているのか、とろりとしたやわらかい食感はこれまで食べたことのあるピクルスの中でも一二を争うほど絶品だった。次に通りがかった時にレシピを聞いてみようかと男が思案しだした頃、懐で聞き慣れた呼び出し音が角に届く。着物の合間にリンクパールを探しつつ、左手で器用にフォークを繰ってピクルスをまた一口、二口。職業柄、一瞬で話せる状態になった男はようやく呼び出しに応じた。
「はい、リックです」
通信の相手はこの後に落ち合う予定の冒険者だった。聞けば先に到着してしまったから開始を早く出来ないかという相談だ。そういえば、最近カラクールを飼い始めて忙しいとは言っていたな、とリックは思い至る。特段時間に縛りのある仕事でもないし早めても問題ないと返事を寄越し、男は一旦通信を切った。
「店主さん、ごちそうさまでした。ピクルス、美味しかったです」
「ありがとさん。もう行くのか? 忙しそうだな」
「お陰様で」
リックは代金をテーブルに置き、荷物をからげて出口に向かって歩いていった。普段はそこまで丁寧に対応することはない、しかしその背中を追うように店主が声をかける。
「気をつけてな、未来の英雄殿!」
はた、と足を止めたリックはまた愛想良く笑いかける。そして、少し思案した後に人差し指で静寂を促す仕草を見せ、扉の向こうに身を滑らせていった。
酒場はあらゆる種類の人間が訪れる話題の交差点だ。その最中に身を置いてさまざまな人を見てきた店主が彼の仕草の意味を捉えられないはずがなかった。翌日から店主の世間話の一つに東方の侍風の男の話題が増えることだろう。