何処へ
「帰りましょう、レイヴン」隣りにいて何処にもいないヒトの声に応えて、自由を手にしたその人は頷いた。慣れ親しんだレバーをいつもより強く倒し込めば、留まり木を探す鳥の軽やかな羽ばたきに似たブーストの音が空に響く。
呆気ない、という感覚だったのだとその人は言葉を見つけた。
強い力に搾り取られるばかりだった開発惑星ルビコンにとって、何者にも影響されずに自分たちの道を歩き出す契機となった大戦では文字通り名を轟かせた独立傭兵レイヴン。その名はルビコニアンにとって希望、敵対するもの全てにとっては死神と同義だ。使い古したマグカップを片手に端末を眺めている姿からはとても風格などなく、ただの傭兵にしか見えない。戦後からようやく取り戻しつつある身体の復調に合わせて増えてきたとはいえ、元来感情の起伏も言葉も少ない旧世代の強化人間は自分のことを語る言葉を持たない。だから、ぽつりとこぼした言葉がレイヴンの発したもので、何かを回顧するものだと気付くまでに時間を要した。
何かきっかけがあっただろうか、とたまたま居合わせたルビコニアンは意識の外にあったものたちを必死でかき集め始める。
企業たちが手を引いたとはいえ、まだ自治や政府などというものが存在しないルビコンは戦火が絶えない。今日もいつも通り、依頼を完璧にこなした独立傭兵が機体をガレージに格納して機体の損傷や弾薬などの確認をしている。至って普通だ。何も変わったところはない。
「……先に戻る」
機体情報を確認し、次の依頼に向けてのアセンブルを組んだレイヴンはただ一言残してガレージの出口へと足を向けた。去っていこうとする背中に何故か慌てたルビコニアンはその人に思わず声をかけようと口を開きかける。しかし出かかった言葉は試運転のブースターがふかす駆動音に吹き飛ばされた。何を訊くつもりなのか、どんな答えが欲しいのか。自分でも分からない問いをするべきではない、と共に戦地を駆けるその人は口を閉ざした。